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第16話:連鎖爆薬


「それではまず、あなた方がネズミ狩りを行う理由を教えてもらいたい」


「理由は聞いてない。ただこの国を潰すために必要ということだけ伝えられて、指示を受けていただけだ」


 デュランダル師匠が宝飾商の男に問うと、なんの引っ掛かりもなくスムーズに返答があった。ディアミスは特に魔法を維持している様子もないが、この暗示? 洗脳魔法は一回かけたら効果は永続なんだろうか?


「なるほど、ではあなたは何故組織に従うのですか? 組織についてどこまで知っていますか?」


「借金があって、組織に協力すれば例え死んでも、それがチャラになって家族に大金が入るんでさぁ。商売に失敗して消えた叔父の代わりに背負わされた借金だったけど、このままだと家族を奴隷にされてしまうから仕方なかった。


 組織についてはよく知らない……どっかしらの国が関わってるとは聞いた。組織の正式名称は分からないけど、所属するやつらからは『聖者の贄』って呼ばれてた。あっしみたいに不幸にみまわれたやつ、薬中、狂信者に取引を持ちかけて人を集めてる。なんでかは分からないが、色んな国に破壊工作を行ってる。


 ここからは遠いが最近食糧不足になったピャイアン首長国は組織がそうなるように追い込んだんだ。水源や土を汚染したり、近隣国との諍いをマッチポンプで起こして交易を絶ったり」


 借金の形に組織の駒になる……か。マッチポンプ的なことをしてる組織なら、このおっさんが不幸になる原因だって組織がやったことだってあるかもなぁ。そうでなくても組織が不幸な人を増やせばそれだけ組織に引き込みやすい人材も増える。


「よく知らない割に、ピャイアン首長国が組織によって攻撃を受けているというのは知っているんですね?」


「ここに来る前はピャイアン首長国で仕事をしてたんでさぁ。あそこは近隣国と仲が悪いし、私は元々ピャイアン人だから疑われることもなかった」


「つまり自国を崩壊させる手助けをしたということですか、それに抵抗はなかったんですか? 仮にも自分の所属する国ですよ?」


「抵抗はありやしたが、クスリがもらえて、それを飲むと抵抗がなくなるんでさ。後で思いましたけど、あっしはあの時にぶっ壊れてしまったのかもしれません」


 さっき組織は薬中を仲間に引き入れてるって言ってたし、そういうクスリ関係に長けた組織なのかもしれない。アステルギアは錬金術に長けていて、ディアミスのような優秀な人材がいるから、何が起こっているのかを把握できるかもしれないが、そういったものが発達していない国だと対策を考えることすら難しいかもな。


「ではネズミ狩りは具体的にどのような手段で行っていたんですか?」


「あ、それは……よくわかんなくて……あっしは、ネズミが指定された場所を通るように誘導してただけで……一度どうやってるのか確認しようと思ったんですが、指定場所に入ろうとした時、人とは思えぬ何か、異常な気配がして見るのはやめやした。見たら何となく死ぬと思ったからです。組織の秘密を知ったら殺されるかもとか、そういうんじゃありません。もっとこう、魂が引き裂かれるような感じで、本能に見たら死ぬぞと言われてるみたいだった……」


 人とは思えないナニカによってネズミは殺されている。本当に人でないかは分からない、人に恐怖を与える魔法もあるし、呪物を所持した人の可能性もある。その後も聴取は続いた。


 手に入った情報から今まで指定されたポイントをマッピングしたり、組織か現地で使っている拠点や施設を特定したりした。現地協力者ではなく、組織に仕える、他の人物の情報なども手に入った。


 他の人物の情報を手に入れてからすぐ、ディアミスはそいつらを捕まえにいった。おそらく逃走の準備をすでにしているだろうという理由からだ。そいつらもあっさりと捕まり、宝飾商の男と同様の処置がなされた。


 計36人、ディアミスに捕らえられた組織の者の数だ。組織の現地協力者達はデュランダル師匠とテツヤが王都の兵士達を伴って検挙していった。現地協力者は組織の者の約10倍規模、374人だった。しかし調査が進むとさらに厄介なことが分かった。協力者の関係者や家族も無自覚な協力員のようになっていたからだ。それらを含めた人数も勢力として考えた時、実に1400人規模となった。


 暗黒街の人口は約7000人、外部から商売に来ている者を含めると約1万3000人程となる。つまり暗黒街のうち1/10程度が敵のために動いていたことになる。ほとんどは自覚がなく、実際に悪意を持って事を行っていたのは最初に言った36人だけだ。組織のバックアップを受けた人間36人だけで、それだけのことをしていた。


 捕らえた組織の者は実際、皆豊富な資金や資材を所持していた。そしてやはりクスリは現地協力者を作るためにも活用されていた。『アールブルズ』という麻薬だ。毒性は低いが中毒性が高く、使用しても正気なままだ。効能が切れると少々イライラする程度、価格も他の麻薬比べると大した額ではない、アステルギア人の一般的な一日分の食事代が約2000ギアだが、アールブルズは丁度それぐらいの値段で売られていた。


 しかし、その供給量は絞られており、そこで【取引】が出てくるわけだ。アールブルズは安く手に入るが数は少ない、仕事の手伝いをするなら優先して売ってやる。そんな取引を持ちかける。その手伝いも違法性があるようには見えないし、表向きにはそれっぽい理由が用意してある。例えば、地価調査に近隣住民の雰囲気や特徴がいるだとかそんな理由だ。


 そんな報告を受けたネルスタシアはキレた。必ず殺すとつぶやいていたそうだ。もちろん殺すとは組織自体のことだ。ネルスタシアは現地協力員やその周囲の人々に厳罰を与えるなどはしなかった。組織に直接仕えていた外患36人も処刑等はしていない。組織の情報を完全に絞り尽くすために殺すことはありえない。


 ネズミ狩り事件の主犯、直接殺した者が捕まっていない今、事件のことを正式に公表することはないが、現地の者はなんとなくで雰囲気は分かるものだ。騒いで調査の足かせとなることを懸念しているのは皆理解しているが、それでも国を陥れようとした者に対して甘いのではないのか? という意見が出るのも当たり前のことだ。


 だがネルスタシアはブレない。外患対策の予算増額を決め、土地を持たない暗殺者ギルドによる国家【フォースリア】のギルド長と協力関係を結び、さらに対策指導のための教官としてフォースリアの幹部人材を招致することとした。俺はフォースリアなんて頼って大丈夫なのか? とか思ったんだが、このギルド国家は今まであらゆる支配を跳ね除けてきたものらしく、ある意味で中立的な立場を守ってきたそうだ。


 中立と言うと聞こえはいいが、それはある意味で誰に対しても敵であり味方ともなりえるということだ。結局のところ、フォースリアも組織【聖者の贄】からの被害を受けており、聖者の贄に対しては中立ではなく明確に敵対を決めていたのだ。この腐れ組織を一緒に叩き潰すための一時的な共闘ということ。


 ネルスタシアは元々こういったことを想定しており、水面下でそういった交渉を二年前からフォースリアと行っていたらしい。そのため元からこの国に存在するフォースリアのギルド連絡員を活用しわずか二日でフォースリアとの正式な協力関係を結んだ。と言っても、水面下で動いて長い間交渉していたわけだから、ほぼハッタリだが……


 ネルスタシアもフォースリアを頼ればいくら重要情報を封鎖したところで、いくらかは情報を抜かれることは認識しているはずだが、何か対策でもあるんだろうか? まぁ、アステルギアの錬金関係技術は真似しようと一朝一夕にできることじゃないけどな。


 色々と事態が動いていく中、俺は手持ち無沙汰だった。ディアもテツヤも師匠も組織関係者を捕まえるという明確な仕事があった。ドランゼルグとクランゼルグもそうだ。暗黒街の警備を強固にし、住民に外患に対する警戒を促すなどしていた。俺はその間、暗黒街を一人探検、というかぶらついて遊んでいただけだ。しかし各人が実際に動いている今も、事の正式な公表はされない。今だ外患に協力したものを処罰しないため、不満は溜まる。しかしそれこそがネルスタシアの罠だった。


 ネルスタシアはそれにより不満を溜めている者をリスト化し、監視役を置いた。その監視役となったのは暗黒街のネズミ達だ。ネルスタシアは分かっていた。敵は必ず衝突の火種を利用すると。自害を無効化され、情報をいいように取られた、今も取られ続けている。組織は当然焦る。


 この状態から出てくる組織の人員、それはシビアな工作を遂行しうる高度な情報を持つ存在であり、高い戦闘能力を持つ可能性のある人材。幹部とでも言えるような存在でなければ対処できない状況を作り出した。ロクな情報を知らされていない組織の下っ端でもその情報を集積していけば、確実に調査は進んでしまう。アステルギアを担当した敵幹部もこれを放置すれば自分にも、組織にも被害が出るのは理解していることだろう。


 何故なら、正式な発表はしていないが、噂話レベルでは36人捕らえたが情報をとるために処罰されていない、現地協力者も情報を得るために処罰をしていないということが耳に入ってくるからだ。


 組織は1400人規模の勢力をこの国で作ったが、それがそのまま自分たちを追い詰める情報源となり、しかも自分たちで排除ができないとなるとなれば気が気でないだろう。ネルスタシアが激昂し関係したものを全員処刑した方がどんなに楽だっただろうかと考えているはずだ。


 ネルスタシアは現地協力者達に素直に情報を提供することにメリットと安全を提供した。その方が得であると、罪に問わないだけでなく、現地協力者達が自分たちがそのようにされた経緯、実体験を他の住人に伝え、意識改革をするための人員として雇ったのだ。給料は正直、かなり少ない。アステルギアは復興の最中なのもあって貧乏だから致し方ないのだが、やはりそれでも協力者達の納得は得られている。


 自分たちの罪が慈悲の心から許されただけでなく、金を奪われるどころか与えられたからだ。「彼らが金の誘惑に負けたことの責任の一端はこの国、国王にもあるのだからその責任を国民だけに押し付けるのは間違いである」ネルスタシアがそう言っていた、という噂話も一緒に流布されていた。一見するともっともらしい意見だし、今までのネルスタシアの政策からしても説得力のあるものだったので疑うものも殆どいない。


 実際、半分はネルスタシアの本音だろう。だがこれはさっきも言ったがネルスタシアの敵を追い詰めるための罠だ。敵を追い詰め団結力を高める中で、その流れに反目する者、不満を抱くもの。衝突の火種となりうる彼らを釣り餌として活用するのがもう一つの大きな理由だ。


 敵幹部は怪しいと思っても動かなければならない。放置すれば自分も組織も危険にさらす可能性が高く、情報が自分に繋がらなくとも、組織から状況が進展しないことを責められるかもしれない。


 だけど正直、俺はそれでも敵幹部が動くか疑問だった。なぜかと言うとネルスタシアは国王になってから今の今まで有能さを証明し過ぎているからだ。悪名高い先王を斃し、汚染された中枢を粛清、再編した人員で直ちに国家運営を安定させ、錬金術関連の輸出事業の拡大を成功させ、復興まであと一歩というところまで持ち直した。


 その間、魔物対策である軍事力を削らずにそれを成し遂げているのだから異常だ。もしこれを削っていれば魔物被害で多くの被害が出ていただろう。高度錬金技術が流出していないことからも防諜対策もかなり練っていたと予測できる。


 歴史的に見ても異常レベルで有能な年若き王が、衝突の火種をあえて残す、どう見ても罠だし、相手が有能であると分かっているならどう考えたってヤバイ。よっぽど自分の力に自信があるか、自己保身の考えが強い者でなければこの状況じゃ動かない。おとなしくある程度の被害を受けるのを覚悟するのが、組織的には一番被害が少なく済むんじゃ? 俺にはそう思えてならなかった。


 俺の戦闘力は低い、攻撃力はおそらく12ぐらいのガキ程度だ。そんな俺がマッチョに喧嘩を売って勝つぐらい無謀だ。じゃあやっぱ、敵もめっちゃ強かったりするのかな?


 最近の俺はまぁそんなことを考えていて、ネルスタシアに進言したわけだ。「お前は有能過ぎて、相手がお前を恐れて罠に掛かるなんてありえないんじゃないの?」と……それがよくなかった。


「確かに一理あるな! じゃあ隙もあるぞということを喧伝していかなければな。わたしの隙、弱みと言えばやはり、むーちゃん以外ありえない。ということでむーちゃんとわたしの浮ついた感じの噂を流して。わたしの馬鹿な一面をアピールするとしよう」


「は?」


 むーちゃんとは俺、ムーダイルのことだ。幼い頃、俺が3歳ぐらいから俺がドルガンタル鍛冶学校へ留学する12まではネルスタシアからそう呼ばれていた……という記憶がある。もちろん実感がないので、こう呼ばれると少し違和感があるんだけど……


「私は反対です!! ネルスタシア様はそんなことを言って、どさくさに紛れてお兄ちゃんとの関係を既成事実化するつもりじゃないですか? それはお兄ちゃんの意志に反することです! よって、その策を実施するとしても、妹である私の検閲が必要です。もしそれを拒否するのであれば私は独自に動かせてもらいます!」


 ディアミスがキレながら俺を根も葉もない噂を流すことを画策するネルスタシアから守ろうとしてくれている。そんなに怒らなくても……と正直思うけど、それだけ俺を大事に思ってるってことだ。俺はジョブチェンジのために童貞を護る必要があることを妹はよく理解してくれている。兄思いの良い妹を持ったと俺は思う。


 まぁそれはともかくとして、今の俺にはネルスタシアとの関係に実感がない。自分に異常があることを自覚している。そんな中、流れされてしまうのも無責任じゃないのか? と思うし、何より自分自身が納得できねぇ。今の俺のしっくりこない感覚は、得も言われぬ気持ち悪さがある。


「やれやれ、煩い小姑め。検閲することは許可しよう。わたしもムーダイルの気持ちを踏みにじるのは本位ではないし、あくまでわたしがムーダイルに対して盲目であるという形の噂を流すことにしよう。ディアミス、デュランダル、計画を練る。会議室に行くぞ」


 こうして俺の不用意な一言によってネルスタシアの弱みをアピールするための会議が始まってしまった。もの凄い勢いで事が動いていくことに俺はこのままでいいのか? と疑問を持ちつつも、今日も暗黒街の探検をするのだった。


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