第15話:衝突の鉄盾
対謎土の貝殻の粉を完成させた俺達は、あれからその特性を調べていた。それによりわかったことだが、通常時は毒性がなく、極低温環境になると弱い毒性が発揮されることだった。その毒の効能は脆弱化、使用した対象を衝撃に弱くするというもので、生物ならごく短時間しか効き目がなく、非生物でも2時間程度で効果が失われるというものだった。
大量に撒くのでなければ今の季節、春であるならば問題もないだろうということだった。俺は短時間で特性を調べきることなんて不可能だと思っていたんだが、結局ディアの錬金術でそれは達成された。それでも半日は掛かったが、異常な早さだ。
結局、ディアミスは調べることや再現に特化した錬金術のエリート、申し子だからな。ディアミスも調べ方を勝手に説明してくるが俺にはさっぱりだ。元々物質の反応を見るためのマニュアル? じゃないけど一通りの反応を見るための実験魔法があるらしい。
沢山試すっていうシンプルな話だが、ディアミスはそれを複数同時に、異常な数でこなせるために短時間で終わるらしい。ヤバイ反応起きたらどうすんだ? と疑問に思ったが、それに関してはどうしようもなく、せいぜい予測して対策できればいいなぐらいらしい。
と、いうことで貝殻の粉完成から翌朝になるまでディアミスは実験室から出てくることはなかった。実験室から出てきたディアミスは隈をを作りながらも目をギラつかせて、満面の笑みを浮かべていた。
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色々とネルスタシアに報告してから、俺、ディアミスとドラクラゼルグ、デュランダル師匠で暗黒街へとやってきた。勿論転移ゲートを通ってだ。みんなでそれぞれ貝殻の粉を分け、予め決めた担当地区の粉を撒いていく。粉を撒く作業自体はすぐに終わった。その後、孤立した状態で敵と接触してしまうことを避けるために一度、ドラクラゼルグ達のアジトへと集合した。
「ニオイの感知はネズミ達の力を借りる、でいいんだよな? クランゼルグ、それってどれぐらいでわかるよ?」
「まぁそんな時間は掛からないでしょう。すでにすべてのネズミに指示は出しましたから。何かあればすぐに私に連絡が来るでしょう。ニオイさえ分かればこっちのもんですよ」
ネズミ達からの連絡を待つこと15分、小僧と仲のいい例の三匹、ピム、プリム、ペルムが俺達の前に慌てた様子でやってきた。
「皆さん、どうやら敵の位置がわかったようです。場所は暗黒街マーケット、宝飾商風の男から毒のニオイがすると。目視の距離まで近づいたら気付かれないように後をつけて拠点を特定しましょう」
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ドランゼルグが先頭を歩き、その案内に従いながら俺達は暗黒街マーケットへとやってきた。簡易的なテント、露店で出店している者が多く、割と活気がある。色んな人種がいるが共通点は皆目がギラついていることだ。商売から成り上がろうって人間が多いんだろうか?
等々と考えていると、ドランゼルグが手で静止するようにサインを出した。ドランゼルグの目線の先には髭を蓄えた小太りのおっさんがいた。テントで売る物品はアクセサリー、ネズミ達が報告したのはこの男だろうな。
男からは距離を取っているため、気づかれることはないだろうが、問題点に気づいた。男に動く気配がない。男は偽装というだけでなく、明らかに普通に宝飾商としても活動していた。まぁ、潜入するならそりゃそうか……そこら辺の知識があるのは俺達の中だとデュランダル師匠だけか?
「あの、師匠? あいつ動く気配ないですけど、俺達はどうすればいいんですか?」
「いやまぁ、普通にそれとなく監視してるだけでいいと思いますよ? ただ、油断すると一瞬のうちに見失うものなので、そこは少し難しいですが。今回はネズミさんが嗅覚でバックアップしてくれるので、見失ってもそこまで問題ないかもしれません。基本的には忍耐です」
俺は愕然とした。ひ、暇過ぎる!! いや暇ではないんだけど落ち着かない。何かやらなくていいのか? と心が落ち着かない……
「ふむ、どうやら少し動きがあるようですね」
「え? 本当ですか師匠!?」
「何度も客として出入りしている同一人物がいます。ほらあの帽子を被った痩せた男です。あれはおそらく暗黒街の現地民でしょう。人種は一般的ですが、この地域の特徴が強い、上半身が逆三角形型でありながらウエスト部分が締まっていて、手の水かきが少し大きめ、油っぽい肌に、くせ毛、この特徴はアステルギアの平民に多い特徴で他地域ではかなり珍しいです。
これらの特徴のどれかをアステルギアの民はほとんどの場合持っていて、あなたも逆三角形型とくせ毛の特徴が出ています。まぁあなたのくせ毛は少し弱めですがね。逆に宝飾商の男にはそういった特徴がないですから、おそらく別の地域からやってきた人間でしょうね。
これはつまりあの宝飾商の男が、金かなにかを使って現地民を使っているということです。協力しているものはあの男に悪意があるかどうかすらしらないかもしれません。おや、もうひとり来ましたね。あの女もさっき来ていた……これはちょっとマズイかもしれません」
「確かにこれはマズイな。僕が思うにあいつ現地の協力者を結構量産してるね。協力者達も無自覚のうちに工作活動を手伝わされているかもしれない。例えばあの謎の土だって、協力者が撒いた可能性がある。
あの宝飾商やその仲間、ようは外部から来た人間が直接やったら目立つからね~。ここは暗黒街、お上に不信感を持っている者やトラウマを抱えるものは未だ多い。後から自分が無自覚に悪事に加担していたと知った場合、保身からこちらに正確な情報を渡さない可能性がもある。
つまり悪事に加担したと思われた時点で殺されてしまう。そんな風に考えてしまうかも。いくらネルスタシア様が善政を敷いたところで、まだ時がそう経っていない現状ではね……ってことはだ、あいつらがまた店主に接触したのだって僕たちのことを報告した、なんてこともありえる」
テツヤのそんな予測に寒気がする。師匠とディアミスの表情は険しくなる。まるでテツヤの予測は正しいと肯定するかのようだった。
──その瞬間だった。ディアミスが消えた。いや本当に消えたのかと錯覚するスピードでマーケットの人々の波をくぐり抜け、宝飾商へと突進していった。宝飾商が気づいた時にはディアミスはその眼前にいた。時が止まったかのように感じる圧力が周囲に放たれる。宝飾商だけでなく、周囲の人々の瞳にも舞い上がるディアミスの髪が映る。青ざめた宝飾商は手を口に伸ばそうとしている。しかし──
「──甘いよ。レディン・ドラート!!」
発音詠唱! 妹の発音詠唱魔法は始めて見た気がする。ディアミスが発音による詠唱をした瞬間、金色の光にマーケットが包まれる。
「ひひ、ふははは、ガチッ……あ、あれ? あ?」
宝飾商の男の表情が目まぐるしく移り変わる。青ざめた顔から勝ち誇った顔、そして困惑の表情へと……しかしディアミスはそんな男の混乱などしったことはないと言わんばかりに、手際よく男をの四肢の付け根四箇所に打撃を加え、男が自重により地面へと倒れかけたところで、その首を掴み、体を宙へ浮かせた。しかも片手で……もちろん周りの客達は何が起こってるのかよくわからないし、ただただ唖然とするだけだ。
「毒で死のうとしても無駄だよ。ここら一帯の毒物をすべて無毒化したから。舌を噛み切ろうとしても無駄だよ。顎も舌も固定してるし、今に酸欠でまともに動けなくなるから」
「ふぇ!? ぃ、あ、ひぃ……!! っぐ、あ……」
「早いところ、意識を失いかけるぐらいになってくれると助かるんだけど……よし、今なら大丈夫かな」
そう言うとディアミスは空いたもう一方の手で指を鳴らした。今度は無詠唱魔法。男の目から生気が消えた。死んだ魚のような目になる。その状態になった男の目の近くでディアミスは何度も指を鳴らす。意識チェックか?
「よし、ちゃんと掛かってる。大丈夫そうかな?」
ディアミスは男を肩に背負い、引きずらないようにして移動する。ディアミスが急に予定にない行動をしたため、計画は滅茶苦茶だが、緊急時はアジトに集合ということで、俺達はアジトへと戻った。
「なぁ、ディアミス。そいつを自殺しないように細工したのはわかるんだけど。何をしたんだよ?」
正直、あの時のディアミスは怖かった。ものすごい錬金術師ということには最近慣れたけど、あれはまるで暗殺者かなんかみたいだった。多分殺すだけだったら誰にもバレないようにできてしまうんだろうな……デュランダルとテツヤは俺と違って平然としていた。ドラクラゼルグ達は俺と同じような感じ。
「ああ、実はね? デュランダルさんも気づいたみたいだったけど、テツヤさんの予想が当たってたんだよ。こいつの協力者が私達のことを報告してた。私は音魔法が得意だからね、盗聴も得意なの。私達にすでに気づいてしまったからあの時点で即動かないと、逃げられるか自害されてしまう状況だったの。
だからまずは発音魔法で大雑把にマーケット一帯の毒物を無効化して、毒物での自殺を阻止、神経を圧迫して自傷による自殺を阻止したの。正直自殺用の毒物のある場所が正確に分からなかったし、毒物を隠している素材も分からなかったから発音魔法でオート処理するしかなくて……
とりあえず色んな条件の毒物をすべて無効化、っていう雑な感じになっちゃた。無差別かつ広範囲だから魔力消費も非効率的で嫌だったんだけど、仕方ないね。あとついでだから暗示魔法も掛けておいたよ」
「暗示? え? どういうこと?」
「正直暗示というより非魔法系の洗脳に近いんだけどね。魔法で直接精神に作用するんじゃなくて水と音の魔法で脳の一部を物理的に変形させてブロックすることで思考を麻痺させたり誘導したりするの。思考パターンを歪めた今、こいつは組織を裏切ることが組織のためになると思い込んでるから。情報を無制限で聞き出せるはず」
あれ? これディアはやろうと思えば洗脳も普通にできるってこと? なんか……エグくない? というか俺の勘違いだといいけど、手慣れてるように見える……
「あ、あれ? あっしは……お前たちは! 王国の! そうか敵対者か! ならば早速、組織のために情報を渡さなければ! なんでも聞いてくれ! なんでも答えるぞ!」
目覚めた宝飾商の男がいきなりとんでもないことを言い始めた。これが暗示か……
「師匠、こいつからの聴取お願いできますか?」
こうして暗黒街のネズミ狩り調査は一段回進展した。
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