第14話:全身手袋
記憶はあるけど実感がない。なんでだ? みんなこれが普通だったりするのかな? よくよく考えてみると、今までも自分の昔の話をする時、なんだか他人事のように感じることがあった。その時感じていた感情だって思い出せるのに、実感は湧かない。
おかしいことだと思う。でも、それで自分がどうすべきなのかもわからないや。それに、今はそれどころじゃない。そうだよ! 今は……ネズミ狩りをしてる奴らのことに集中しなきゃいけない時なんだからさ……
「なぁ! 不完全魔力をうまく使えれば謎土の毒に対しての消臭効果のみを無くせるって実際いけそうなのか? 具体的にどうすればいいんだ?」
「ん~。そうだね、確かに可能かもしれないけど……ちょっと現実的じゃないかもしれない。確かに不安定魔力を毒に対応させて土の能力を無効化することはできると思う。毒の魔力を暴走させて、その力の動き方を音魔法で記録、土属性魔力を毒の魔力が暴走した時と同じ動き方で暴走させ、その動きを繰り返すループを形成、それを土の近くに撒けばできる。
だけど、まず魔力が暴走可能な状態にするために膨大な魔力がいるのと、未だかつて生み出されたことのない毒の暴走を模して作る不完全土魔力がどのような作用を持つかわからないから……危ないかもしれないし、やりたくてもそもそも難しいかもって理由だね。
暴走状態からループするように持ってくのはそこまで魔力は必要ないんだけど、その暴走状態にするまでが大量の魔力を必要とするの。私は勇者だから自分の持つ膨大な魔力によって個人でもそれが可能だけど、今は一日一回が限度、毒を暴走させて土魔力を暴走させて広範囲にばら撒けるほど用意するのは……時間がかかりすぎると思う」
「じゃあ暴走状態にさえできれば量産は可能ってことか? じゃあ俺が毒を流の状態に持っていって、それをお前がループ状態にして観察、土属性魔力も同様に俺が流の状態にしてお前がループさせればいいんじゃねーのか? だって鍛冶の流と不完全魔力は多分同じものなんだろ?」
「そ、それはそうだけど……流って素材と素材を混ぜる時に起こる現象なんでしょ? 毒と何かを混ぜて暴走させても不純物が混じった結果、また違った動きをしちゃうからダメじゃない? 土魔力もそうだけど……」
「そうだな。確かに普通の鍛冶師だったら無理かも知れねぇ。でも俺ならできるね。ようは純粋な状態ならいいんだろ? 混ぜて暴走状態になった後にそれらをまた分けちまえばいいんだよ。暴走の勢いを維持したままな。他の鍛冶師は混ざったもんがまた混じりけなく完全に分かれたかどうかを見極める能力はねぇ。でも俺はなんてったって精霊を見る力があるからな。純粋な別の2つになったかどうかがはっきりと分かる」
「そ、それならできるかもしれないよ! お兄ちゃん! 一回試して見て出来た不完全土魔力が危険だったら中止すればいいし試してみようよ!」
ディアミスはそういうと一人走って部屋を出ていってしまった。
「ちょ、おーいディアミス! おまっ……どこいくんだよ!」
──────
あの後、俺とディアミス、テツヤ、ドラクラゼルグは錬金学校の特殊実験室に来ていた。ネルスタシアも来たかったみたいだが、これ以上本業を放置するのもよくないということで来なかった。代わりにデュランダル師匠は来ている。ネルスタシアに見れない私の代わりに見てこいと命令されたからだ。といっても師匠本人も興味津々で期待から目を輝かせている。
「毒と貝殻、それぞれの反応用触媒も用意できたしそれじゃまずは毒の暴走状態から生み出して見よう! 百噛み草の強化毒薬とそれと反発しやすいと言われてる黒銀だね。はい、お兄ちゃん」
2つの素材が俺に手渡される。そして俺は顕現魔法「ガラドア」を発動させる。鍛冶神の加護を受けている者が使える魔法で、魔力で出来た鍛冶場を生み出す魔法だ。品質はまぁ普通。しかし流の状態を生み出すレベルなら十分なので城にある上等な鍛冶場でなく、危険物が漏れ出す対策のしてある錬金学校の特殊実験室で実験を行うことにした。
俺の発音詠唱によって鍛冶場、ガラドアが魔力によって形成されていく。俺は魔法は苦手だが、魔力の量だけは馬鹿みたいにある。だからこのガラドアを使ってもまるで疲れない。普通の奴は緊急時やダンジョン内で修理業を行う時ぐらいしか使わない。魔法のコントロールを神の加護が勝手にやってくれるから俺とガラドアの相性は最高だ。
「本当に鍛冶師だったんだなぁ……」
「うるさいぞテツヤ! 本当の鍛冶師な部分を見せるのはこれからだろうが! 実際に仕事してるところを見てから言えよな……」
そう言いつつも俺は息を大きく吐き出し、顔を叩いて気合を入れる。集中して炉に火を入れる。これはガラドアだけでなく一般的な炉もそうだが、炉に燃料は必要なく、火の魔力を強く注ぐだけで火力が上がる。実際には風の魔力も送り込んだ方が効率よく高温になるが、火と風の魔力の加減を同時に調整するのは難しく、そこまでしないとたどり着けない高温もあまり使う機会がないので、風は使わないことがほとんどだ。
ちなみに炉の火の魔力を注ぐ部分と風の魔力を注ぐ部分はそれぞれ別にあり、使用する者がとりあえず魔力を注ぎ込めば、対応した魔力だけが勝手に注ぎ込まれる。もちろん効率を考えたら純粋な火の魔力と風の魔力をそれぞれ送ったほうがいいけれど、割と大雑把でいい。多少の混じりけがあっても問題ないようになっている。そう、実は鍛冶に繊細な魔法のコントロール能力は全く必要がない。しかし逆に魔力の要求量は多い。
魔法的なコントロール能力は必要ないと言ったが生み出された炉の炎を扱う繊細さは滅茶苦茶大事だ。素材の状態の見極めにしてもそうだが、火加減の調整も繊細だからだ。魔力を注ぐだけで誰でも火は簡単に入れられるが、適切な強さにするのは難しい。
魔法は魔力に方向性を持たせ、糸のように交差させ、魔法を編みだす。要は魔力自体を自在に操作することが魔力、魔法のコントロールだ。で、俺は糸も作れないし編むこともできない。数ある魔法の中でもシンプルに魔力を注いでどうにかなるタイプのものしかできない。
俺は一応、魔力の属性を変換することは可能だがそれだってできないやつも一定数いるらしい。まぁそいつらも生まれ持った属性の魔法は使えたりするわけだが……ヒト系種族には火の魔力が確定で存在するが、他の属性を持ち合わせていることも多い。
だから火だったり色んなのが混ざった持ち前の魔力を、自分の欲しい魔力に変換して変換先と同じ魔法を使う。まぁ自分が元から持ってる属性がどうとか、誰も気にしてないけどな。みんななんとなく自分の元気を変換して魔法を使ってるぐらいの感覚だ。
炉にしっかりと火が入った後、まずは黒銀を火に入れる。といったところで──
「──おいおいおいおいーーーーーー!! ディアちゃんあれ大丈夫なの!? あいつ素手で火に手ェ突っ込んでるんですけど!? え!? 鍛冶ってそういうものだったっけ? なんか道具使って材料を火に入れるんじゃないのぉ!?」
テツヤが驚き、滅茶苦茶デカい声で叫んだ。うるせぇ……
「いや、素手を炉に入れるのは普通じゃないよ……普通は耐火性のある棒だとか火箸、それか手袋だったら国宝級のアーティファクトがないとダメだね。私も初めてお兄ちゃんのコレを見た時、驚いて止めようとしたんだけど。なんか大丈夫らしくて……
私もお兄ちゃんも勇者の血筋でしょ? 勇者には元々色んな属性に高い耐性があるんだけど。お兄ちゃんは勇者としての元々の才能が耐久力に振り切れてて、昔から凄く頑丈だったんだけど、いやそれでもおかしいよねって聞いてみたの。
そしたら火に対する耐性を自分で鍛えたんだって。元々火への耐性高くて全然やけどもしなかったから、頑張れば普通に耐えられるようになるかもしれないって……鍛冶学校で毎日、鍛冶の鍛錬とは別に自分を炉で炙ってたらしいの……
最初は流石に軽いやけどをしたみたいだけど、徐々に鍛えられていって最終的には完全な火への耐性を手に入れたの。流石の私でもお兄ちゃんのことを馬鹿じゃないの? って思ったんだけど、実際やり遂げてしまったのが今見てる光景だからね……鍛えたって言われても今だにちょっと納得できないけど」
「か、完全なる火への耐性!? さっき国宝級の火耐性アーティファクトでもないと無理って言ってたけど……じゃあ実質全身が火耐性の国宝級アーティファクトみたいなもんってことか……僕は元々ムーダイルのことをヤベー奴だとは思ってたけど、僕が思ってる方向性とは別の方向でもヤベー奴だったんだなぁ……」
「オイ見ろよクランゼルグ! あいつ火に焼かれても全く熱くなさそうだぜェ! スゲーーー、ちょっと、かなり、見直したゾ。家が大火事になっても絶対生き残れるナ!」
「うーん。耐性は鍛えられるとか真に受けて馬鹿なことはしないでくださいよ? ドランゼルグ? あれはどう見ても元々が……かなりの才能がなければ無理ですから……」
みんなのドン引きする声は無視して集中する。あいつらが話してる間に黒銀は熱されたことで赤く光っている。流に達するだけの熱は持たせた、あとは毒と混ぜるだけ、しかし毒は液体なので工夫もせずそのまま混ぜようとしても蒸発してしまうし、黒銀を大量の毒につけても冷えすぎて上手くはいかない。そこで、俺は俺が持つ精霊を見る力を活かすことにした。鍛冶場を出現させたことで活性化した火の精の力を借りる。
俺が頭で思い描いた蒸気になろうとする毒を無理やり液体に戻す、抑えつけるようなイメージを火の精霊に念じて伝える。すると火の精は俺に任せろといった感じで、俺の言う通り毒を液体のまま留めるため、蒸気になろうとする力を抑えつけていた。
しかし結構力がいるらしく、俺は精が望むままに火の魔力を渡した。そして熱した毒をスライムのように粘ついた液状の黒銀の上に流していく。俺はそれをよく混ざるように素手でもみほぐすように混ぜる。
火の温度を少し下げ、粘度の上げた黒銀を折りたたんでいく。このタイミングでハンマーを使い始める。ハンマーで黒銀を叩く、この時、瞬間的に火を強める。一気に高温にしたいので風の魔力も使う。ハンマーを振り上げる時は温度を低くし、ハンマーを振り下ろす時に温度を高くする。その度に強い光が点滅する。
この工程を行うと温度の高い部分と低い部分がダマのように偏っていく。ダマが全体的に出来てきたところで火を一気に強める。すると、毒入りの黒銀はグツグツのマグマのように煮えだした。が、これは本来黒銀が液体のようになるものの、このように泡を立てるような温度ではない。そうつまり、これが流だ。
流の状態になった状態をよく観察する。毒の精、毒の属性と黒銀の精、属性がはっきり見えるようになるまで集中する。すると黒銀と毒の精が喧嘩するように暴れているのが見えてきた。それを見ながらハンマーで素材を叩いていく。
こいつらが喧嘩をやめないように、離れては近づくそんなイメージで叩いていく。それを繰り返す度に、やつらの離れる距離を大きくしていく。次の一振りで分離できる。そう確信した俺は、ガラスの容器を用意してハンマーを振り下ろす。黒銀の端から液体がガラスの容器へと注がれていく。完全なる分離に、成功した。
「で、できたんだね! じゃあ次は私の番だね」
俺は炉の火を消し、ディアミスの方を見る。ディアミスは何か念じているように見えるが、相変わらず無詠唱で高度なことをやっているので、俺からすると何が何やらだ。精霊を見る目ではガラスの容器の中で暴れる毒の精が見える。まだ喧嘩相手がいなくなったことに気づいていないみたいだ。
観察しているとエゲツないことが起こった。なんと毒の精同士で喧嘩を始めたのだ。ディアミスの音魔法が他の毒の精がやったように見える形で毒の精を小突いたからだ。すっかり騙され、ディアミスの思いのままに誘導された毒の精達はいつしか規則性を持つように喧嘩と停滞を繰り返していた。ループ、している……これは……
「ディア、成功したんだな?」
「うん、魔力の感覚も音魔法で記録したから。毒の魔力の動きを再現した土の不完全魔力を作ろっか! これなら絶対いけるよ! もしかしたら危ないかもしれないけどね」
そうして、素材を受け取る。今度は貝殻と鉄だ。俺はさっきと同様の作業を行い、謎土の消臭能力を、限定的に無効化するための不安定魔力(毒)を宿した貝殻の粉末を完成させた。
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