第13話:地獄のドアノッカー
「方法? それってどんな?」
俺たちの考えた敵を見つける方法、それをさらに確実にする方法があるとネルスタシアは言った。暗黒街にばら撒かれた消臭効果をのある謎の土、その能力を無効化することで、敵のネズミ狩り達が必ず所持する毒薬のニオイをネズミ達が感知できるようにする……というのが俺たちの考えた方法。確実にするってことはどういうことなんだろう? 効果範囲を広げるとか?
「土の消臭効果が失われた時、吸収していたニオイが放出されることで様々なニオイに溢れ、ニオイの識別が困難になることが考えられる。もちろんそんなことは起こらない可能性もある。しかし私の考えはこうだ。消臭効果の限定解除が可能ならば、それこそがもっとも効果的なのではないか? と。毒薬の消臭能力のみの限定解除に成功すれば毒薬のニオイだけを辿ることが可能になる」
「た、確かにそれができれば一番良い気がするけどさ。どうやってやるんだ? そんな都合のいいことができるのか?」
「土属性魔力が失われることで不安定な状態を生み出し、それによって消臭効果が起きている。というのがお前達の予測だっただろう? それはつまり現状の謎の土は属性を完全に失うことで全てのニオイを吸収していると考えられないか? では不完全な土魔力が戻ったらどうなる? 不完全ながらも満たされた部分は消臭効果を失うかもしれん。もちろん、実際に試してみないと分からんがな」
「なるほど! 確かにネルちゃんの言う通りかも。意図的な不完全状態を生み出して、それが毒の消臭効果のみを失わせるように対応させる。感覚的に言うなら、毒の持つ属性で満たされているような感じになれば……系統別に分けるレベルだけでもだいぶ違うかも……毒の持つ魔力の動き方さえ分かれば……」
例のごとくディアミスがネルスタシアの難しそうな話に乗っかる。不完全な属性魔力なるワードが新たに出てきたが、これってもしかして……
「なぁ不完全な魔力って流のことを言ってるのか? 魔法鍛冶には実と流っていう概念があるんだが。流は素材が熱されて、他の素材と混ざり合いやすい時に他の素材と混ぜると素材が勢いよく動く状態。
実が混ざりあった素材が元から一つであったかのようにまとまった状態を言うんだ。不思議な話でさ、流の状態と実の状態って同じ素材を混ぜてるはずなのに、まるで別モン、全く別の素材みたいな感じなんだよ。
水鉄って素材と火亀竜の灰って素材を混ぜる時がわかりやすいな。流の状態だとマグマみたいにグツグツして暴れるんだけど、実の状態になると暴れてたのが嘘みたいに大人しくなって、何故か雷を纏うようになる。
確かに思い返してみると、流の状態の素材の魔力や精の状態が変な感じだったな。互いを食い合う、喧嘩してるみたいなイメージだ。どっちが勝つかで仕上がり方が変わるなぁって漠然と思ってたが、今思うと素材同士の喧嘩の決着がついて実になってたんだな」
「鍛冶にも不完全魔力の概念があったんだね。いや、その言い方はちょっとリスペクトに欠けるかな。錬金術では不完全魔力の存在が分かって概念としてしっかり確立されたのはかなり最近、二年前ぐらいのことなの。お兄ちゃんの言い方だと鍛冶の世界ではもっと昔から不完全魔力に触れていたってことだろうし。
錬金術はね、安定状態のものを組み合わせて新しい物を作ることばかりずっと続けてきたの。イメージで言うならパズルみたいな感じでピッタリハマるものはどれだろうか? って組み合わせを見つける感じ。不完全、素材の暴走とでも言えるような状態は失敗そのものと捉えられていたの。
でも私は単なる失敗とは思えなくて、どうにかこの暴走状態をなにかに活用できないかって考えたの。それで暴走状態に暴走の方向性を持たせてやることで暴走させ続ける方法を発見したの。それが、不完全魔力」
「うん? え? その言い方だとディアが不完全魔力を概念として確立させたって言ってるように聞こえるんだけど……」
「その通りだ。世界で一番最初に不完全魔力を錬金術で体系化させたのはディアだ。錬金術の最先端技術、この国だけじゃなく世界の未来を変えるかもしれない技術。だから当然私も知っているわけだ。これをうまく使えば国を立て直せるかもしれんからな」
「ええええええええええええええええええ!!!??????????」
あまりの驚きに大声を出してしまう。じゃあディアは不完全魔力とやらの第一人者ってこと? テツヤとドラクラゼルグ達は俺と同じく驚いていた。正確に言うとドランゼルグは俺の驚く声にビックリした感じで、そもそもお話を理解していないようだった。そしてやはりデュランダル師匠は知っていたようで落ち着いた様子だった。
「まぁ皆さん驚くのは無理はないですよ。そもそもディアミスくんが不完全魔力を確立したってことは極秘、国でもごく一部の者しか知りません。表向きは他の錬金術師が確立したことになってますからね。実際は影武者のようなもので、他国からの暗殺、防諜対策なんですがね。もっとも、ディアミスくんは勇者として高い能力を持っていますから、暗殺なんてほとんど不可能でしょうがね」
「あ、あの……極秘であったなら、私どもが聞いてしまってよかったんでしょうか?」
クランゼルグが青い顔でデュランダルに問う。まぁそりゃそうだよな。だってちょっと前に完全に信用することはできないみたいなことを、ネルスタシアから言われてたわけだし……そこは気になるよな。
「ネルスタシア様がここで話題に出した時点で、話がこういった方向に進むことは当然考えられております。本格的な協力をしたいというのはつまり、信頼関係を進めたいということですから、問題はありません。リスクは受け入れたうえで何かあれば対応するということです。有り体に言えば、もちろん極秘情報は口外しないよう守ってもらいます。それができないようでしたらわたくしが然るべき対処をするまでです」
対処をする。デュランダル師匠がそう言った瞬間。場の空気が変わる。氷の糸が空間に張り巡らされたかのような、冷たい緊張感が奔る。師匠は平時と変わらず笑顔だが、明確に殺気を発していた。隠すつもりがまるでなく、自分が宣言したことは必ずやり遂げますと警告しているかのようだった。
「やめんか、デュランダル。すまないなドランゼルグ、クランゼルグ。この男は少々真面目過ぎてな。そもそもわたしが勝手に話に巻き込んだのだから責任ならば私がとるべきことだというのに」
「何をおっしゃいますか! 陛下は王なのですから。このようなことを直接やるべきではありません。何でもかんでも自分でやろうとし過ぎなのですよ陛下は……陛下が働きすぎて臣下達は皆、逆に気を使う始末。体力的に言えば疲労はありませんが精神的には逆、気が気じゃありませんよ。もっと部下を頼って休んでください。今日も徹夜なんてせずに部下に任せてしっかり休んでください」
デュランダル師匠がネルスタシアを心配するあまりキレている。仕事を押し付けていいから、頼むから休んでくれなんて怒られる人初めて見た……そう言えば、テツヤも小言をこぼしながらも結局言うことを素直に聞いていた。ネルスタシアの責任感の強さが部下からの忠誠心が厚い理由の一つであることは間違いない。
「何を言ってるんだ。そもそもわたしのワガママでこうなってるんだから、責任はわたしが取らないとダメだ、この責任は私わたしのものだ。誰にもやらん!!」
「いいえそれは聞けません! そもそもワガママと言ってもネルスタシア様はムーダイル様に関わることでなければワガママをまるで言わないではありませんか!! お立場から気苦労も絶えず、肉体的にも働き詰めの王のワガママこそ! 部下が聞かなくてどうするんですかぁ!
ムーダイルくんと会うのは日々の頑張りの、ほんの、ささやかなご褒美みたいなもんじゃないですか。しかもちょっと前まではまるで会えていなかったわけですから、尚更です! あーもー! 頼むからわたくし達にも……もっと苦労を背負わせてくだされ!!」
俺と会うのが褒美? どういうこっちゃ。仕事しすぎて友達いないからたまには遊ぶべきとかそういう話なのか? そう思っていた所、縋るような目でデュランダル師匠がこちらを見てきた。
「なぁネルスタシア。今日は苦労を臣下に背負わせてあげたらどうだ? お前は自分のワガママで生まれる苦労を誰かに背負わせたくない、それが人のためと思ってるのかもしれないけど。人の役に立ちたいって気持ちは誰だって平等なはずだろ? お前が誰かのために動きたいように、デュランダル師匠や他の部下達だってお前のために働きたいんだよ。
お前は自分の責任感のために、そんな部下たちの役に立ちたいって思いを踏みにじっているとも言えるんじゃないか? もしかしたらそれは、ある意味で誠実さがないと言えてしまうのかもしれない。俺としてはやっぱり、お前には体を大事にして欲しいという思いが強い。お前は一人の体じゃないんだからさ。俺のためにも今日はしっかり休んでくれ」
ネルスタシアは国を背負っているのだから、体を壊さないためにしっかり休息を取るべきだ。一人の体じゃない、その体の健康には多くの国民の平穏がかかっているんだ。
「あぅ////……一人の体じゃない! そ、そうだな。将来はお前と結婚して、子供も最低でも10人ぐらいは作るわけだし、今のうちに体をいたわるべきなのかもしれないな」
「は?」
「ならばこれからは食事も体に良いものを取り寄せるとしよう。いままでは高いから気が引けていたが、致し方あるまい。へへへ、まぁこれも大事であるからな! 今日は雑事を任せてゆっくり体を休めよう」
「あ、ありがとう! ムーダイルくん!! こんなに嬉しいことはない!! 今まで私の胸に燻っていた罪悪感が晴れていくようだ……」
デュランダル師匠が泣きじゃくりながら俺の手を握る。師匠が喜んでくれたならよかったぜ。相変わらずネルスタシアに話は通じないけど、正直どうにもならなそうなので諦めた。
「なァ、ムーダイル。お前王様と子供作るの? じゃあお前とネルスタシア様の子供が生まれたらどうなる? 王子とか姫? それか勇者? どうなるンだ?」
「んなこと俺がしるかー。くだらないこと聞くんじゃないよ小僧。俺はあと12年ぐらいは結婚できないから、その間に他の男とくっつくだろ」
「オメェ、考えが甘いんじゃねーノ?」
「は?」
小僧に頭悪いんじゃねーの? みたいな顔で見られて心外だ。
「考えてミ? このおっさんは泣くぐらいネルスタシア様に忠誠を誓ってンだ。他のしんか? も似たようなかんじなんだろ? オメェを全力で結婚相手にするようにみんなで追い込むんじゃネーの? この国の人間はみんなネルスタシア様が好きだし、この国の人間がみんなそれを手伝うんじゃネーの? 逃げられると思ってんのカ? それが分からねぇから馬鹿なんだよオメェは」
「……え? そんなことありえる?」
ドランゼルグに滅茶苦茶怖いことを言われる。そんなこと流石にないよな? コイツの考え過ぎだよな? 思考がグルグルし、俺の目線もぐるぐるする。そしてデュランダル師匠と目が合う。
「あの……流石にそんなことないっすよね?」
「まぁ”今は”大丈夫なのでは? でもネルスタシア様が本気で動き出したらわたくしも皆もそのために動くでしょうね。その、ムーダイルくんはネルスタシア様のことをどう思ってるんですか?」
「え……? どうって言われても……アレ? ん? ……え?」
「どうかなされましたか?」
「いや俺ってネルスタシアと幼馴染ですよね? デュランダル師匠とも子供の時に会ってた」
「ん? そりゃそうでしょう。確かにムーダイルくんと久しぶりに会った時、”随分と雰囲気が変わった”なぁと思いましたけど。子供が大人になるだけの時が経てば別におかしいことではありませんし」
「変なことだっていうのは分かるんですけど。実感がなくて……記憶はある。昔の記憶はあるけど……実感が……なくて……昔その、ネルスタシアのことを怖いけど、好きだって思ってた。そんな記憶があるんだけど。だけど、好きだったって、実感が全然……ないんだ……」
自分の何かがおかしい。そんなことに気づいてしまった。ネルスタシアが怖い子供だったのは事実だ。でも当時から今と変わらず、俺のことが大好きで、責任感が強く、少しズレてはいるが優しかった。そんなネルスタシアのことを俺は好きだった。だけど、そんな記憶はあるのに実感がまるで伴っていなかった。
記憶はあるのに忘れているかのようで、俺に残っていた実感は怖いネルスタシアの印象だけ。ネルスタシアが俺を大事に思っていたことも記憶にあるのに……そうか……だからか……なぜか怖い実感しかなかったから……俺はネルスタシアに会いたくなかったのか……別に、こうやって実際に会って話して見れば、そんな悪いやつじゃない、怖いやつじゃないってすぐ分かるってのにさ……
記憶を思い返すことは、必要だと思えば知識としては引き出せる。だけど、どうあがいても感情が、実感が、俺に追いつくことはなかった。
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