第11話:光のメガネ
ムーダイル視点に戻ります。
「おーいおいおいおい、おーいおいおいおいおい」
「なっ漬物石! 泣くのはいいけど、オレの服で鼻水ぬぐうンじゃネェ!!」
「そうは言ってもなぁ? なぁテツヤぁ!!」
「おーーん、おんおんおん! ドランゼルグも死ななくてすんでよかったねぇ。いやー体が動かなくなって、どうしようもなさからクランゼルグがキレるシーンは絶望感あって僕も終わったぁ……って思ったけど生きててよかったあああああ!!」
「いやお前らオレに案内されてここに来たんだから、オレが生きてるに決まってンだろォ!? 物語気分で聞いてんじゃねーぞ!! オレが言うのもなんだけど馬鹿か?」
「俺もあの時はやべぇと思ったぜ。俺は展開的にドランゼルグが絵本の展開をなぞる展開でドランゼルグが死んでクランゼルグに食わせるんだけど、不思議パワーで変異したクランゼルグが実はドランゼルグの子供を宿していて、今ここにいるドランゼルグはドランゼルグとクランゼルグの子供、つまりドランゼルグ二世、いや本物の勇者ドランゼルグを考えると三世かな? って思ってたんだよねぇ。あんま人っぽい顔じゃないしてっきり人とネズミのハーフかと思ったんだよね」
「──!? お、おまっ!? 妄想力豊かすぎねぇ!? キモイんだけどォ!? 大体、クランゼルグは男なのにどうやって子供生むンだよ!?」
「でもクランゼルグは元々中性的な見た目だし、実は女の子かもしれないだルォ!? それに男だったとしても、人モードの形態は女にできるかもしれない。その状態なら子供を生むことだって可能かもしれない!!!!!」
「はぁやれやれ。そんなわけないでしょう? 私はオスですよ。大体私がメスになれるとしてもドランゼルグが相手じゃ無理なんですけどねぇ……まぁ一応試しては見ますか!」
パチンとクランゼルグが指を鳴らし、霧に包まれる。霧が晴れたそこには儚げな雰囲気の黒髪の美少女がいた。
「お、うおおおおおおおおおお!! スゲェ!! 本当に女にも変身できたぞ!! おい見ろよテツヤ! 俺天才じゃね?」
「ああ! 間違いなく天才だ!! それはそうとクランゼルグいや、この状態はクランストラと言ったほうがいいのかな? ぜひお付き合いしていただきたい!!」
テツヤがキモイスピードでクランゼルグ、否、クランストラににじり寄る。それに対応し、クランストラも超スピードで距離を取る。そしてドランゼルグの影に隠れる。
「マジかぁ……クランゼルグお前……女にも、しかもスッゲーかわいいし……な、なぜだ! なんでなんだァ!! っく!!」
俺は衝撃の瞬間を見逃さなかった。なんとドランゼルグがクランストラのデカパイを叩いだのだ。叩かれたそれは大きく揺れる。
「あっ……///」
こ、これは。間違いない。目を大きく見開き、観察した分析結果によると。クランストラは乳を……ドランゼルグに叩かれて感じている。これはよくない、このままでは俺も暴れだす可能性がある。童貞を護るため、リスクは最小限にするべきだ。
「おい! お前ら俺の童貞域を侵食するんじゃないよ! 過度なエッチな行いは禁止です! やるなら、せめて俺のいないところでやってください。クランストラもはやくクランゼルグに戻って!! はやく!!」
「いやぁ、そんなエッチなことなんて、なにもないと思うけど? 君が過剰反応し過ぎなだけじゃないのか?」
「黙れ!! そうやって若干服が乱れて胸元の肌色が少し見える状態で指を口元に置いて悩ましげな表情をするんじゃない!! 俺の童貞をぉ!! 刺激、するなああああああああああああああ!!!!!」
俺はキレた。俺は小屋から飛び出し近場の茂みに退避。しかるべき対処をしてからまた小屋に戻った。戻るとクランゼルグは男の姿に戻っていた。すんすんと鼻をならしている。クランゼルグがニヤニヤしている。ば、バレたっ!! ……っく、邪悪な野郎だ。
「ふぅ……まぁひとまず区切りだな。事情は分かったしさっさと調査しようぜ。ディアは何かこうすべきってのはあるか?」
「ああ、それなら。多分だけど、ネズミ狩りのやつらがどこにいるか調べられると思う。ネズミ狩りが自害に使ったっていう毒薬だけど、多分即効性や大量に用意できていることを考えると。一種類に絞り込めるんだよね。百噛み草っていう、毒草だね。百回噛んだら死ぬっていう意味で実際100回前後噛めば死亡するんだけど。
これを錬金術で変質させると一回で即死するほどまでに毒性を強められるの。ただ問題点があって、一般的な健康加護によってレジスト、弾かれちゃうの。毒性が弱い100回噛めば死ぬ状態は逆に健康加護をすり抜けてレジストされないんだけどね。だから普通、毒性を強くしたものじゃ死ねない。けど、抜け道がある。それは対象者の健康加護を無くすというものなの。
普通、みんななんらかの神や精霊の加護を受けて、その副次的なものとして健康加護を勝手に受けるんだけど。あえて信仰を捨てたり、健康加護のない存在を信仰することでさっきの毒が効く状態にできる。
これ自体は暗殺者達の中では別に一般的なことで、彼らの多くは暗殺の神を信仰してる。そして暗殺の神は自殺する時は健康加護を発動しないという特性がある。と言っても当然加護の偽装を行うから暗殺の神を信仰しているか? というのは調べても分からない」
「ん? じゃあどうやって調べるんだ? あれ? あ、そっかそもそもネズミ狩りのやつらは戦闘力があるやつらばっかじゃなくて暗殺者じゃないのかもしれないのか。んー?」
「単純に毒の方面を調べるだけだよ。百噛み草の強化毒薬は甘い匂いがするの。だけどネズミさん達はそれに気づいていない。普通、それはありえない。つまりニオイ消しも同時に撒いてるってこと。
で、おそらくやつらはニオイ消しをまいたところでしか行動していない。ニオイ消しは嗅覚では分からないけど、錬金術の技術を使えばニオイ消しがあるかどうか視ることはできる。魔力でレンズ状の特殊な人工合成素材を作って光魔法を照射すればそこから出る光によってニオイ消しの存在を確認できるよ」
「そ、そんな回りくどい方法じゃないとニオイ消し特定できないのか……ていうか、それって結構準備かかるんじゃ? ん? なぁニオイ消し使ってるんなら毒以外も何か隠してるものあるかもしれないよな?
実はなんか他にも撒いてましたとか、実は危険な呪物を持ってましたとかさ。確か呪物って嫌なニオイがするんだよ。呪われた武器も物によってはニオイけど質が違う。武器は血のニオイって感じだけど、呪物はドブとか腐った肉みたいなニオイだ」
「そうだね。お兄ちゃんの言う通り、敵が呪物を持ってる可能性も考えないとね。特に単純な戦闘能力が低い者なら。他の部分で強みを持ってるかも。
呪物はニオイで判別するよりも精霊魔法で見極めた方が確実だしそっちでやろうか。それと準備ならいらないよ。私は魔法の同時詠唱得意だから道具持ってなくても現象を再現できるの。ということで調査にいきましょっか?」
こうして俺たちは本格的に調査を開始したのだった。そしてその移動中、しばらく歩き始めた所でクランゼルグが立ち止まった。
「すみません、先にちょっとあの建物に寄ってもらってもいいですか? やらなきゃいけないことがあって……」
ということなので、一緒にクランゼルグの指差す建物へと向かった。建物はボロい教会のような出で立ちで、中には坊さんぽい人と数人の男女とネズミ達がいた。彼らはクランゼルグとドランゼルグを見るとお辞儀をした。
「なぁここって……」
「ええ、教会ですよ。今日は死んだネズミ達を埋葬する日なんですよ」
そう言って歩くクランゼルグに続く。坊さん達が何かを囲む近くまで行くと、そこにはネズミ達の遺体と棺桶があった。遺体はネズミに合わせて作った服のようなものを着ており、ところどころ包帯や蝋が見え隠れしている。おそらく切り裂かれたり尖ったもので貫かれた傷を目立たないように整えたんだろう。
「結構、酷い殺され方をしたみたいだな……俺達も埋葬手伝うぜ」
「ありがとうございます。まぁ簡易的な儀式なのでそう時間は掛からないでしょうが、時間をとらせてしまってすみません。ネズミが服を着てると不思議な感じがするかもしれませんね。でも彼らが望んだことなんです。人と暮らすうち、人の真似をしたがる者が増えまして。死を悼む儀式に限った話ではないのですが」
「……あまりこの場でこういったことを聞くべきではないのかも知れないが、彼らが死んだ所を見たり殺された状態をはっきり見たものはいるか? 僕は王国の近衛騎士だ、この一連の悲惨な事件を止めるために今動いている。辛いかもしれないか協力して欲しい」
テツヤがそういうと初老の男と一匹のネズミがテツヤの元へと歩いていった。埋葬の準備が終わるころには聞き取りは終わったようで、そこから合流して埋葬を行った。教会の裏手、少し歩いた所に焼却炉がありそこで遺体を燃やした。
浄化の炎の魔法によって火葬は一瞬で終わった。恨みつらみはそれほどなかったのか……いや、皆に死を悼んでもらったから素直に逝くことができたんだろう。それがなければ、中々燃えきらなかったかもしれない。死体が放置でもされたら悪霊化していたはずだ。
ほんの20分ぐらいのことだったが、この暗黒街で、ネズミが殺されていること、ネズミ達が暗黒街の大切な仲間であることがはっきりと感じられた。誰かの身勝手な理由で、悲しみが生み出されているんだ。
俺たちは埋葬の儀式が終わると、再び調査へと戻った。暗黒街のメインストリートに着くと、ディアミスは無発音詠唱で空中にピンク色のぶよぶよでできたレンズ? を展開した。そしてそのレンズに光魔法によって強い光がチカチカと点滅するように注がれた。この不気味な一式はディアミスに追従し、色んな角度を見て、光を当てていた。
俺も一応呪物がないかを調べるために、呪い感知の精霊魔法を使う。と言っても俺のは使うというより頼むって感じだが……俺自体は精霊魔法のコントロールができないから、そこらへんに漂う意思を持った精霊に頼むだけだ。
そんな感じで調査を始めてすぐに、それは見つかった。本当に調査をしてすぐだった。あたり一面にニオイ消しがばらまかれていたのが発覚した。光に反応した小さな粒状のニオイ消しは青く光っていた。俺の呪い感知の魔法は特に反応していない。少なくとも敵の下っ端は呪物をもっていないんだろう。
「これだね。お兄ちゃんこのニオイ消しには精霊いないの?」
「えぇ? 俺今まで普通に気づかなかったしどうだろ? ん~、ん?」
青い光の粒にはなんの精もついていなかった。だが、かすかに魔力なようなものを感じた。けれど、この魔力の種類は全くわからない。火、水、風、土、光、闇、鉄、音。八大元素のどれでもないのは確かだ。いうなれば透明な魔力ってとこか。
「精霊の類は感じられないけど、微かに謎の魔力があるな。透明な感じで、存在をあまり感じられない。鉄や土の無機物からですら感じられるエネルギーの躍動感? 命を感じられない。むしろそういったものを奪い去るような……」
「なるほどね。じゃあやっぱニオイの素を吸収してるってことかな? 私が使ったこの光も、吸収か消滅が起こると着色するものだから。見た感じ一面にあるみたいだからサンプルに限りがあるわけじゃない、ちょっと簡易的に性質を調べてみるね」
そう言うとディアミスは風魔法で青い粒を宙にに浮かせて、音魔法で振動させた。かなり微細な振動で粒はやがて肉眼では見えないほどに小さく砕けていった。粒が砕けるたびに魔法の展開された空間からゴーンと鈍い音が響く。次は他の属性魔法で調べるのかなとか思っていたところディアミスは作業をやめた。
「これは土だね」
「土? けど土の属性魔力は感じられなかったぞ? 疑うわけじゃないけどさ」
「正確に言うと土から属性の力を抜き取ったものかな? 私がさっき使った音魔法はザオンと言って、その物質がなんの属性に親和性のあるものか調べるものなの。この魔法で八大元素のどれに近いものなのかが分かる。属性によってそれぞれ違った音が出て、さっきゴーンて鈍い音がなったでしょ? あれは土属性と親和性の高い物質だとでる音なの。
複数の属性が強くある物質だと音が混ざったりもするんだけど、今回それはなかったから土属性の音、土で間違いないと思う。この魔法はあくまで属性との親和性を調べるものだから、実際にその属性を持っているかどうかは関係ないんだよね。なんで土なのに土属性が含まれてないのかは私にもわかんないや」
分からないと言う妹は眉間に指を這わせ考え込んでしまった。物知りな妹でも分からないことか……もしかしてまったく未知のものなのかこれ?
「ねぇ、ディアミスちゃん。これがなんなのかはともかく、これの消臭効果をどうにかするってことはできないかな? 消臭効果を無効化できればとりあえず敵を見つけることは可能になる。
僕には専門的なことはさっぱりだけど、こんな回りくどいことをしてくる相手だ。早めに対処しないとなんだかマズイことになりそうだなって。無理を言ってるのは分かるけど、これが単に消臭目的とも思えなくてね、せめて敵のしっぽを掴みたいんだ」
テツヤの言うことには一理ある。このまましっかり調査する選択肢もあるが、敵が実際にネズミを殺している以上、できるだけ早く対処したい。もちろんちゃんと調査しなかった結果が裏目になることも考えられるけどさ……仮にディアミスがしっかり調査を続けるにしても、消臭効果をどうにかする方法があるなら他の者達でそのための準備もできる
し、そのほうが効率的だ。
「あ! そうだね。多分できるよ! ごめんね? ちょっと目的を忘れちゃってた。一番重要なのは敵を見つけることだったね。仕組みとしては吸収してるのは間違いないから吸収をどうにか阻害できればいいだけ。お兄ちゃんが言った通り土なのに土属性魔力がないなら、逆に土属性魔力をこれに持たせたら無力化するんじゃないかな? 属性魔力を抜いた不安定な状態じゃないと力を発揮できないのかも」
「土属性をもたせりゃいいのか! じゃあ楽勝だな! 俺に任せろってもんだ」
俺が胸を張ってそう言うと皆不思議そうに見ていた。そんなことができるのか? と。
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