表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/42

第0話:若木の指輪

ヒロインのネルスタシア視点の話となっています。



──今から15年前、わたしが2歳の時だった。その日はわたしがアステルギア王国の重鎮達に初めて顔見せをするパーティーのあった日、運命の出会いをした日、彼と、出会った日。


 当時の王城は今よりも豪奢な内装で、貴族だけでなく、平民も着飾る余裕のある時代だった。キラキラと輝く背景にわたしはすでに飽きていた。それが当然だと思っていたし、心躍るものではなかった。兵士の剣術の訓練でも見るほうがまだ心が踊った。剣をわたしも振ってみたかったのにやらせてもらえない。そんな日々に苛ついていた。


 パーティーでは沢山の子どもたちが来ていた。大体は貴族の子供で、年齢にはバラツキがある。貴族達は自分の子供をわたしに近づかせるために送り込んできた。わたしは大公家、国で二番目に偉い家柄だ。それ故に当然のことではある。しかし、可愛げのない子供だったわたしには、その意図がなんとなくだが理解できたし、子供として扱われることにも不満を抱いていた。正直、わたしが貴族たちの意図を理解していることにすら気づかない大人たちを見て、彼らを見下していた。


「みてください! ネルスタシアさまのために。えっと、よういしたおはなです!」


 わたしよりも少しだけ年上の女の子が話しかけてきた。


「そう、いらないわ」


 わたしは不機嫌さを隠さず拒絶した。周りの大人は苦笑いだ。少し機嫌が悪いのかなという声が耳に入る。それがよりわたしのイライラを募らせた。


「え、でも。おとうさまがわたしてきてって……」


「じゃあ、あなたは別に渡したくないんだね。ご苦労さま」


 そう言って花を子供から奪い取り、引きちぎって捨てた。貴族たちだけでなく、お母様の顔も青ざめ、引きつっていた。当然女の子は泣いた。自分で泣かせた癖に、わたしは罪悪感を感じていた。


「わー! わー!だいじょうぶ?」


 困惑し、大人達が動きを止める中、一人の男の子が花をちぎられた女の子を心配して駆け寄ってきた。しかし、女の子は男の子を無視して「おとうさーん!」と泣いて逃げていった。男の子はそれに「あれ?」っといった感じでキョトンとしている。しかし、すぐに持ち直して今度はわたしの方を見た。


 今でも鮮明に憶えている。それはこの世のものとは思えぬ可愛らしい顔をしていた。ふわふわした雰囲気の男の子、緑色の瞳はエメラルドのようで、栗色の髪は照明の光が揺らぐ度、色を変化させる。一目惚れだった、全身が熱くなるような衝撃がわたしを襲った。


「あ、ああああ」


「だいじょうぶ?」


 わたしが初めての衝撃に戸惑っていると男の子はわたしに声をかけてきた。あんな悪いことをしたわたしを、心配しているのが分かる声色だった。そんな声色にわたしは警戒心を失った。この子はわたしを叱ろうとしてるわけじゃないんだ。


「わたしを叱らないのか?」


「花が嫌いだったんじゃないの?」


「え?」


「あ! パーティーがおもしろくないもんね! ははは」


「うん」


 男の子もパーティーが面白くなかったらしい。わたしは不思議な感じのする男の子にどう接したらいいのか分からず、おとなしくなっていた。


「お父さんもお母さんも、知らない人とはなしてばっかでつまんないもん。ネリ? ネラスタシアちゃんもそうだったんだ」


「ね、ネルスタシアです」


「ごめん! まちがえちゃった。ネルスタシアちゃん、僕はムーダイルって言うんだ」


 ムーダイル。その名がわたしの心の中で木霊した。ムーダイルは自分の名前を名乗った後、わたしからすぐに興味を失い、今度は床に落ちた千切れた花に興味を持ち、床に座ってマジマジよ見ている。ムーダイルは千切れたサイコロのような花を口の中へと運び食べてしまった。


「おいしくない……」


 おいしくないらしい……ムーダイルは涙目になっていた。予想外の行動を取るムーダイルにわたしはなぜか対抗心を持ち、わたしも千切れた花を食べてみた。


「……まずい、ぐええ!!」


 花はまずかった、わたしはえづいて花を吐き出してしまった。


「あははは、だからおいしくないっていったじゃん!」


「わらうなぁ!」


 わたしは笑われたことに腹が立ってムーダイルを殴ってしまった。


「ふふふ、おいしいのたべにいこーよ!」


 殴られたムーダイルはまるで気にする素振りもなく、わたしの手を引っ張って料理のあるところまで歩いていった。大人に料理を受け皿に分けてもらい、わたしに手渡した。


「わたし、ぱんちしちゃったのに……」


 どう見ても悪いことをした。絶対怒られる……そう思って、お母様の方を見ると、ムーダイルとよく似た女性に引き止められていた。わたしを叱ろうとするお母様を、なにか説得しているようだった。


「僕もわらっちゃったから、ごめんね? あ、これおいしいよ? 食べたことある?」


「ご、ごめんなさい。殴っちゃって」


 料理はいつも食べているものとそう変わらず、特別おいしいものではないが、まずい花と比べれば遥かにおいしい。そこで気づいた、そういえば世の中にはマズイものもあるんだということに。


「僕は妹ができたからお兄ちゃんなんだって。僕にも兄ちゃんたちがいる。それでね! ふしぎだなーって!」


「不思議? なにが?」


「僕は兄ちゃんたちの弟なんだって! でも僕は妹のお兄ちゃん! 一人なのに! 弟になったり、お兄ちゃんになったりできるんだよ!? ふしぎ、ふしぎ」


 中々に面白い答えが返ってきた。そういったことを考えたことがなかったので、斬新に感じた。


「ネルスタシアちゃんは妹いる? ほらあそこ! 僕の妹! お父さんが抱っこしてる!」


 ムーダイルが指差す先には、熊のような大男が赤ん坊を抱っこしていた。赤ん坊はじっとわたしとムーダイルのことを見ていた。ムーダイルが赤ん坊に手をふると赤ん坊は笑顔になってはしゃいでいた。大男ははしゃいで動く赤ん坊を落とさないように慌てて、体勢を整える。


「まだいないけど、もうすぐ産まれるって言ってた。お母様、お腹が大きくなってるでしょ? 妹か弟かはまだわからないけど」


 そう言ってわたしは母のいる方を指差した。


「ふ~ん? えーっと、多分弟だと思うな」


「なんで分かるの?」


「なんとなく! 弟な感じするもん!」



 そして、パーティーが終わり、しばらくした後──ムーダイルの言う通り、弟が生まれた。わたしはムーダイルが言ったことは本当だったんだ! これは凄いぞと、ムーダイルを褒めてやろうと思った。3歳になって成長し、走り回るのも大得意になったわたしは、城を抜け出してムーダイルに会いに行った。ムーダイルが勇者の家のものであると聞いたわたしは、お母様の部屋にいって地図を盗み出し、それを頼りにムーダイルのいるフラグライト家を目指した。


 初めて城を抜け出し、外には色々と興味深い景色が広がっていたが、まずはムーダイルに会おうということで、まっすぐに目指し歩いた。するとあっさりとたどり着いた。フラグライト家の屋敷の庭、そこにムーダイルはいた。


「おーい! ムーダイル! 弟だったーー! お前の言う通りだったー!」


「うわっ!? ネルスタシアちゃん? どうしてここに?」


「お前が妹か弟か当てたから褒めてやろうと思ったんだ! お前は凄いやつだってな!」


「褒めるために来てくれたんだ! へへ、ありがとう! ……」


「なんだ、元気がないな。わたしが褒めているんだから、もっと嬉しそうにしろ」


 最初こそ笑顔だったムーダイルだったが、みるみるうちにしょんぼりと元気がなくなってしまった。


「僕、弱いんだ。勇者って強いはずなんだけど、僕弱くて……まだ赤ちゃんの妹に力で負けちゃったんだ」


「なっ!? そんなことがあるのか!? お前の妹を見せてくれるか?」


 赤ん坊に力で負けたと言うムーダイル。そんなことがありえるのか? わたしは気になって確かめたくなった。ムーダイルに連れられて、フラグライトの屋敷に入っていく。広間に着くと、ムーダイルの妹はパーティーの時に見かけた母親に抱っこされていた。ムーダイルの妹はムーダイルを見ると笑顔になったが、わたしを見ると露骨に不機嫌そうな顔をした。表情豊かな赤ん坊だ。


「あら!? ネルスタシアちゃん? ど、どうして……お、お付の人は?」


「お付? いないぞ。そもそも一人で城を抜け出して来たんだから当たり前。ほら、この地図を見て来たんだ」


「えっ!? ネルスタシアちゃん……もう文字読めるの? それに、地図を見て一人で……こんな小さい子が……」


 ムーダイルの母親はわたしが一人で来たことに驚いているようだった。


「それより、ムーダイルがその赤ん坊に力で負けたというのは本当か?」


「え? えぇ、でもこの子の力が強いだけかなぁって……ほらムーダイルそんな落ち込まないで。ムーダイルも、もう少し大きくなったら力が強くなるわよ」


「ほう、面白いな? その小さいのがどれほどの力があるのかわたしが試してやろうじゃないか。おい、ムーダイルの妹。ちょっとわたしの手をパンチしてみろ」


 そういってムーダイルの妹に近づき、手のひらをムーダイルの妹の顔近くに置いた。


「あぶっ!!」


 ムーダイルの妹はわたしの手ではなく、わたしの顔を思いっきり殴り、わたしはふっ飛ばされ、広間の壁に激突した。


「ちょ!? ディアちゃん!? どどどど、どうしよう! ネルスタシアちゃん大丈夫!?」


「あ、がががが……凄い力だな。こりゃムーダイルが力で負けるのは仕方ない。そう落ち込むなムーダイル。こんな力持ちな赤ん坊がおかしいんだ。別にお前が弱いせいじゃない」


「本当? じゃあネルスタシアちゃん僕と力比べしてよ」


 そうして、力比べに紐を使って綱引きをしたところ。わたしはムーダイルに圧勝し、ムーダイルは大泣きしてしまった。わたしが謝るとムーダイルはさらに大泣きした。


「確かにお前は力が弱いかもしれないけど! 弟か妹を当てる力がお前にはあるだろ! お母様が産む子供が弟だって当てた。だから凄いんだぞ!」


「え? ちょっと待って、カルルス様のことも言い当てたの? 私がディアを産む時も、この子、女の子が生まれてるって……言い当ててたけど」


 ムーダイルは、自分の妹が産まれる時も言い当てたらしい。ムーダイルが特別な力を持っていると裏付ける証言に、わたしの言うことが正しいのだと興奮していた。


「ほらみろ! やっぱ弟か妹かが分かる力があるんだよ! なぁどうして分かるんだムーダイル!」


「みんなはわかんないの? 女の子は温かい感じで、男の子は熱い感じなんだよ?」


 そう言われても、もちろんわたしには分からない。ムーダイルの母親は驚いた様子で屋敷の奥へ引っ込んでいった。ムーダイルの母親が誰かに対して嬉しそうに話しているのが聞こえる。何を話しているかまでは分からないが、なにか浮かれているようで、親ばかといった感じの雰囲気が伝わってきた。


 しばらくすると城から侍女達がやってきてわたしは城に連行されていった。色んな大人達からこってり叱られたが、もうそんなことはどうでもよく、ムーダイルという不思議な男の子に対する興味だけが、わたしの心を独占していた。


 それから毎日のように城の抜け出し、ムーダイルを連れて街を巡り歩いた。こうして外を歩くと大抵、ムーダイルがおかしなことを言う。わたしには見えない何かが見える、そんなことだ。


 だがわたしはそれが本当のことだと分かっていた。未知の何かがある、その事実がわたしの好奇心を呼び覚まし、わたしは勉学も励むようになった。学んだ知識から、あの場所にはあれがあるかも、これがあるかも、それを確認する探検にムーダイルを連れ回しまくった。


 しばらくすると、ムーダイルだけでなく、その妹であるディアミスも一緒に探検するようになった。ディアミスは賢い子で、負けず嫌いだった。わたしに口で言い負かされると、悔しそうにしていた。わたしが完璧に読み書きができることを知ると。その日から自分もやると、両親にお願いし、教材を用意させ、家庭教師を雇わせた。そして、知識を増やしたディアミスは、わたしが知らないことがあると得意げにしたり顔をしていた。


 ムーダイルも探検自体は楽しんでいるようだった。だが、殴り合いの喧嘩をするわたしとディアミスを見て寂しそうにしていた。悲しいでも怒るでもなく、寂しそうだった。当時のわたしにはそれがなぜなのか、よく分からなかった。


 そんな日々が続いて、わたしが9歳から10歳になる頃のことだった。探検の中継地として便利な小高い丘の茂みに、木の枝を組み合わせて作ったわたし達の秘密基地がある。そこへ、ムーダイルに呼び出された。


「明日、ネルちゃんの誕生日だよね。パーティーに招待されてないから、僕はいけない。だから、今渡しておこうと思ってさ。これあげる」


「パーティーなんて興味ないよ。別に呼ばれて無くても勝手に忍び込めばいいんだぞ? その方が……あれ? これって」


「剣と指輪。僕が作ったんだ! 鍛冶のおじさんに教えてもらいながら作ったんだ。ネルちゃん剣が好きでしょ? でも女の子だから剣だけあげるのもどうかなって思って、指輪も作ったんだ。初めてだったからちょっと納得いかないところもあるけど、どうかな?」


「え?」


 ムーダイルが、わたしのために剣と指輪を作った。意味が分からなかった。ムーダイルのことはなんでも知ってると思っていた。だけど、そうじゃなかった。ムーダイルが鍛冶を習い、わたしのために剣を作っているだなんて、そんなことはまるで予測していなかった。


 手渡された剣を鞘から抜き、空に掲げてじっくりと見る。大きさは子供に合わせたサイズで私の肘ぐらいの長さ、素材は鉄で、しっかりとした厚みのある造り、頑丈さを感じさせるが、なめらかな曲線を描く輪郭は、美しく、女性が持った時、ぴったりとハマるように作られていた。


 剣を持った時に分かった。それは吸い付くかのようにわたしの手にぴったりと収まるから。剣を振れば、それはわたしの動きに違和感なく追従するから。これは……わたしが剣を持ち、振るう姿を想像し、作られた。それが分かる。こんなにうれしいことはない。ムーダイルの優しさが、剣を通して伝わってくるようだった。


 強く美しい剣、そしてもうひとつのプレゼントである指輪も、私が身につけることを考えられたもの。素材はただの鉄だが、飾りがある。これはムーダイルと初めて出会った時に食べた花、トラリスの花がモチーフだ。サイコロ型の花弁は、知らない人が見れば、花ではなく、ただの四角に見えるだろうが、わたしには伝わる。あの花のことなど、今ではわたしとムーダイルしか憶えていないだろう。


 わたしはあまりの嬉しさに泣いた。涙を止めようと思っても無理だった。自分の意志ではどうしようもない。だけど笑って、感謝を伝えなければムーダイルに悪い。


「ひく、う、ありがとうむーちゃん! こんなにうれしいのは今までなかった! でも、それだけじゃないぞ! ムーダイル、お前は天才だ! お前には鍛冶の才能がある。こんなに美しく、わたしにぴったりの剣を造れるものはそういない。お前がこの才能を成長させれば、きっと、沢山の人を幸せにできる。凄い! 凄いぞ!」


「ほ、ほんと? で、できるかな? 僕に……これからも鍛冶、やってみようかな? 剣作るの、楽しかったし! そっか……僕、頑張ってみるよ!」


 なぜか、わたしだけでなく、ムーダイルまで泣いていた。それからムーダイルは毎日、鍛冶の勉強、修行をするようになった。わたしもムーダイルにもらった剣に応えるべく、一層剣の修行に励んだ。お互い会う時間は短くなったが、お互いに成長を報告しあう日々は、それまでのものよりもずっと濃密で楽しい時間だった。


 けれど、そんな幸せな時間も──長くは続かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ