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龍の歌人  作者: 十六夜
第一章【前半】
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003 崖の上のダーケンマルク神殿

「部長、カーライル部長! 私達も、スケジュール混み混みで予定入ってるんだから、宿泊先に行きましょう、ね?」


「む? ……そうだな。すまない、アシエリス君」


「チッ…。今日の所は勘弁してやろう。感謝するんだな」



 最終的に二人を引き剥がして執り成すのは、副部長たるアシエリスの仕事である。両者は、アシエリスの仲裁がないと中々言い争いをやめないのだ。その為アシエリスは、部員の全員から喧嘩仲裁係という不名誉な称号を貰う羽目になった。

 正直うんざりである。

 顔だけはニコニコと笑ってはいるが、気心の知れた者が見ればイライラしている時の顔だと気付くであろう。



 ───もう! いつもいつも、なんでこう、態々嫌味合戦なんかするの?! 嫌いならお互いに関わらなければいいのに! 男の子って本っ当に変!!



 カーライルを宥めているアシエリスの後ろで、フィリッパとロワノルドがヒソヒソ声で話していた。



「毎度のことだけどさ。デルカン校の奴ら、いけ好かないよな」


「あら。そのデルカン校に、可愛い女の子がいたってはしゃいでたのはどこの誰だったかしら?」



 ロワノルドはうぐっと言葉に詰まったような音を出した。


 数週間前、アシエリスとロワノルドとフィリッパの三人が街で買い物をしていた時、いきなり「すごく可愛い子がいた! 見てくる!」と叫んで、駆け出していったのだ。

 ロワノルドは異性にはめっぽう弱い。それはもう、弱い。

 自分をジト目で見る幼馴染に、ロワノルドは慌てて弁解をしている。



「そ、それはほら……たまたま街で見かけて。見かけだけは可愛いだろ、デルカンの女生徒達って」


「綺麗なブロンドヘアに、碧眼の清楚な雰囲気の女の子……だったかしら? 確か、セインガーゾンと一緒に歩いてたとか言ってたわよね。もしかして、あの子?」



 フィリッパが指で指す方向に、ロワノルドの言っていた事柄に該当する女の子がいた。


「おお、あの子だ!」とはしゃぐ幼馴染を、フィリッパは隣で冷めた目で見ていた。

 大抵ロワノルドの言う可愛い子というのは、性格は可愛くない場合が多い。さて、今度の子はどうだろうかと一瞬値踏みする視線を送ってみるも、判断はすぐについた。

 カーライルとセインガーゾンを仲裁していたアシエリスに、いきなり平手打ちを見舞ったからだ。



「卑しい身分の女が、セインガーゾン様に近付かないで!」


「アイツ、ぶちのめして来ていいかしら?」


「ち、ちょっとフィリッパ! 駄目だったら!」


「止めないで!」



 そんな会話を友人達がしているのを知って、ジンジンと痛む頬と、痛みにあわせて込み上げてくる怒りとをどうにか落ち着けながら、アシエリスは笑みを崩さないように頑張っていた。



「随分なご挨拶ねメロ、従姉に対して」


「従姉妹? ハン、やめてよ。貧乏人のアナタと親戚だなんて思われるのは恥ずかしいもの!」



 そう言ってアシエリスを指差して醜く笑うメロを、呆れた様にアシエリスは見つめた。


 ──卑しい身分? メロの家だって、貴族でもないのに何言ってるのよ。それにうちは貧乏じゃないし。




 アシエリスの父は遠い東の国で、古代遺跡の発掘をしている大学の考古学者である。

 そして母はその界隈では有名な、ファンタジー小説の作家であった。

 確かに、両親ともに日本の私立最高峰の大学出という高学歴にして、バリバリ現役で稼いでいる割には父の余計な出費のせいで貯金は微妙なところではある。

 けれど、蔑まれる様な程でもなかった。



 そんなことを頭の中で考えている間に、メロとセインガーゾン一行はその別荘とやらに歩き出していた。

 言いたいことだけ言ってスッキリしたのだろう。

 こちらは全くスッキリなどしないが。



「テカヴィニック、大丈夫か?」


 カーライルが先程までの冷静さは何処へやら、オロオロとした様子で聞いてくる。


 ───部長のせいじゃないけどさ! そもそも、部長がセインガーゾンの相手なんかしなければ、こうはならなかったよね?


「部長」


「なんだ?」


「いい加減あれ(セインガーゾン)の相手をするの、やめて下さいってば。私が被害を被るから」


「……面目ない」



 シュンとするカーライルに、アシエリスは全くだというふうに頷く。


 そんなやり取りを、少し離れ場所から見ていたもの達がアシエリスに近寄ってきた。



「あの…」



 見れば、セインガーゾン達と同じデルカン校の生徒たちだ。しかし、5人ばかりの彼らは皆、セインガーゾンの取り巻き達とは違って付き人はおらず、自分で旅行カバンを持っていた。

 顔を合わせる度に突っかかってくるセインガーゾンの取り巻きばかりに気を取られて、いることに気が付かなかった。

 一応貴族かもしれないと思い、アシエリスは丁寧に聞き返す。



「どうかしたの?」


 ───第一印象は大事だよね。無闇に敵を増やす必要もないし…。



 アシエリスが応えると、気の弱そうな女の子が進み出て、何か言おうとしている。


「あ、あなた……頬、大丈夫?」


 どうやら心配してくれたらしい。

 アシエリスは、問題ないと笑顔で答えた。


「うん、大丈夫だよ」


「本当に? でもメロが、ごめんなさい。彼女に代わって……お詫びを」



 セインガーゾンの取り巻きではなさそうだから、中流階級の出なのだろう。だが所作が整っている。成金の従妹では身につかないだろうものだ。


 別に、卑しい身分と言われた事を根に持っている訳では無い。断じて違う。

 ……。


 ───いややっぱり、ムカつく。でも、この子は関係ないもんね。心配してくれたし。嫌な態度取らないようにしなきゃ!



 アシエリスは少女に向かって微笑んだ。



「気にしなくていいよ。メロの性格が過激なのは、今に始まったことじゃないし。寧ろ、従妹がいつも…ごめんねぇ」


「いいえ、そんな…」



 最後海より深い溜息をつきながら謝罪したアシエリスに、かえって恐縮してしまった少女を見て、思った。



 ───滅茶苦茶良い子だ!!!



 今まで出会ったデルカン生の中で、初めて出会ったまともな貴族である。

 もっと交流してみたくなったので、部長を振り返り、部員全員にも了承を得てから、誘いをかけた。



「ところで、あなた達はもしかして、寄宿舎に宿泊する人たちなのかな? もしそうなら、ご一緒しない?」



 少女はホッとしたように肩の力を抜いた。



「ありがとう。私、カトリーヌ」


「カトリーヌね、よろしく! 私はアシエリスよ」



 アシエリスはカトリーヌと笑い合った。

 2人が和んでいると、カトリーヌの背後で屯していた他のデルカン生達も、躊躇いがちに傍に寄ってくる。



「あのさ、俺ペーター。でこっちは双子の妹のミリー」


「よろしくペーター、僕はロワノルドだ。ロワンと呼んでくれよ。ミリーちゃんもよろしく」


「フィリッパよ、よろしく」



 双子らしき男女がロワノルドとフィリッパに近づき、握手を求めた。



「デルカン校にも、友達になれそうな子が居るなんて思わなかったな…」



 ロワノルドが思わずと言った様子で呟くと、ペーターは困った様に頭を掻いた。



「うーん、まぁ。行事とかでよく表に出る奴らなんかは、高位の貴族出身だったり自尊心の高い奴とかが多いかもしれないな。中流階級以下は、ほぼ一般人と変わんねぇんだわ。もう21世紀だしな。俺ん家もあるのは名ばかりの爵位だけだし…」



 ペーターの言葉に周囲の同じく中流階級以下なのであろう生徒達が、同意を示してコクコクと首を上下に振った。

「へぇ、そうなのか」と納得するロワノルドだったが、「ところでさ、ロワン、あのメロのことを可愛いって思ったんだって?」とニヤつくペーターに質問されると、途端に挙動不審になった。



「な、なんで知って??」


「兄さん!」


「だって本当だろ? あんなの何処が良いんだか」



 先程のコソコソ話はバッチリ聞かれていたらしい。ペーターの言葉にダメージを受けたロワノルドを、アシエリスとフィリッパは冷めた目で見つめる。



「この前言ってたのは、メロの事だったのねぇ…。

 あんまり…いや全くオススメしないなぁ?」


「ホント、ロワンは見た目に直ぐ騙されるんだから」


「ロワン君。兄さんじゃないけど、あの人はやめておいた方がいいんじゃないかな?」



 女の子3人から相次いでダメ出しを食らって、ヨレヨレしているロワノルド。

 ノックアウト寸前の彼にトドメを刺したのはペーターだった。



「ロワンさ、あんまり見た目で判断ばっかりしてると、本当に良い子は売れ残らないんだぜ?

 もう少し、見る目を養うべきだな。じゃないと、モテない」



 モテないと言われ、完全に地面に伸びてしまったロワノルドとそんな彼を哀れんだ目をしながらそっと叩くペーター。

 早くも友情(?)が芽生えたようである。


 そんなふたりを皮切りに、イーリス校とデルカン校の生徒達は互いに打ち解けたようで、それぞれ会話を楽しみながら寄宿先へと移動し始めた。ミス・ミドリはほっとした様子でその様子を見守っている。


 アシエリスも、カトリーヌと互いの学校についての話を交わした。

 次第にそれは2人がよく知る人物への話へと変わる。



「それでね、メロさんは皆の前で、"私はセインガーゾン様に気に入られて、玉の輿になるの! だからあんた達、絶対に邪魔しないでよね!"って仰って…」


「うわぁ…。そんな事言ったの?」



 メロならやりそうだなと思いつつ、そんな神経を疑うような親戚がいることをアシエリスはひっそりと嘆いた。



「そうなの。私驚いてしまって…。今まで堂々とそんなこと言う方いらっしゃらなかったし、メロさんは爵位持ちの方でもないし…。その、誰も…」



 カトリーヌは言い淀んだが、アシエリスは大きく頷いた。



「普通の神経だったら、玉の輿狙うなんて思わないし、堂々と言わないよね。」



 ウンウンと頷き合うふたり。

 何方もそれぞれがメロの言動に振り回されてきた苦労を知っているのだ。



 メロの両親はメロが産まれたばかりの頃に離婚してしまっている。母親(アシエリスからすれば父方の叔母にあたる)に連れられてメロは、大商人である義父の養女になった。


 その養父は何とも阿漕な商売人だし、会う度に(何故か頻繁にアシエリスの家に押しかけてくる)嫌味がましくアシエリスの両親の悪口を言う。


 母親は母親で、自分が不貞をした為に離婚されたことを根に持って、父親のある事無い事をメロに吹き込んでいた。

 アシエリスが父から聞いた話では、メロの父親は常識人で人望も厚く、その上離婚した後もメロの為に再婚をしなかった程義理堅い人だとの事だった。

 


 そんな訳で、唯一まともだった実の父親と引き離されてメロは気の毒な境遇だなと、幼心に思ったアシエリスではあったのだが…。

 成長するにつれて益々我儘で、他人を見下す性格になっていったメロのことは、正直苦手になってしまった。



「でも、不思議だったんだよね」


「何のこと??」


「ほら、セインガーゾンってさ、うちの部長と爵位の有り無しで仲違いしたって聞いたから。

 メロは貴族じゃないし、お呼びじゃないのかって思ってたけど…」



 先程セインガーゾンの腕に絡みついていたのを察するに、彼はメロが側に居ることを現状許しているように見えた。

 学校でもそうならば、彼の父親である侯爵も黙認しているということで…。



「…ええと、それはね。多分訳があるわ」


「訳?」



 カトリーヌは躊躇いがちに、アシエリスを見つめた。



 ───む? なんだか、酷く同情されているような??



 よく分かっていないアシエリスの後ろで、いつの間にか二人の会話に耳を傾けていたフィリッパが「まさか!」と呟く。そして、同じく隣で話を聞いていたミリーにコソコソと質問をした。



「ねぇミリー。デルカン校では…というより、セインガーゾンは、エリーとメロが親戚だって知ってるの?」


「うん。セインガーゾン様とカーライル様の仲違いは有名だからね。それを仲裁してる副部長の話はいつも聞こえてくるよ。

 二人の喧嘩に巻き込まれた人とかにも労ったりしてくれて優しいし、美人で器量よしだって!

 それで、メロが怒ってアシエリスちゃんの悪口とかと一緒に親戚で恥ずかしいとか何とか、よく叫んでるよ。同じクラスだから、聞こえちゃうんだけど…」


「んまぁ!」



 フィリッパは親友のアシエリスの良い噂が他校でも広められている事に嬉しくなったが、メロが悪口を言いふらしていると聞いて、やはりあの時殴っておけば良かったと思った。


 けれど、それならば自分の推理が正しいかもしれないと思い、さらに質問を重ねる。



「もしかして、初めはセインガーゾンて、メロが傍に来るの煩わしそうにしてたかしら?」


「よく分かったね? そうなんだよ。でも、途中からは今みたいな感じ。あんなに仲良しだったカーライル様は平民になった途端に仲違いしたのにね。好みなのかな?」



 ミリーも不思議そうにしている。



「カーライル部長とエリーの前では、いつも以上に距離が近かったりするのかしら?」


「え? えー、どうだろう。……ああ、でも、そうかもしれない」


「成程…。全てわかったわ!」


「「え、何、なんなの??」」


 ミリーとアシエリスの声が重なる。

 カトリーヌやペーター、ロワノルドまでもがフィリッパに、何が分かったのか教えてくれと頼んだ。

 フィリッパは訳知り顔でしきりに頷くと、こう切り出した。


「多分ね、カーライル部長がエリーを副部長という近しい位置に置いているものだから、セインガーゾンもそれに習ってエリーの親戚のメロを傍に侍らしたって訳よ! つまり、カーライル部長への当て擦りの、延長線上の結果ね!」


「「「「???」」」」


「………はぁぁああああ???」


 ほかの4人が脳内で処理落ちしている中、アシエリスは心底呆れ返って、思わず叫んでしまった。



 ───そんなくだらない理由?! 誰が得するの? 私ばっかり二次被害じゃない? うわぁぁん、部長のせいだぁ!




 そんなこんなですっかり気疲れしてしまったアシエリスと、それを宥めていた一行だったが、気が付けば町外れの寄宿場所へと到着していた。


 そして、一同は感嘆の声を上げる。



 ───凄い……圧巻の景色だわ!



 眼下に広がる紺碧の美しい大海原と、遠くに見える村人の漁船。

 伝統の造りなのだろうか、モーター式などではなく、全て帆と風で進む造りとなっていて、少し見掛けない造りをしている。

 それは、まるでおとぎ話の一幕に出てくる町の様であった。


 涼しげで心地よい海風がうなじを撫でて通り過ぎ、水面を揺らめかせては、陽光と時折飛び跳ねる魚の鱗とをキラキラと反射させていた。


 また振り向けば、心地良さげな木と石造りの宿があり、その周りを貝殻や珊瑚などが飾っていてなんとも素敵だ。


 そして少し遠くに見える、崖の上にそびえ立つ純白の神殿。

 白い石で造られたらしいそれは、とても荘厳で美しかった。



「あれが、ダーケンマルク神殿? 綺麗ねぇ……」

「なんか、この景色すげぇ…」

「分かる。なんか、落ち着くよなぁ〜」

「ここ、好きかも…」

「ここがハズレって言った先輩達、誰だよ??」

「むしろ…」

「「「「「「当たりじゃね?」」」」」」


 一同は同時にコクりと頷く。

 全会一致での賛成だった。





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