001 研修旅行に行きましょう
言い忘れておりました。
この話はフィクションです。
実際に存在する地名なども出てくるには出てきますが、想像の世界の話ですので、悪しからず……m(*_ _)m
その時、教室のみんなの心はひとつだった。
ボランティアクラブの担任教師ミドリ・エフカルテが手にする紙の内容。
それこそが、今最も関心を寄せることであり、そこに書かれている場所が、今年のボランティアクラブの、出張ボランティア旅行の宿泊兼自由行動の拠点となる場所なのだ。
例年の話では、都心のビジネスホテル拠点でビジネス街のゴミ拾い。はたまた、ドの付く田舎で農家のお手伝い筋肉痛三昧等々……。
年によって当たりハズレが激しい目的地。
それが書かれている紙が、今先生が手にしているやつなのだ。
ミス・ミドリが紙を開くのが、酷くゆっくりに感じられる。キーンと張り詰めた空気の教室内に、誰かの唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
「……」
ミス・ミドリが言葉を紡いだ。
「今年のボランティアクラブの出張研修旅行先は……北部海岸沿いの街ミレンスのダーケンマルク神殿です!」
きっかり3泊後───。
「「「「「「「「「「「「「「ええええええええええええ!!!」」」」」」」」」」」」」」
教室内に部員15名の内、1人を除く全員の絶叫が響き渡った。
その叫んでいない1人は、机に突っ伏してしまっている。
その後もしばらくの間、「嘘だろーーー!!」「嫌だぁぁ!!」「超ド田舎じゃんかーーー!!!」等と、阿鼻叫喚が続く。
無理もない。
歴代、先輩後輩たちの中で【何もする事のない暇すぎる目的地ランキング】堂々のワースト一位に食い込む場所だと言えば、想像に難く無いだろう。
皆、周期的にそろそろかと思って覚悟していたものの……、トップランキングに並ぶ場所とのギャップを思えば、仕方の無い事だった。
ミス・ミドリはそんな生徒達の反応に苦笑いしながらも、机に突っ伏す、一人の少女に声を掛けた。
「テカヴィニック、大丈夫?」
「……だいじょぶれす……せんせぃ」
未だ教室内の絶叫が止まない中、それらのせいで鼓膜直撃の甚大な被害を被ったアシエリス・テカヴィニックは、心配するミドリに弱々しく微笑んだ。
クラブの副部長であるアシエリスは、事前に行き先を聞いていたので特に思うところは無かったのだが、自分の代わりに、他の部員の悲鳴で鼓膜をやられるとは失念していた。頭がグワングワンと鳴り響いている。
同じく先に知っていた部長は、昨日から急性虫垂炎でこの場にいない。
あの神経質な部長がいれば、教室内の空気は叫べない分、数倍ドンヨリしただろうが……少なくとも鼓膜は無事だったかも───そう、アシエリスが思ってしまう程に、部員達の嘆きは大きい。
「さぁ、皆。 今から行先の街、ミレンスの観光マップを配るわよ。今年の私達は、ダーケンマルク神殿で一週間、神殿と、付近の街のボランティアをするから、よく見ておいてね!」
そう言って、ミス・ミドリが部員達に紙を配る。
それを受け取った者たちの顔が、渋面に変わった。
観光マップとは名ばかりの、もはや何十年前の印刷物かとツッコミを入れたくなるような粗雑な造りのそれは、仮にもイギリスの都心部に古くから存在する公立のイーリス・エレメンタリースクール(以後イーリス校と呼ぶ)に通う生徒達からすれば、元から無い期待値の底を、更に下回らせる代物だった。
何とか回復したアシエリスも、流石にこれは予想しておらず、皆にならって渋面をつくった。
そんな彼女に、両隣の男女が話しかける。
「なぁなぁ。 エリーは、行先知ってたんだろ? なんで教えてくれなかったんだよ……。 知ってたら、俺、今日来なかったぞ! フィンもそう思うだろ?」
「そんなこと言っちゃ駄目よ、ロワン。ね、エリー。この神殿って、どんな場所なのかしら。もう、知ってるの?」
アシエリスをエリーという愛称で呼ぶ程の親しい間柄の彼らであるが、この行先は多少なりとも不平だった様だ。もっとも、それをアシエリスに言ったところで、どうなるということも無いのだが。
「ええっと……。この観光マップの造りは拙くて、ちょっと微妙に思うかもしれないけど……。
写真で見た感じでは、のどかで素敵な街だったかな。海沿いの崖にそびえる白い石造りの神殿が、とっても綺麗な所みたい。
でも…まぁ…。あんまり、賑やかじゃ……ないかな?」
先日ミス・ミドリから見せてもらった写真を思い返しながら、アシエリスはそう説明した。
個人的には、落ち着いていてとても素敵な場所に写ったのだが、もっと中心部のビジネス街が良かった──と、常々言っていたロワン(本名はロワノルド・エンシュルン)には、どう説明しても受け入れ難い場所だろうと苦笑いする。
反対に、フィン(本名はフィリッパ・ランガシュ)と呼ばれた少女は、アシエリスの説明を聞いて、機嫌を直したようだった。
「そうなのね?! 嬉しい、エリーがそう言うのなら、きっととっても素敵な所なんでしょうね!!」
うっとりとした様子でそう曰うフィンに、アシエリスも思わず微笑みを返す。そんな幼馴染の少女二人を眺め、ロワンは盛大なため息をついた。
そう言えば、とアシエリスが呟く。
「ミドリ先生が言っていたけれど、どうも、今年はあの学校と旅程が重なるらしいって。気が重い事この上ないよね……」
あの学校と聞いた二人が、思わず「ウゲッ!!」と零す。
普段上品な言葉遣いをするフィリッパでさえそうなのだから、三人の話を耳ダンボで聞いていた他の部員達は、思わずと言ったようにアシエリスに詰め寄った。
「ま、まままさか……あそこか? あの学校なのか?」
「デから始まる、鼻持ちならない金持ち学校の事じゃないだろうな?」
「違うって言って頂戴、テカヴィニック副部長!!」
皆が口々に、「どうなんだ?!」と詰め寄ってくるが、アシエリスはどうしたものかとミス・ミドリを仰ぎ見るも、頷かれてしまった。
アシエリスは溜息をつき、首を縦に振って丁寧口調で答えた。
「残念ながら、みんなの想像の通り。デルカン校の人達よ」
教室に又もや、絶叫が響き渡った。
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