009 旅行の終わり
更新が遅くなってしまい申し訳ありません(汗)
本業が忙しいため、まだしばらく不定期更新が続きます。
修学旅行7日目。
長いようで短かった研修旅行も最終日。アシエリス達は、最後のボランティア業務に勤しんでいた。
そんな中、フィリッパの不貞腐れた様な声が青空に響き渡っている。
「もぉぉぉ、ほんっとに、驚いたんだからっ! 2人揃って居なくなっちゃうし、お祭りの間ずっと探してたらいつの間にか宿に戻っているし、しかも! なんだかよく分からない内に何かの大会で優勝してるし! 音楽大会ですって? 楽器はどーしたのよ! はぁ、借りた?! ルーカスくんと共演! もぉもぉもぉ! しかも素晴らしく素敵な演奏だったそうじゃない!? 私も聞きたかったわよお、もおお!」
「ごめんてば、フィリッパ。そう怒らないで……」
アシエリスとルーカスは朝から、双方の友人達より尋問にあっていた。
というのも道行く人々から賛辞や祝福を貰うので、流石に隠したままには出来なかったのだ。
何事か問い詰められた2人は、前日の町で開催されていた歌の大会に出場し、優勝した旨を話すこととなる。
そんな訳でフィリッパは、密かに計画していた二人をくっつけよう大作戦を棒に振り、はたまた面白そうな場面を見逃したことへの不平不満を盛大にぶちまけている。
お祭りの間は浮かれていて、優勝した事にもルーカスとの素晴らしい共演にも動じていなかったアシエリス。
しかし、一晩寝て起きてみると、一気に羞恥心に襲われた。
──私、どうかしてた。あんな大勢の前で自信満々に演奏するとか、もうアドレナリンでも出てたんだろうけど恥ずかしい! しかも、会う人会う人全員から手放しに褒められるし。ああっ、居た堪れない!
フィリッパにガクガクと揺さぶられているのに、無抵抗で燃え尽きた様子のアシエリス。
実際は名だたる優勝候補達を蹴散らし、堂々たる優勝を勝ち取ったからそれ程まで絶賛された訳で。
選曲に困ったからと、自作の曲まで披露してしまい。
けれど声に自信があったとはいえ、何百人もの町民の前でノリノリで歌うといった事には慣れていなくて。
だからこそ、道行く人から賞賛され握手を求められたり、来年も是非参加してくれと言われると嬉しさよりも面映ゆさが上回ってしまうから。
照れて紅くなった顔を隠す様に控えめに賛辞を受ける様子が、更に町民の好感を呼ぶのだが──。
そんな事を知らないアシエリスは、ただただ遠い目をして儚げな──本人曰く自嘲気味な──笑みを浮かべている。
いい加減見かねたロワノルドが、そろっと助け舟を出した。
「フィンったら、落ち着いてよ。結局、エリー達は親友って事で落ち着いたみたいだけど、カトリーヌさんと部長が付き合い始めたんだからさ、内輪でのカップルは成立しただろ? フィンとミリーの計画のお陰って言われたし、それで良いじゃんか。それより立ち止まったりしないで、ちゃんと荷車を押してよ」
そう。
あの後、結局アシエリスとルーカスの2人を見つけられなかったメンバーは、それぞれのペアとお祭りを過ごす事となった。
そして何の因果か、人数合わせでペアとなったカーライル部長とカトリーヌ嬢が、目出度くカップルとなったのだ。
真面目な部長とお嬢様然としたカトリーヌの初々しいカップル誕生は、両学校の友人たちから祝福を受けている。
そのことを思い返して、フィリッパは幾らか溜飲を下げた。荷車に向き直り、押す手に力を込め直す。
「まあ、そうよね。2人のことは、喜ばしいわ。ああでも、その後のことは本当にムシャクシャするわ」
「ああ……まあ、確かにあの出しゃばりさんにはウンザリだよな。あのムカつく、セインガーデンの坊ちゃん一行にはさ」
ロワノルドの間違いを、微妙な顔になったアシエリスが正す。
「セインガーゾンでしょ? まぁ確かに、耳聡いというか余計なお世話というか……」
「庶民同士お似合いだとか、庶民カップルのショボイ新婚旅行だの! 一々突っかかってこないで欲しいわ本当に腹の立つ!」
再びフィリッパの怒りに燃料投下をしたのは、今朝方、どこから嗅ぎ付けてきたのか、初日以来顔を見せていなかったセインガーゾンとその取り巻き達がとった一連の行動だった。
例によって例のごとく、またカーライルに難癖を付けて来たのである。
「暇なの?」とフィリッパが独りごちた為、「暇なんでしょうよ」とアシエリスは心の中で答えた。
彼らのお陰で、フィリッパを初めとしたイーリス校の生徒とデルカン校の寄宿舎組の生徒は朝からイライラしっぱなしである。
が、しかし──。
それにしたって、もう正午をまわって午後の三時になりそうな時刻。
今だって神殿への最後の配達をしている途中なのだし、そろそろフィリッパには機嫌を治してもらいたいとアシエリスとロワノルドは考えた。
「ボランティア旅行も今日で最後なんだからさ、そうプンスカするなって。デルカンの奴らとも、暫くはご無沙汰なんだからさ」
「そうだよ、フィン。私達、秋から市内のジュニアハイスクールに進学なんだからね。市外にあるデルカン校の生徒とかち合う事は滅多にないはずでしょ。まぁ、ルーカス達とも会いにくくなるのは寂しいけど……」
市立のイーリス校とは違い、私立であるデルカン校の中等部と高等部は市外にあった。
しかも全寮制な為、長期休暇を含めてデルカン校の生徒が市内に戻ることは少ない。
街中でうっかりセインガーゾン達と会う心配もなければ、部長達の嫌味合戦をとりなす苦労も無用となる。
しかしそれは、今回の旅行で出会ったルーカス達とも滅多に会えなくなってしまう事をも意味していた。
その事が多少なり、アシエリス達には寂しく感じられる。
フィリッパも同じ気持ちなのか、つり上がっていた眦が緩やかになった。
話し声もいくらか穏やかになる。
「そうだけど、連絡先を交換したもの。ミリー達も長期休暇には戻って来るって言っていたから、また会えるわよ。エリーだって、またルーカスと共演したいでしょ?」
フィリッパの洒落に、ロワノルドが茶目っ気たっぷりに同意する。
「確かに! 僕らまだ、二人の演奏聞いてないもんね?」
「ちょっと二人とも、からかわないで!」
アシエリスは頬を膨らませて抗議してみせるが、頬袋を膨らませたリスのようなその様子にロワノルドとフィリッパは堪らず吹き出す。
アシエリスも本気で怒った訳ではなかった為、笑顔になって問い掛ける。
「機嫌は治った?」
「ええ、治ったわよ」
「それは良かった! それじゃ、お嬢さん方。最後の配達に向かうとしましょう!」
「「賛成!」」
坂をのぼり、馴染んできた景色を楽しみながら丘の上まで荷車を押していると、やがて神殿の入口が見えてくる。
しかし、いつもは入口で直立不動している門衛2人の姿の他に何人もの人だかりができているように見えた。
荷車を引いていたロワノルドが首を傾げる。
「なぁ、あれ見てよ」
後ろで荷車を押すことに集中していた二人も顔を上げ、ロワノルドの指さす方へと視線を向け揃って首をかしげた。
「どうしたんだろ? 珍しいね」
「神官の人達みたいね? 来客でもあったのかしら」
「取り敢えず行ってみよう」
気持ち足早に近づくにつれて、何やら揉めているような声が聞こえてくる。
どうやら、三人の男女を厳つい神官達(僧兵?)と門兵の二人とが取り囲んでいるようだ。
アシエリス達の存在に門兵の一人が気付き、険しい顔で「来るな・戻れ」とジェスチャーされる。
かなり緊迫した表情だったこともあり、アシエリス達は慌てて踵を返し門から見えなくなる位置にまで引き返すことにした。
花の摘まれた荷車を道の脇へ置き、三人で顔を見合わせる。
「どういう事?」
「分かんない。でも、なんか、好ましからざる客人って感じだった」
「まるっきり招かれざる客って顔してたよ! あの人達のあんな険しい顔初めて見た!」
「この花達どうしましょう? 明らかに、今は私達に来て欲しくないって様子だったわね」
門兵の険しい顔を思い返して驚きを隠せないロワノルドに頷きつつ、花の積まれた荷車を見やったフィリッパが困り顔になる。
アシエリスは一度神殿の方を振り返り、首をすくめた。
「取り敢えず、花屋へ戻ってみよう。向こうの都合が良くなったらきっと、お店まで来ると思う」
「そうね」
「そうしよう」
少しばかり動揺しつつ花屋へと引き返し、老夫婦に事情を説明して店番の業務をこなしながら三人は時間を潰す。
すると、かなり経過したものの、アシエリスの予想通り若い方の門兵が店を訪ねてきた。
「やあ、さっきはごめんね。折角運んできてくれたのに、追い返すようなことになっちゃって。ご夫妻にもご迷惑をおかけしました」
「あらあら、いいんですよ。貴方がたにはいつも私と夫のお店を贔屓にしてもらっているんですもの。それに、お花も駄目になってませんからご安心なさってね」
「面目ない」
そういって頭を掻く様子はすっかりいつもの彼に戻っていた。
ニコニコと柔和な笑みを浮かべる夫人の横で、アシエリス達はホッと安堵のため息をつく。
「間に合って良かったです。私達、あと三十分程で宿に戻らないとだったから。今からならまだ、帰る前にもう一仕事する時間があります」
「ああ! そう言えば、手伝いは今日までだったかい? 寂しくなるね。君達とおしゃべりするのは退屈な時間のちょっとした刺激になったのにな」
人好きのする顔でウインクする門兵の彼に、皆の笑みがこぼれた。
「私達もとても楽しかったです。神殿の中を見て回れなかったのが心残りですけれど…」
「ははは! 正直な子達だね。ぼくがもう少し偉い立場だったら、こっそり見学させられたんだけど、ごめんよ」
「ふふっ、冗談です! それじゃ、配達に行きましょうか?」
「お願いできるかな」
「「「もちろん!」」」
四人で店を出ると、神官服の男性が側で腕を組んで佇んでいた。
その人物はアシエリス達が店から出てくるとこちらを一瞥し、門兵の彼に目配せする。
「用事は済みました?」
「ああ、フーリア。この子達が花の配達をしてくれるんだ。話しただろう?」
「そうですか、なら、さっさと帰りますよ」
門兵の彼が返事をするのも聞かず、フーリアと呼ばれた男は踵を返して歩き出してしまう。
門兵がアシエリス達が荷車を運ぶのを手伝ってくれる中、さっさと一人で先に進んでいく男の様子に、アシエリス達は少しばかり呆れを禁じ得なかった。
「あの人、何でお店まで来たんだろうな? 嫌なら来なきゃ良いのにさ」
ロワノルドが顔を寄せ、ヒソヒソ声で二人に話しかける。
フィリッパとアシエリスも少しばかり憮然とした面持ちで、同じく声量を落として返事をした。
「知らないわよ。でも、大分無愛想な人よね」
「うーん。あのちょっと傲岸不遜な感じ既視感あるなぁ……」
「「セインガ―ゾン!!!」」
「あっ、成程」
「ごめんよ、ちょっとあからさまだったね」
「! あ、あの……ごめんなさい。同僚の人を悪く言ってしまって」
小さな声で話していたつもりだったが、荷車の前方で車を引く門兵には聞かれてしまったようだった。
そのことを恥じるアシエリスだったが、門兵は気にしていないというように首を横に振る。むしろどこか苦笑い気味だ。
「いや、驚く事なかれ! 神殿の神官達の大半は、彼みたく排他的なタイプなんだ。僕と相棒は寧ろ珍しい方でね」
「そうなんですか?」
アシエリスの疑問に門兵がうなずきを返す。
「知っていると思うけど、あの神殿は私有地。僕らの考え方も信仰も、町の人はおろか他のどの宗教とも違う。主が認めた者以外は基本、敷地に入ることすらできない。自然と排他的な思考に偏るのさ」
「ふ~ん。僕は人肉主義とか怖い宗教でないなら、そんなに気にならないなぁ。二人もだろう?」
ロワノルドがのんびりとした口調でぼやき、フィリッパも同意の意を示した。
「そうね。最近は特に時代はグローバルだもの、寧ろ他宗教に寛容でないといけない時代だわね。両親がそうだから私も姉達も同じくクリスチャンになったけれど、他の宗教が駄目って事は無いわ。幸いイギリスは色んな宗教に寛容な国だし、アシエリスもそういえばクリスチャンじゃなかったわね」
「そうだね。両親ともにこれといって信仰してるものはないかな。強いて言うならば、日本の神道が一番面白いと思ってるよ」
「神道? 聞いたことないな。君の故郷の信仰なのかい」
門兵が不思議そうな顔をして振り返った。
どことなくワクワクした雰囲気なので、聞き慣れない宗派に興味を持ったらしい。
"神道"とは日本で古来から信仰されており、その他の宗教と違って特定の教祖を持たない自然に発生した宗教である。
簡単に言えば、エジプト神話やギリシャ神話に近い多神教のカテゴリーに属する、八百万の神々がいるという考え方だ。
自然のものには神様が宿っており、自然に起こる現象は神様が起こすものという。
神々とは人間にとって恵みをもたらすか害を与えるかによらず、等しく敬い奉るもの。
アシエリスの両親は特定の宗教を信仰しない代わりに神道に似た考えを持ち、アシエリスと弟のリュクスもまた自然に感謝をし敬う考えを自然と身につけていた。
元々、良い神も悪しき神も世には数え切れないほどいらっしゃるのだという考え方なので、ともかく他宗教には寛容である。
アシエリスが簡単にそんなことを説明していると、門兵が目を丸くして感心するように言った。
「へぇ! その考え方は神殿の考え方と似てるよ。もっとも、僕たちは創世の七神と眷属の神々、自然に宿るのは神々ではなく精霊という考え方だけれど……」
「創世の七神?」
「ああ、こっちのせ……信仰では世界は七人の神がお造りになったとされているんだよ。あ、そろそろ着くね。いやぁ、中々重い荷だったなあ! 君達も毎日大変だったろう? これは、花屋のご夫妻に運ばせているのは忍びない、明日からは神殿の誰かが運んだ方がいいかな……」
興味深い話が聞けそうだったのに、神殿に到着してしまった事で最後まで聞きそびれてしまう。今までならば花を建物の入り口まで運ぶ間に会話の続きができたものだが、今日に限ってフーリアとかいう神官が不機嫌そうな表情で睨み付けてくるので無理そうである。
しかしこちらもボランティアで仕事を受け持っているからには、責任を持って花の配達という作業を最後までやらねばなるまい。ビシビシ突き刺さる視線を気にしないようにしつつ、テキパキと荷台から花の入った箱を下ろしていく。
幸運なことに、程なくしてアシエリス達の作業をじっと確認していたフーリアは「では、私は神殿長にご報告に行ってくるので。くれぐれもよそ者は中に入らにように」という捨て台詞と共に建物内に引っ込んだため、少しばかり息をつくことができた。
「ふは~。息が詰まるかと思った!」
「ちょっと、ロワン! 聞こえてしまうでしょ!」
「だってさ、あんなにジロジロ見られてたら服に穴が開くって。もう怖すぎっ」
「私もロワンに賛成だなぁ。無駄口叩かず仕事しろ感がビシバシ漂ってるの感じちゃったよ」
軽口を言い合いながらも早めに作業を終えて、門兵の二人の所に報告しに行く。
お店から一緒に来た方の門兵ともう一人の年嵩の門兵が話している。
「ほぉ、そんなことがあったのか」
「ああ。どうやらその祭りで音楽を競い合う催しがあったらしくてな。恐らくその中にいたんだろうが……」
「フーリアは町の人間に対して威圧的だからな。見つからなかったのか」
「ご想像の通りさ。まぁ夜になったらもう一度行くだろう。奴らに先を越される前に……」
「その点フーリアは腐っても神殿長直属だぞ? 俺たちが心配せずとも上手くやるだろう。俺とお前はただしっかり門を見張っていれば良いんだ……おお! 嬢ちゃん達、ご苦労様! 今日でお別れとは寂しくなるなぁ」
「そう言ってもらえて私達も嬉しいです」
「さっきの無愛想な人、町で人捜ししてたんですか?」
アシエリスが敢えて会話に突っ込まないよう気をつけていたというのに、ロワノルドが二人の会話に割って入るかたちになりフィリッパに向こう脛を蹴飛ばされた。
「痛てっ! だって僕達役に立てるかもしれないじゃんか……。エリーは音楽大会にも出てたし…」
「こぉらさりげなく人の黒歴史を掘り返そうとしない! そもそも失礼でしょう! いきなり会話に割って入っちゃ!」
「エリーの言う通りよ。ほらロワン、早く謝って!」
「いやいや、別に気にしてないよ……。……ん? えっ!? 君も昨日、町で音楽を披露したのかい!?」
「何だって!? 嬢ちゃん、本当なのか!?」
盗み聞きするかたちになったことを怒られるかもと焦っていたアシエリス達は、音楽大会に出たと聞いて顔色を変えた門兵二人の勢いにポカンとしてしまう。
「は、はい……それは本当ですけれど…。私、お祭りの間は出番の直前以外殆ど友達と宿にいたので、誰が出演していたかまでは知らないんです…」
「じ、じゃあ、誰が優勝していたか知らないかい? 若しくは次点だった者は? 私達が探しているお方は、恐らく一際優れた演奏をなさっていらっしゃるはずなんだよ」
「皆とっても上手に演奏されていたので……」
アシエリスが引き攣った笑みを浮かべながらもなんとか答えると、その様子を知らないから答えられないのかと勘違いしたのだろう。途端にひどくがっかりした様子になる。
「そうか……そうだね。ごめんよ、いきなり問い詰めてしまって…」
「落ち込むなよ相棒。長いことこっちにいて初めての事だから、仕方ないさ。嬢ちゃん達、驚かせて悪かったな」
「い、いえ……あの……その…」
──何だかもの凄く落ち込ませちゃったけど、この流れで私とルーカスが優勝しましたなんて言い出しにくいなぁ……。私達が探しているお方って言ってたし。偉い人とかなのかなぁ、それっぽい人いたっけ? どちらにせよ私じゃ力になれそうもないね。
「あら、優勝者なら、私でも知ってるわ。アシエリスとルーカスよ」
「フィンっ!?」
思わぬ所から伏兵が飛び出す。
フィリッパは、「何よ、本当のことでしょ?」と澄ました顔をしていた。
思わずロワノルドへどうにかしてくれとアシエリスが視線を移すと、やや明後日の方を向いた彼に視線で諭された。
──諦めなよ、エリー。フィンの計画潰したこと、まだ根に持ってたみたいだからさ。
──えええっ!! ロワン、取りなしてよ~~!
──ムリだね。
──薄情者~~~っ!!
覚悟を決めたアシエリスは、出来るだけ自然な笑顔を試みながら白状することにした。
「私と友人が優勝したことには…しました。でも、ごめんなさい。探している人に心当たりはやっぱりないかも……」
人違いすぎて申し訳なく思いながら門兵達の方を見上げる。すると、てっきり落ち込んでいるだろうと思っていたアシエリスの考えに反し、彼らは真剣な顔で何やら話し合っていた。
「どう思う?」
「考えてみると、年の頃は合うよな」
「色が違うじゃないか。彼女が持つのは黒だぞ」
「ここじゃ皆黒くなるさ。それより……」
二人が話している間にもチラチラとアシエリスに視線をよこす為、端から見ていたフィリッパやロワノルドの目には酷く不審な行動に映った。
少しずつ距離を取りつつ、こっそり幼馴染みを引き寄せて耳打ちをする。
「ね、エリー。あの二人が言ってることに心当たりはないの?」
「ないよ? 知り合って間もないし。探されるようなことした覚えもないし」
「そうよね」
「二人ともさ、早く花屋に帰ろうよ。もうすぐ宿に戻って帰る仕度しないといけないんだし、なんか変だよ。関わらない方が良いって」
「……そうだね」
どうにも引っかかるものがあるが、心当たりがないのも探されるような関係がないことも事実なので、アシエリスは素直に友人二人の忠告に従うことにした。
門兵達の様子が挙動不審になったことも原因ではある。
「あの、そろそろ私達帰ります。一週間ありがとうございました、それじゃ……」
「あっ、ちょっと待ってくれ!」
そそくさと来た道を小走りで戻り始めると、慌てたように呼び止められる。
けれど、アシエリス達はそのまま振り返らずにむしろ火が付く勢いで走り始めた。
門兵達は追いかけては来なかったが、三人は花屋の老夫妻に丁寧にお礼と別れを告げるだけ告げて、さっさと宿に戻ることにした。
手早く荷物をまとめ迎えのバスを待つ間、エントランスで先程の門兵達の様子について話し合う。
「それにしてもさ、何だったんだろう。あの人達が探してた人物が、エリーだったって事? 年頃が何とかって……」
「そんな訳! 有り得るとするなら、神殿で歌う賛美歌のコーラス募集でしょうけど。そもそも私達、あの人達で言うところの異教徒だもの。神殿には入れないんじゃないかしら?」
ロワノルドの指摘をフィリッパは首を振って否定した。
アシエリスも大きく頷く。
「そうだよ。フーリアって神官の様子見たでしょ? とても歓迎されなさそう。でも、探している人に対しては敬称まで使ってたね。そんなに偉い人を探してたのかな」
「神殿の偉い人の子供が、こっそり昨日の音楽大会に出場してて、迷子になったとか?」
「まあ、ロワン! 偉い人の子供なら、エリーと間違えるはずがないでしょう。門兵が顔を知らないなんて事、有り得るの?」
「そうだけど……。ずっと一日門の前で睨めっこしてるってあの人達も言ってたから……有り得ることではあるのかも?」
自分で言っていてあり得ないなと思うロワノルドは、微妙な顔をしている。
意見を出し合ってみてもそれらしい答えは出ず、ミス・ミドリのバスが来たと告げる声を聞くこととなった。
イーリス校のボランティア部の生徒がバスに乗り込む中、同じく宿に泊まっていたデルカン校の生徒達が見送る。その中にはルーカス達の姿もあった。
ルーカスが微笑みながら、アシエリスに握手を求める。
アシエリスもとびきりの笑顔でそれに応じた。
「それじゃあアシエリス。一週間、一緒に過ごせて楽しかった。一緒に音楽を楽しんだことも」
「私もだよ、ルーカス。友達になれて良かった! それに、あなたとは初めて会った気がしなかったの。フィンが言うような意味じゃあないけどね」
茶目っ気たっぷりにウインクしたアシエリスを、ルーカスが目を丸くしてまじまじと見つめた。
「驚いたな。僕も、君と最初に会ったとき、初めて会った気がしなかったんだ。まるで……、まるで、生き別れの兄弟に会ったような気持ちになったんだよ」
「えっ! ルーカスも同じ事を思ったの?!」
「君もかい?!」
アシエリスは心底びっくりした。
一番最初に顔を合わせたあの時。
周りの友人達が驚くほど二人の様子はぎこちなく、それでいてどこか惹かれ合っているような様子で互いを見つめ合っていた。
実際は二人とも、初対面の相手に自分でも説明のつけようがないほど親しみ──それも親や兄弟に向けるような肉親の情に近しいもの──をおぼえた為、戸惑っていたに過ぎなかった訳であるが…。
出会ってすぐに打ち解けたのも、互いが互いを兄弟のように思っていたのなら説明が付く。
これではフィリッパやミリーが下手な勘ぐりをしてしまうのも、無理もないことかもしれない。
それにしても、とアシエリスは思った。
──二人とも同じような気持ちになっていたなんて……。本当に不思議だね。
「テカヴィニック、そろそろ出発しますよ。バスに乗りなさい」
「はい、ごめんなさい! 今行きます!」
ミス・ミドリに呼ばれてしまったアシエリスは急いで返事をし、振り返ってルーカスを抱きしめた。
「電話するよ、ルーカス。そう遠くない日に、また会えると思う」
「僕もそう思うよ」
アシエリスを抱きしめ返したルーカスが優しくそう返すのを聞き、アシエリスはにっこりと微笑む。
ミス・ミドリにもう一度注意される前にバスに乗り込み、親友二人が座る一番後ろの座席に並んで座った。
間もなくバスが発車し、ゆっくり速度を上げて変わる窓の景色が一定の早さになった頃。
フィリッパがやや呆れた顔をしつつ、窓の外を見ているアシエリスに視線をやりながらロワノルドに話しかけた。
「エリーのあの様子。恋じゃないって言ってるけれど、本気かしら?」
「さあね。二人にしか分からないような絆でもあるんじゃないの」
「それって運命っていわない?」
「かもね。でも結局、それは僕達には分からないだろ」
いまいち納得いかない表情のフィリッパとそれを宥めるロワノルドの横で、アシエリスは夕暮れに染まる空を眺めていた。
しかし、誰かが近づいてくる気配を感じて、通路に視線をやる。すると、ミス・ミドリが何やら封筒のようなものを持ってこちらに向かってくるのが見えた。
「先生? どうかしたんですか?」
「ええ。忘れてしまう前に、これを渡しておかないとと思って」
アシエリスの質問に、ミス・ミドリが手に持っていたそれを差し出しながら答える。
宛先は”黒髪のお嬢さんへ”とあった。しかし、差出人の部分は何も書かれていない。
「花屋の手伝いをしていた子に渡してくれって頼まれたの。忘れ物ですって。今まで渡すのを忘れていてごめんなさいね」
「家に帰る前に渡せて良かった」と言って席に戻ろうとするミス・ミドリを、フィリッパが引き留める。
「先生、これ、差出人は誰なんですか?」
アシエリスも気になっていた所だ。
老夫婦からならば、一週間店の手伝いをしてくれたお礼にと、三人とも手紙と押し花の栞をもらっている。
では、神殿の門兵からだろうか?
いや。何か言いたそうにはしていたが、戻って手紙を書いてミドリに渡すような時間は無かったはずだ。
ミス・ミドリが不思議そうな顔をして答える。
「男の方よ。三人が花屋から戻ってくるちょっと前くらいかしらね。渡せば分かるって言っていたけど、何か心当たりはあるかしら」
「いいえ、先生。荷造りの時に忘れ物がないか確認したけれど、ありませんでしたから」
「あら、そうなの? それじゃあ、勘違いかもしれないわね。まあ、とにかく確認してみなさいな。もしかしたら、あなたのものかもしれないし」
「はい、先生」
ミス・ミドリが自分の座席に戻っていくのを見送りながら、アシエリスは手紙を開けて中を確認してみた。
フィリッパとロワノルドも一緒になって覗き込む。
しかし──。
「……読めないじゃない。悪戯?」
「さっぱりだな」
「……」
封筒の中には、一文何やら複雑な文字のようなものが書かれているだけの紙が、一枚入っているだけだった。
「エリー宛てじゃなかったのかな?」
「忘れ物って言ってたけど。このよく分からない紙以外、他には入ってないわよ?」
フィリッパとロワノルドは、手紙に訳の分からない文字(?)が書かれているのを見て、思わず疑問の声を上げる。
けれど、アシエリスは何故か、この文字を知っているような気がした。
──クろキもンニ近ヅくナ??? 何それ。
人間違いされたとするならば、旅行の間はこれで二回目だ。
それにしたって、意味はともかく初めて見るこの文字が読めるのは何故だろう。
──変なの。
もの凄く奇妙で、不可解な心地になる。
アシエリスは一刻も早く、家に帰りたくなった。
読んで下さり、ありがとうございます!
良いね・高評価★★★★★していただけると、執筆の励みになります。