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龍の歌人  作者: 十六夜
第一章【前半】
10/13

007 二人の協奏

続いて更新致します( * ॑꒳ ॑*)

 どちらの部屋で練習するかということになって、一人で部屋に泊まっているルーカスの部屋の方が荷物が少ないので、そちらで練習することに決まった。


 次に、曲目を選ぶ。


「うーん。お祭りで演奏するわけだから、明るい楽しめの曲がいいよね?」

「それは一つ決まりだろうね。あと、二人が知らないと演奏できないから、その範囲で決めよう。2つ目の曲はどうする?」

「ルーカスは何かない? 演奏したい曲とか、好きな曲でもいいと思うけど」

「僕は明るい曲も好きだけど、どちらかと言うとしんみりとした落ち着いた曲の方をよく演奏するんだ。だから、今日の演奏にはそぐわないと思う」

「そうかな? 曲によってはアリだと思う。似たような曲ばかりだと、聞いてる人も飽きてくるだろうし」

「ああ·····。確かに、そうかもしれないな。それじゃあ、これはどう?」



 そう言って、バイオリンを構えたルーカスが演奏を始めた。長い指が素早く弦の上を動き、滑らかな弓使いが落ち着いた音色を奏でる。

 ピタリピタリと正確に音を捉えている辺はルーカス几帳面な性格が滲み出ているのに、演奏全体で見ればなんとも心に訴える様な情感溢れる演奏である事を、アシエリスは不思議に思った。



 ───趣味で続けるって言ってたけど、普通に上手じゃない? 楽譜に忠実な上で個性を生かせているんだから、プロでもやって行けると思うけどな。



 どちらかというと、アシエリスは楽譜の正確性には拘らないタイプだ。四角四面に忠実に演奏するのではなく、如何にその音楽を美しく、心を込めて演奏出来るかに拘る。曲の雰囲気を壊さなければ良いとしているので、間違う事も少なくはない。


 しかし、ルーカスの演奏は完璧だった。

 完璧な上で、更に情熱的であった。

 そう言う演奏をする者が、アシエリスの身近にはもう1人いた。


 ───まるで母さんみたい。



 アシエリスに音楽の楽しさを教えてくれた母の演奏によく似ている。

 うっとりと聴き惚れていると、いつの間にか演奏が終わっていた。じっと見つめるアシエリスに少し照れた様子でルーカスは問う。


「どうかな? これなら、お祭りの雰囲気と喧嘩しないと思うんだけど。アシエリスは歌詞分かるかな?」

「·····うん。大丈夫、昨年の授業で丁度習ったから。それにしても、本当に上手だね。技術は比べ物にならないけど、しっとりとした曲調とルーカスの表現がとっても良い感じ。私、めちゃくちゃ感動したよ! 本当に音楽は趣味でやるの?」


 大絶賛するアシエリスに、ルーカスはちょっと困ったように笑う。


「ありがとう。でも、お金を稼ぐ目的で演奏すると、僕らしく演奏できなくなりそうなんだ」

「成程」

「うん」

「·····そうだね、分かった。取り敢えず、その曲はこれでいいと思う。長さ的にあと二つくらいかな? あ、これなんてどう? 『夏空に喜びの靴音』」

「良いと思う。まさに、お祭りって感じだね。最後はどうしようか」

「うーん」


 あれこれ出し合うも、なかなか決まらない。今までの2曲が奇跡的に決まった曲だったようだ。その後は雰囲気に合わなかったりアシエリスが歌詞を忘れていたり、ルーカスが知らなかったりというように、二人で演奏出来るものがないのである。


 残り2時間となった辺りでアシエリスのお腹が鳴り、一旦遅めの昼食を摂る事にする。

 食堂で昼食を食べている間も意見を出し合うが、妙案が浮かばなかった。


「苦戦してるみたいね。三曲も選ぶと大変でしょう」


 二人のコップにお代わりの水を注ぎながら、先程受付にいた女性が労いの言葉を掛ける。今は彼女の父親が受付を見ているらしい。


「毎年の事だけど、曲選びが1番大変なのよ。お祭りっぽい雰囲気の曲も沢山あるわけじゃないから被るでしょ? どうしても、聞き比べられたり、早い順番の奏者に有利なのよね」

「うう·····。私達、ほぼ最後の方なんです」


 机に突っ伏したアシエリスがそう言うと、女性は「あちゃー」っと言って苦笑いした。


「それはキツイわね。何とか、皆聞いたことの無い曲を捻り出すしかないわね」

「あぁぁぁ! こうなったらもう、自分で作曲した曲でも出すしかないよ。あぁ·····」



 アシエリスとしては冗談というか、本気では無かったのだが、女性は「あら! 良いじゃない!」と言った。


「へ?? 」

「自分で作った曲があるんでしょ? それなら、その曲で出るといいわよ。結構自作の曲を演奏する人もいるのよ?」

「そうなんですか?!」


 怪我の功名というか何と言うか。


「で·····でもでもでも、自作ですし。やっぱり、ちょっと、恥ずかしいかなと·····」

「アシエリス」

「ん?」


 ソワソワしているアシエリスを呼ぶ声にアシエリスが顔を上げると、ニッコリと笑ったルーカスにガシッと肩を掴まれた。


「僕だって、最初は乗り気じゃなかったんだ。でも、やるからにはとことんやるって、約束しただろう? アシエリスも、使えるものは何でも使うべきじゃないかな。そうだね?」

「は、はいっ!」

「うん。それじゃ、ちょっと歌ってみてくれるかな。楽譜に描き起こすから」


 初見でしかも聞いただけの曲を楽譜にかきおこすなんていう芸当、アシエリスには逆立ちしても無理だ。



 ──ルーカスって実は万能?? え、天才? ちょっと待って。そんな事より、自作の曲を披露する羽目になるなんて! のわぁぁぁっ!



 ニコニコ笑うルーカスに無言で促され、結局ルーカスと宿の女性の二人の前で歌わされることになった。


 羞恥心と緊張で喉の奥が締まらないように、深呼吸して呼吸を整え、アシエリスは目を瞑った。



 静寂が耳を打つようになるり、規則正しい呼吸が戻れば自然と緊張は収まってくる。

 歌う時には、脳裏にその歌の情景を思い浮かべてから始めるのがアシエリス式だ。

 今回選んだのは、大海原へと漕ぎ出す勇姿達の歌。

 切っ掛けは映画で大航海時代の海賊の歌を聞いたからだったが、作曲とアレンジは完全オリジナルだった。

 この宿の入口から見渡せる海の景色を初めて見た時から、その曲が時折思い出すように頭の中で流れていた。

 海と共にある町に暮らす人々が観客なのだから、きっと受け入れてもらえるだろう。



 初めの音はぶれないように。これで曲の全てが決まると言っても過言では無い。



 アシエリスが口を開いた。



「 遥か遠く目指した  海原を超えて

 いつも何処か焦がれた  想いは永遠

 北と南  東と西

 さあ  この世の果てまで行こう」



 ルーカス達が軽く息を飲む音が聞こえたような気がしたが、アシエリスは構わずに続けた。



 軽やかに始まる歌には、航海の始まりから終わりまでの海の男達の物語が込められている。

 荒れ狂う嵐の夜や、ほかの海賊との死闘、ありとあらゆる情景が躍動感たっぷりに歌われ、聴く者に臨場感と手に汗握る様子を思い浮かべさせた。


 完全オリジナルの曲は複雑すぎる音階や歌いにくい言い回しなどは一切ない。

 それなのに、他のどんな曲でもない独特の音階や、美しいメロディーが耳に心地よく響く。

 アシエリスが創った、アシエリスの為の、アシエリスが歌うに最も適した曲だ。



「 静かなる月の光背に浴び

 歌謡い  魂を呼び覚まして


 海愛する男達  墓場などありはしない」



 転調部は魂を揺さぶるような短調。情感たっぷりに高音を歌うアシエリスは、夜の静かな海を思い浮かべていた。

 そしてまた、日が(のぼ)る。


「 太陽が水平線より  (のぼ)(あかつき)

 果まで見据える  その瞳の中に

 求める宝が  眠ってるのならば

 迷いはしない  今進みゆこう


 帆を張り  風受けて  飛沫を上げて

 船よ進め  何処までも遠くへと

 命掛けて得られるものを探しに

 何処までも遠く  進み続けよう

 彼方までも」



 最後の最後まで余韻を残し、たっぷりとビブラートを掛けて曲が終わる。

 アシエリスの歌声で満たされていた部屋に、再び静寂が戻った。

 アシエリスが恐る恐る目を開けると、そこには驚いた顔で固まる二人がいた。



 ──え·····えっ? やっぱり、駄目だった? お願い、なんか言って!!



 オロオロしていると、ルーカスが再起動する。

 パチパチと何度か瞬きを繰り返し、いきなり叫んだ。


「素晴らしいっ!!!!」

「はいっ! ごめんなさいっ!! ·····ん? え?」 


 ──素晴らしい?


 褒められた事に戸惑っていると、遅れて再起動した宿屋の女性が興奮気味に拍手をくれた。


「す、凄いねぇ! ビックリ! 本当に素敵だった! え、え? 本当に自分で作ったの!? 凄かったよっ、滅茶苦茶凄いっ!」


 予想以上に喜んでもらえたらしい。

 アシエリスが照れていると、ルーカスが冷静な声を発した。


「これは良い、これでいこう。その曲で決まりにしよう。絶対に、これは優勝出来ると思う。部屋で描き起こしてくる」


 声は冷静だったが、頭ではまだ興奮が冷めやらなかった様だ。階段を駆け上がり、ルーカスは自室に飛び込んで行った。



 程なくして、紙を掴んだルーカスが駆け戻ってきた。

「聞いて」と言って素早く楽器を構え、曲に起こしたバイオリンのアレンジを披露する。

 アシエリスが拘った曲の様々な部分をちゃんとそのまま活かされ、歌を目立たせるようにバイオリンで伴奏をしてある。



 早速二人で合わせてみると、曲が更に色鮮やかになった。



「良いね、完璧じゃない? これは良いよ! 私の曲に伴奏がつくなんて、すごい嬉しいっ。ルーカス、ありがとう!」


 喜ぶアシエリスに向かって、達成感に満ち溢れた顔でルーカスが頷いた。


「こちらこそ。こんなに心が躍る協奏は初めてだ。早く皆に聴かせてみたい」

「うん! もう少しだけ練習して、そしたら行こう」

「そうだね」



 二人は時間目一杯練習し、祭りの会場へと戻った。


 午後からは結果発表があるからか、午前よりも音楽大会の会場は混雑していた。

 辺りを見回す2人に、午前中にビラ配りをしていた男性がまた声を掛けてくる。


「お、いたいた! お二人さん、次の次で出番だよ! 舞台の横にたって準備しててくれ!」


 二人は了承し、言われた場所へと向かう。

 その途中で、午前中に会った人々の数人から、再び激励の言葉を貰った。


「お兄ちゃん、えんそうがんばってね!」

「お姉ちゃんも、がんばれ!」

「宣伝よろしくね!」

「ありがとう、頑張るね!」

「ありがとう。いってくるね」



 励ましの言葉に笑顔で応え、舞台横の控えの場所に並んだ。

 そして現在の奏者の演奏が終わり、アシエリス達の前の奏者の演奏が始まる。


 やはり、お祭りに似合った軽やかなステップ調の曲の選択が多い。

 観客達も馴染みな曲なのか手拍子でリズムを取っているが、どこか飽きた様な、そういう空気も流れ始めていた。



「どうしようか。ちょっと、曲の順番変えた方が良さそうだね」

「うん。というより、一つ入れ替えたほうがいいかもしれないね」

「軽やかステップの曲をやめにして、ちょっと、観客に発破をかけてみようか。『炎の演舞』の第2章はどう? ルーカス演奏出来る?」

「出来るけど、重くないか?」

「うーん。確かに」

「いっその事ロックにする?」

「えっ!」


 アシエリスは驚いてルーカスの顔を見つめるが、ルーカスは至って真剣な顔をしていた。



「飽きを吹っ飛ばして、もう一度盛り上げが必要だと思う。過激過ぎない選曲で、『炎の踊りと赤い月』でどうだろう?」

「ま、マニアックな·····。いいけど、ルーカスはロックも知ってるんだね?」

「いや。たまたまこの曲だけ気に入っただけだよ」

「そ、そう·····。分かった、『炎の踊りと赤い月』が最初で、次が『レーヴィアーナの調べ』、最後に『彼方まで』の順番でいい?」

「完璧だね」



 頷きを交わして視線を舞台へ戻すも、アシエリスは脳内で驚きに浸っていた。


 ルーカスが提案した『炎の踊りと赤い月』というのは、なんとアニメに出てくる曲である。

 アシエリスは美しい曲やクラシックが好きなので、普段あまりロックやヘビメタやラップ、そういったジャンルとは馴染みがないのだ。

 けれど、1度だけ、この曲は好きかもと思ったロック調の曲がある。


 もしかすると、曲を歌っている女性が格好良いのと、作中で彼女を慕っている伴奏の男性が好きなので、それが理由かもしれないが。


 兎も角、アシエリスからしてみればそんな特定の曲までピンポイントで好みが被るなど、驚きを禁じえなかったのだ。



 そんな事をつらつら考えている間に、あっという間に二人の番になってしまった。

 舞台に上がって周りを見渡せば、子供が出てきた事に目を丸くし、次いで微笑ましいものを見るような、所詮子供と少し侮っているような、大した演奏は望めないだろうというようなそういう視線が多かった。


 何と言うか、目に入る範囲で私達の演奏を純粋に楽しもうと思っていると分かる視線がないのである。



 アシエリスはカチンときた。


 ──ああ、そう。皆、飽きたんだ? うふふふふ、いいよ。私達の演奏を最後まで聴いて、どうなるか見物だね? 主役は最後に来るものだよ。



 ルーカスを振り返り、頷く。

 頷き返したルーカスがバイオリンを構えるのを確認し、肩の力を抜いて伏せ目がちに前を向いた。

 姿勢を伸ばし、ゆっくりと口角を上げる。


 最後の深呼吸と共に顔を上げ、自分の持つ最高の笑顔を浮かべた。







 "笑いなさい。どんな時も"






 ──はい、母さん。


「さあ。楽しい音楽の時間だよ」




 不敵な笑みと共にそう呟けば、空気が揺れた。

 瞬きの間にも満たぬ程の一瞬の静寂。

 そして──。






読んで下さり、ありがとうございます!

良いね、高評価★★★★★して下さると、作者のやる気が倍増致します( * ॑꒳ ॑*)



音楽の趣味で意気投合したアシエリスとルーカスはお祭りの音楽大会へ出場します。

観客のいい加減な態度にプッツリきたアシエリス。

さて、急な曲変更がありましたが、一体どうなるのでしょうか?

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