タバコの香りは嫌い
タバコの香り。
私は嫌いって言ったのに、あなたはいつもコトが終われば火をつける。
私が、タバコはやめてって言ったでしょ、って言えばあなたは、
「ああ、ダメだって言ったのはおまえだったか」
なんて言って、こっちを見もせずにタバコをふかす。
私は何番目の女なんだろう。
別に興味はないけど、たまに、ふとそう思う。
一番になりたいと思ったことは全くないけど、他の女は何を考えてこの男に抱かれているんだろうと思う時がある。
そんなつもりなんてないのに、この男との最中に、気持ち良いだなんて感じてる自分に気が付くと、なおさら。
私はため息をついて、あなたが吐いたタバコの煙を吸い込む。
ああ。やっぱり、タバコの香りは嫌いだ。
「先に帰るぞ」
あなたが言う。
いつもそうだ。
ここの料金を払ってもおつりがとんでもなく返って来るようなお金を置いて、あなたはいつも先に帰る。
灰皿に置いたタバコはそのままに。
タバコは嫌いって言ったのに。
吸う人のいないタバコの煙が、静かに灰皿に揺蕩う。
「ねえ、プレゼントがあるの」
あなたが立ち止まる。
いろんな女からプレゼントをもらってる。
でも、私が渡すのは初めて。
あなたは手慣れた手つきで手を差し出す。
こっちを見ることもなく。
「はい、どうぞ」
そして、私は重い鉄の引き金を引いた。
大きな音。
うるさい。
このために、こういうホテルは防音なのかしらね。
「な、なんで……」
あら、まだ生きてるのね。
良かったわ。苦しんでほしかったから。
やっぱり頭じゃなくて胸にして正解。
なんでって、あなたがお姉ちゃんを地獄に堕としたからよ。
薬を打って、いろんな男に売って、堕ろさせて。
最期には、お姉ちゃんは世界を呪って、屋上から身を投げたわ。
「ひ、ひと、ごろ、し……」
「人?
ふふ、安心して。
人なんて殺してないわ。
知ってる?
人に害をなす獣は、害獣として駆除されるの。
でもね、この種類の害獣はなかなか駆除されないのよ。しかも、人の皮を被ってて、なかなか見つからないの。
だからね。
見つけた私が駆除してあげたのよ。
これで少しでも、被害に遭う人は減るでしょう?
……あら?
もう聞いてないみたいね」
私は役目を終えた鉄の塊をベッドに放り投げて、屋上に上がる。
外付けの非常階段が、かんかんかんと冷たいリズムを刻む。
真っ暗な屋上には刺すような夜風が吹いていて、私の肌を締め付ける。
でも、今はそれが、なんだか心地いい。
体に染み付いたタバコの香りを拭い去ってくれるような気がするから。
お姉ちゃん。
お姉ちゃんに牙を向いた獣は私が退治しといたよ。
だから、安心して休んでね。
私も、すぐに行くからね。
吸う人を待つタバコが待ちきれないとでも言うように、長くなった灰をポトリと、灰皿に落とした……。