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第82話 春のカラス②

カラスといえば、日本では主にハシブトガラスとハシボソガラスだ。ハシブトカラスは、名前のとおり大振りで嘴くちばしが太く、首周りが少し毛羽だっている。ハシボソガラスはシャープな体躯に嘴も細い。どちらも記憶力に優れて賢い。人を襲うことがあるのはハシブトカラスが多いというが、道路の電柱のような見晴らしの良い場所に好んで巣を作るのはハシボソガラスだといわれている。


でも、どちらのカラスも、突然に人に襲いかかることはない。それは、どんな動物でも同じだろう。

原因はあるし、襲う前に威嚇行動がある。

よく言われるカラスの威嚇行動は、相手をじぃーと注意深く観察し、短く大きな声で「カアカア、カアカア、カアカア、カアカア。」とで鳴く。そう、こんなふうに、鳴き声が濁ってきたら要注意だ。

そう、まさにこんな風に。

比較的分かりやすい威嚇行動だけど、知らないで近づくと襲われてしまう。


通学の時間が過ぎ、小学生がいなくなると、その場で市役所の職員と警察官から相談を受けた。

皆、少し興奮していて、声が大きくなっている。それでも、会話は「カアカア、カアカア。」とカラスの鳴き声にかき消される。


「カラスの捕獲ですか? この状態のカラスを、ですか?」

無理、無理でしょ!

余計に攻撃的になるよ。


あぁ。

会話している頭上では、またカラスか電柱にくちばしをこすりつけはじめた。

ヤバい。イライラしてるぞ。

また来そう。

あ”~。また、来る。来るぞ。


僕は慌てて田中先輩の袖を引っ張る。

「田中さん、田中さん。少し離れましょう。」


全員がはっとカラスを見る。冷静になり、慌てて小走りに少し離れた場所に移動した。


「この状態のカラスの捕獲など無理です。それに捕獲方法がない。」


市役所職員は少し考えてから

「網は駄目ですか?」


田中先輩はカラスを見上げ、電柱を指さすと

「電線がありますから、危険です。」

電線に引っかかったら感電してしまうし、地域一帯が停電になってしまうかもしれない。


「ワナは? 」


「ワナにかかる鳥ではないんです。それに、ここは子どもの通学路です。」

通学路とか、人通りが激しい場所には、原則としてワナを設置することはできない。


「鉄砲は? 空砲なら大丈夫じゃないですか?」


「四車線道路に向かってですか? それに住宅街ですよ。銃猟禁止区域ですし、許可がおりません。警察に捕まってしまいます。」

警察官も『無理、無理』というジェスチャーをする。

「発砲音がしただけで大騒ぎです。警察(うち)だけでなく、市役所さんにもクレームがいくでしょう。それに、通行している車の運転者が発砲音で驚いて急ブレーキ踏んだり、パンクしたと誤解したり、事故に繋がります。禁止しているのには理由があるんですよ。」

警察官は諭すように話す。市役所職員は露骨にがっかりした。


「・・・、はぁ。どうすればいいんだ。」


僕たちもお手上げだ。だけど、僕らは専門家だ。お手上げとは言いたいけど言えない。


「とりあえず、防御策をとってみてはいかがでしょう。」

田中先輩が提案する。


「防御策ですか? バリケードでも設置するんですか? テグスみたいなものですか。」


「違います。違います。小学生や通行人にここを通るときに傘をさしてもらうとか、被害を受けない工夫です。予防策です。」


一瞬、期待に満ちた顔をした市役所職員は、瞬時に肩を落とした。期待外れだったのだろう。

自分たちで対策を行うのではなく、市民の皆さんに協力を乞う方が何倍もたいへんだ。いろんな考えがあるから、説明に労力も時間もかかる。理解してもらうために走り回り、へとへとになった頃、気がつけば対策が不要になっていたりする。

なんとなく気持ちもわかる。


「市販で販売している鳥避けを設置することはできませんか? ほら、あのキラキラした反射板のようなものです。」

「設置はできますが・・・。」

田中先輩は、チラリと警察官を見る。警察官は渋い顔だ。

「四車線道路に隣接してますから・・・。」

警察官は頷くと

「カラス対策のために、交通事故を誘因するようなものを設置することはできません。あのキラキラは、運転者の視覚も刺激しますから。通学中の小学生が交通事故に巻き込まれたら、それこそ本末転倒です。」


市役所職員は大きく息を吸うと、はぁ~っと吐きだした。腹をくくったようだ。

「そうですね。皆さんに御理解いただき、協力いただくのが得策かもしれません。市役所に戻って、小学校に連絡したら、自治会長に説明に行きます。」


田中先輩は、改めて電柱にとまるカラスに見やる。

「それにしても、不思議なんですよね。あのカラスはこの場所に(こだわ)っている。昨日も、この電柱だったんですよね。」


「そうです。そういうことは珍しいのですか。」


「巣がありませんしね。ええ。なんと言えば良いのか。この場所に拘る理由がわからないんです。巣もない。雛もいない。エサになるようなものもない。何故ここなのか。この付近に何かありましたか? 」

その場にいる皆は、なにも思い当たらないようで、うーんと唸っている。

「ここに来る前に、有害鳥獣捕獲許可とか、何か付近できっかけになりそうなことがないかとチェックしてきたんですが、少なくとも、現時点ではなかったんです。もし、何かあったとするなら、私たちのところに報告が来ていない。」

そうすると、まったく分からない

「子どもが悪戯いたずらでないといいですが・・・。 棒のようなものでカラスを叩いて怪我させていたり・・・。」

市役所の職員も警察官も不安げにカラスを見つめる。


田中先輩も

「はじめは、繁殖期ですから、雛が巣から落ちて死んでしまったのかと思いましたが、目を凝らしても巣がない。血痕とか、形跡もない。本当に、悪戯などで、子どもたちがカラスの恨みをかってないとよいですが・・・。」


その場にいる皆がカラスを見ると、相変わらず、カラスは興奮している。

そして、カラスの標的になっている子どもたち。


気がつけば、鳴き声に呼ばれたのが、道路の向こう側には、ポツン、ポツンとカラスが電線にとまっている。

ときどき「カアァ、カアァ。」と会話をしているように鳴く。


なんだろう。なにかカラスに睨まれている気がする。

じっと見つめる黒い瞳に、ゾクゾクと身震いかした。

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