第76回 ツバメ②
ツバメは春から夏に飛来する渡り鳥で、二つに割れた長い尾が特徴的だ。人家や商店、駅などの人工的な建物に巣をつくる。かつては日本全国どこでも見かけたが、最近は生息地や個体数が減少していると言う。繁殖期は4~7月で抱卵期間は約2週間、雛は20日前後で巣立つ。
「共生と言いますが、巣を撤去しないのであれば、糞も鳴き声も、被害の根本はなくならないですが、良いですか。」
事務局長さんは、考え込むような仕草をしてから
「道の駅の事務局長の立場としては撤去をしたほうが良いのでしょうね。だけど、やはり、私は撤去したくないのですよ。所長も、さっさと取っ払ってしまえと言うんですがね。」
"私は"ということは"撤去した方が良い"という反対派の人も多いのかな。
田中先輩は所長を代弁するように
「衛生面を考えたら、巣の撤去をすべきでしょう。このような場合、雛の巣立ちを待つのが一般的ですが、今回、不特定多数の方が誰でも出入りできる施設、飲食もするということですので、いろいろ理由をつければ、巣立ち前でも雛の捕獲許可はおります。」
事務局長は、少し残念そうだ。
巣立ち前に巣を撤去し、雛を捕獲するということは、雛を殺処分するということだ。
「私の家はこの近くの商店でしてね。履物屋です。前は、毎年、ツバメが軒先に巣を作りまして、母はそれをとても楽しみにしていました。年によっては2回も巣立つこともあってね。今年の子は元気が良いとか、嬉しそうに話してくれました。だけど、ある年、その巣をカラスが見つけて襲ってきまして、巣にいた雛、3羽とも食べられてしまいました。」
事務局長は、深くため息をついた。
「翌年からパタリとツバメは来なくなりました。春のその時期になると、店の前で足を止める通行人とお喋りするのが母の日課だったのですが、それもなくなりました。ツバメが来なくなって気が付きました。母が楽しみにしていたのはツバメだけでなかったんだと。履物屋なんて商売はもう流行りません。閑古鳥さえ訪ねて来ない。左右を見ても同じ、商売繁盛なんてほど遠い店ばかり。ツバメの寄り付かない商店街です。段々と人まで元気じゃなくなっていく。それが、それがですよ。それが、道の駅にツバメが来るようになったら、その商店街の人たち、老人会のメンバーなんですけどね、毎日、楽しそうに様子を見に来るんです。ツバメに名前を付けたりしてね。自分のペットでもないのに可笑しいですよね。なんかね。なんか、今度は守らなくてはと思ってしまってね。」
事務局長さんのツバメを保護したい、その気持ちはよく伝わってくる。
ふと横をみると、散歩中の高齢者が立ち止まり、ツバメを見ながら楽しそうに会話をしている。
夫婦なのかな?
「昨年も来たツバメではないか。ほら、尾がキリリと黒いぞ。」なんて話で盛り上がっている。
正直、昨年来たツバメかどうかなんて、識別するための足環でもしない限り誰もわからないだろう。それでも「きっとそうよ。」なんて嬉しそうに相づちをして和んでいる。
田中先輩はその様子を見て、ふぅっと大きく息を吐く。
「少し考えさせてください。巣を作られないようにするのではなく、巣をこのままに、ツバメを保護しながら、何か対策を講じたいということですよね。なかなか難しい。」
「ありがとうございます。実は、道の駅の職員は撤去推進派が多いんです。巣を撤去してしまうほうが簡単ですから。多勢に無勢、もう無理かを思っていたら、とても珍しいからと大学の偉い先生が調査に来てくれることになりました。彼らはできれば保護してほしいと言ってくると思うんです。きっと、この機会を逃したら、ツバメを保護できない。チャンスなんです。」
「・・・。わかりました。何が考えてみます。」
なんだか、事務局長はほっとした様子だ。
田中先輩は細かく現状を聞き取り始めた。
「まず、いくつか確認させてください。カラス対策は何かされてますか。」
「レストランなどの生ゴミは、外に出さないなどの対策をしてます。ただ、お客様が捨てていくものは、ゴミ箱が外にありますので。」
「外のゴミ箱は固定ですか。」
「はい。簡単には動かせません。ゴミが散乱しないように蓋も上には開きません。実は溜まったゴミはサイドから出すんです。駐車場は24時間使えますので、外のゴミ箱はなくせません。」
「カラス以外で、出没する獣はいますか。」
「少し前にアライグマがでまして、それは捕獲しました。」
「なるほど。例えば、柿のような実のなる木はありますか。カラスも食べますが、アライグマも好きなんです。ちなみにアライグマも雑食です。」
「え? それは肉食ということですか。」
「実は、鶏卵はよく被害にあっているんです。ツバメの雛を補食するかはわかりませんが、アライグマは夜行性だから気がつかないだけかもしれませんし、用心した方が良いでしょう。」
事務局長は納得したように頭を上下に動かす。
「果実はないです。近隣に住む方々への配慮から、植栽は、目隠しなどの目的で植えられています。だから、実より葉が繁る種類が多いんです。」
それで、敷地を囲うように植栽が植えられているんだね。目的は、第一に目隠し。第二に排気ガス対策、それに遮音や遮光などだ。確かに真夜中の大型車のエンジン音やライトは嫌だ。窓のガラス越しでも、光が目に入ったら起きちゃうよ。
木々も適度に繁っていてほしいのと、予算の都合であまり剪定をしていない。塀にしないのは閉鎖的になってしまうことや、良からぬ方々が屯すのを防ぐためらしい。いろいろ考えて設計されて、何か1つ対策を講じるためには、いろいろな調整が必要になることも多くて、いつも一番楽な方法になってしまうらしい。
今回も、だから、ツバメも巣の撤去が優勢なんだ。
面倒な調整が多くても、事務局長さんは、ツバメを保護したいんだね。
もしかしたら、待ち構えていたのかな。反対派に話を聞かれないようにしたかったのかな。
その数日後、予定どおり、大学の偉い先生方が調査に来て、期待どおり「できればこのまま保存してほしい。継続的な調査がしたい。」と言って帰ったと聞いた。
とりあえず、良かったですね。事務局長。
チャンス到来です。




