第8話 クビアカツヤカミキリ④
「今日はお世話になります。日枝さん。」
時間よりずいぶん早くでたのに、河川敷には、作業着を着た山田課長とサヤカちゃんがいた。
「いやぁ。山田課長、久しぶりですね。サヤカちゃんも大きくなったね。お父さんは元気?」
「はい。御無沙汰しております。」
「河川改修工事ってプラス建築さんでしたっけ?」
「いえ。うちは市道の方です。」
市道?
不思議な顔をしていた僕のために山田課長が説明してくれた。
「桜並木は市道なんだよ。河川の管理道と兼ねていたところがあって、今回の工事で川幅が広かったので付け替えたんだ。ちょうどその先あたりだ。若木に植え変わっているだろう?
当初、工事の影響を疑われただろう?
虫だと聞いて、ほっとしたよ。」
サヤカちゃんも頷いている。
ちょうど人の高さくらいの若木が数百メートル並んでいる。
予定より早く来たため、念のため若木も確認しておこうと、一緒に見て回ることになった。
若木は被害がまったくなく、その先の桜並木も目立った被害はない。
なんだか、ほっとした。
「若木が防波堤役になりましたかねえ。」
!
誰、この人?
日枝さんが頭を下げ挨拶する。
「今日はお世話になります。」
県の研究センターの林田指導員だった。
「やっぱり、白浜造園さんも早めに来てましたか。さっき、市の職員にも会いましたよ。」
皆、早めに来て現状確認している。
自分たちの関わる場所で、被害があれば対策を講じなければならない。権之助川桜並木か主要な観光地である以上、何もしないという選択肢はない。自分たちの対策が遅れ、全滅したとは言われたくないのだ。
「市販の殺虫剤を使っています。」
日枝さんが林田さんに虫入りジップロックを渡す。
「ありがとうございます。
そう、市は現状確認が終わったら、市長と市議会議員に報告するようです。御社にも問い合わせがいくかもしれません。後でいろいろ確認しておいた方が良いですよ。」
日枝さんと山田課長がアイコンタクトで頷きあう。
なんだか、すごく大きな話になってきた。
僕たちは一緒に集合場所に向け歩きはじめた。
現場は、すんごい人数になっていた。
守る会と市の職員だけでも多いのに。
あの鉄板入りの安全靴は県の土木事務所、隣にいるのは、河川改修工事の業者だ。
暑くても長袖シャツをズボンにインする着こなしは環境事務所だろう。
「皆さん、早めに揃ったので、もうはじめて良いですか?」
みなさんの前で日枝さんが昨日の状況を報告した後、林田さんからの説明が始まった。
虫の特徴などの話のあと、この虫は古木を好むので、対策をとらないと桜が全滅する可能性があるなどの話があった。権之助川桜並木はほとんどが植樹して40年の古木だ。誇張ではないだろう。
対策として樹幹注入剤の紹介があった。しかし、すでに弱った木には使えない。その木は伐採するしかない。すぐ伐採できないものや効果に不安がある木は、防護網で虫の飛散を防ぐことになる。
いよいよ、対策のデモンストレーションだ。
樹木注入剤のやり方を林田さんが実践して見せ、誰かやってみますかと、声をかけた。
「「「「「はい!」」」」」
もちろん、手をあげた。
守る会はほぼ全員、手を挙げている。
数に圧倒される!
守る会のメンバーから選ばれた。
「もう1人できますがやってみたい人はいますか?」
「「「「「はい!」」」」」
勢いよく手をあげた。
何気なく、サヤカちゃんが僕の前にでる。
それはズルいでしょう。林田さんから見えなくなるでしょ!
今度は、市の職員が選ばれた。
ほら、そういうことするから、はずれるんだよ。
次に防護網の設置のデモンストレーションだ。
「1人でできないので、手伝ってもらえますか。」
返事をする間もなく、ススッと守る会の数名が前に出て作業をし始めた。
負けた。早すぎる。
次こそ、自分がでる。
「網の目から出てこないように、二重に巻いて樹木から出てこれなくします。1センチくらいの網目でも出てきてしまいます。裾は根が隠れるよう十二単のように広げてください。」
手伝っている人は防護網を結わくのに四苦八苦している。網を踏みながらの作業になるためだ。
「きれいに巻く必要はありません。すみません、もう一人手伝ってもらえますか。」
よし!
僕はスッと1歩、踏み出す。
と、その前に立ちはだかるサヤカちゃん!
なぜ君は、僕の邪魔をするんだ!
このままでは、自分は何も経験できないまま終わる。
僕をブロックしながら、サカヤちゃんは小走りで手伝いに行った。
くぅ~っ。
やるな。
僕はサヤカちゃんを侮っていたかもしれない。