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第74話 権之助川公園桜まつり~キャリアウーマンのタカヨさん⑦~


タカヨさん視点です。

我が社のブースは大盛況で、その後も人は途絶えず、ランチも食べる暇がない。

もう、スタッフも疲れてきている。

そろそろ限界だ。皆を休憩させなくっちゃ。

私は大きく息を吸い込む。


「みんな、順番に休憩をとりましょう。休憩しながら、ぶらぶらと他のブースも見てきてね。じゃぁ、さっそく畑山さんから。休める?」

「でも・・・。」

人が減ってきているとはいえ、まだ、客は途切れない。自分が抜けて良いのか躊躇しているようだ。

「さあ。早く行って、行って。順番よ。ついでに、賑わっているうちに他のブースを見て来て。この繁盛ぶりでは来年も声がかかるんじゃないの? だから、ただ、ぼぉ~っと休憩してきちゃダメよ。見学もシ、ゴ、ト。」

そう言って、畑山さんを送り出す。

「他のみんなもそのつもりで。」

「「はい。」」

畑山さんは「すみません。」と言いながら、さっそく乗馬クラブのブースに向かって行った。

義理堅いわ。もう、本当に良い子ね。私も後で挨拶に行かなくっちゃ。


人がいないときに限って、面倒くさい人が来るものだ。市役所の職員が団体で来る。偉そうな人と一緒だ。あの人、誰だったかしら? 市議会議長だったかな? 市長だったかな? 挨拶しなくっちゃマズいわよね。

ん~、誰か思い出せない。


「いやぁ。ずいぶん繁盛してますね。今年、初参加とは思えません。」

誰かを思い出せないまま、会話が始まる。


「ありがとうございます。市役所の皆さんにもずいぶん良くしていただいて。また、地元の乗馬クラブともコラボさせていただき、弊社としても貴重な経験となりました。本当にありがとうございます。」


「いやいや。こちらこそ、こんなに好評なら、ぜひとも、来年も参加してほしいです。」


「ありがとうございます。」


「今年は天気にも恵まれて、市役所のブースでさえ、例年より人で賑わっているんです。」


「まあ。そうなんですか。」

大げさに驚いて見せる。実は、昨年を見ていないので、こんなものかと思っていた。


「市ではクラウドファンディングをはじめましてね。その宣伝もあったので有難いことです。」

市の職員がつかさず、パンフレットを差し出す。デカデカとど真ん中にツヤツヤ黒光りする虫が描かれている。

「こ、これはクビアカツヤカミキリ? 」

この虫、キッチンに現れる黒い虫に似ていて、私は苦手なの。


「さすが、よく御存知でいらっしゃる。クラウドファンディングは、この虫から桜並木を守るためのものなんです。ぜひ、ぜひ、皆さんも御賛助くださいますようお願いいたします。」

私たちは大きく頷き、全員がパンフレットをもらう。

それにしても、役所もクラウドファンディングをする時代になったのね。なんだか、役所って法律に基づかないとお金を集められないと思っていたけど、今は違うのね。


あ。木山くんだわ。こちらに向かってくる。ちょっとドキドキしちゃう。

私の視線の動きに気がついたのか、その偉そうな人が振り返ると、市役所の職員が一斉に振り返る。

「いやぁ。木山さん。お久しぶりです。選挙のとき以来ですね。先日もお兄さんにはお世話になって、よろしくお伝えください。」


「はい。市長。こちらこそ、たいへんお世話になりました。兄にも伝えておきます。」

木山くんが頭を下げる。

市長は「じゃぁ、また。」と言いながら他のブースに向かって行った。

ふぅ。一挙に緊張が解けた。

市長だったのね。私、何も失敗していないわよね。

うん。大丈夫。たぶん。


彼はその私の様子を見て楽しそうに笑うと

「ずいぶんと盛況だと聞きました。良かったですね。今日は、お客が少なかったらサクラになろうと思って来たのに不要でしたね。」

木山くんったら、あいかわらず優しいわ。


「フフ。そうなの。驚いてしまったわ。こんなに人が多いと思わなかったから。」


「じゃぁ、僕も5本いただこうかな。猟友会のブースで頼まれてきたんです。」


「猟友会の?」


「ええ。ぜひ、行ってみてください。あのマラソンゴールの近くです。例年、キジ鍋やカモ鍋などのジビエなんですが、今年は高病原性鳥インフルエンザの関係で急遽メニューを変えたんです。もう、ドタバタで他のブースを回っている余裕はないって、頼まれたんです。」

あの蛍光オレンジのベストを着ている人達がいるところかな。

「それで、結局、何になったの?」


「ホットドックです。アイガモのソーセージを使っているんですよ。」


「アイガモ?」


「ええ。野鳥ではないのですが、いつもジビエを扱ってくれる料理屋が商品化したものだそうです。農家から肉の加工を頼まれるけれど、いつも食べきれずに余ってしまうから、商品化したと聞きました。パンは『魔王のコッペパン』のコッペパンみたいですよ。たしかに柔らかくて美味しかったです。」


「魔王のコッペパン? うーん。なんだか味の想像ができないわ。」

それに、あのブース、なんだか恐い人達か揃っていて近寄りがたいけど、あれで売れるのかしら。ちょっと心配になるわ。


「ハーブが苦手でなければ挑戦してみては? 爽やかな味がしますよ。」

爽やかな味って、どういう味かしら。

彼の話では、アイガモはカモやアヒルを掛け合わせて人が作り出した種なので、最後は、野に放たず、美味しくいただくのがルールなんですって。だけど、もともと食肉用ではないから、少し臭みもあるし、日持ちもさせたいから、ハーブなどを入れて加工するのだとか。

そう言えばアイガモ農法ってあったわね。


「食べてみたいわ。」

後ろのスタッフも頷いている。後で皆の分も買って来よう。


「早めに行った方が良いですよ。好き嫌いが分かれるから、混んではいませんが、数をそんなに用意していないみたいです。」

そうなのか。次に休憩するスタッフに頼もうかな。


彼は、私たちの持っているチラシに目を向ける。

「ああ、そのパンフレットは市のクラウドファンディングですね。結構、市に問い合わせが多いようですよ。返礼品にクビアカツヤカミキリの標本があるようで、人気みたいです。」


「ええ! 返礼品が虫? あの虫、キッチンにいるカサカサと動く黒い虫とほとんど変わらないのに。誰がほしいの? 信じられないわ。」


「ハハハ。タカヨちゃん、それ、ゴキブリのこと? 似てるかな? 特定外来生物になると飼えなくなるから、標本も市場にあまり出回らなくなるんですよ。それで問い合わせが多いんです。」

なるほど。社会貢献できる上、適法に標本が入手できる手段ってわけね。

それでも、欲しがる気持ちはわからないわ。この虫、黒光りする感じも、大きさまで似てるのよ。あの虫に。

私は顔をしかめて、『ああ、やだ、やだ。』と渋い顔をする。


「タカヨちゃん。ゴキブリ苦手だったの? 」

「うん。逆に得意な人がいるの? 知ってる? あの虫、飛ぶのよ。」

「ハハハ。そうだね。飛ぶね。」

私は真剣に言っているのに、木山くんは楽しそうだ。


「タ、タカヨちゃん? ・・・。なんだか新鮮です。副所長、”タカヨちゃん”って呼ばれているんですね。」

「え?」

畑山さん、いつの間に戻ってきたの?

「本当に地元だったんですね。なんだか、いつもクールビューティって感じで、なんだか地元感がなかったけど。」

他のスタッフまで、そんなことを言い始める。

「そ、そう?」

自分では、そんな風に思ったことはなかったんだけど。


「彼氏さんですか?」


「か、かれ、し・・・。」

な、何を、突然、言うの。一瞬で顔がかぁっと熱くなってくる。


そう、彼氏さんなんだけど、言われ慣れていないのでなんだか顔がもう真っ赤だ。恥ずかしいわ。


「な、何言っているの。大人をからかわないの。ほら、休憩は終わったの? じゃあ、これでみんなにアイガモのホットドックを買ってきて。ほら。」

誤魔化すように財布からお金をだし、畑山さんに押し付ける。

木山くんは嬉しそうにニコニコ笑っている。

皆もニマニマ笑っている。

もうっ。恥ずかしいわ。

ふぅ、熱い、熱い。



ふと顔を上げれば、

春の暖かな風が吹き抜け、ブースの帆布がバタバタと波打つ。


ああ、なんて心地よい風なんだろう。


桜の花びらが散り、菜の花畑の上をツバメがひゅうっと通りすぎていく。見渡せば、ピンクと黄色、春の色だ。


毎日、淡々と仕事漬の日々を過ごしていた。

けれど、なんだか少しずつ、少しずつ、変わっていく。


いろいろ辛いことはあったけど、私は、今、とても幸せな毎日を過ごしている。

私が思っていたより、ずっと。


そして、きっと、これからも。

そんな気がする。

<参考>

地方公共団体が主体的に資金を集めるためには、現在でも法律や条例の根拠が必要です。したがって、クラウドファンディングは既存の基金やふるさと納税の仕組みを活用して実施することが多いようです。活用している仕組みによって異なりますが、ほとんどのもので税の優遇を受けられ、なかには返戻品がもらえるものもあります。

クミアカツヤカミキリのクラウドファンディングは徳島県などで実施していました。


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