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第72話 ミモザ ~キャリアウーマンのタカヨさん⑤~

ふと、窓ガラスに映る自分の姿を見たら、目は腫れ、鼻水でぐしゃぐしゃで、顔も真っ赤になって、とにかく酷い顔だ。

「やだ。私、こんな酷い顔で。」

鼻をすすり、ティッシュペーパーで顔をふく。

「大丈夫です。タカヨちゃんはどんな顔していても綺麗です。」

彼は恥ずかしげもなく穏やかに言う。

もう、木山くんったら。


「本当に私で良いの? こんなオバちゃんよ。」


「僕だって、こんなオジちゃんです。それにタカヨちゃんは僕の幸運の女神なんです。再会してから良いことばかりだ。タカヨちゃんにはまだ言っていなかったけど、今度、大学で講義を持つことんなったんです。」


「大学で? すごいわ。」


「実は、僕の夢は研究者だったんですよ。」


「ええ? そうだったの? 私すっかり歌手だと思っていた。だって、ほら、コアなファンもいるから。」


「違う、違う。あれは母です。もう、恥ずかしいから止めてと言うんですが、自分では目立っていると思っていなくて。」

木山くんは顔を真っ赤にして、一生懸命に言い訳をする。


「本当はずっと大学に残っていたかっただけど、いろいろあって、今の会社に拾ってもらったんです。今回の話も、環境関係の学部を充実させるからって、はじめは日枝さんに来た話なんだけど、自分は専門学校の講師で手一杯だし、論文を書くのも嫌だって言って、僕を紹介してくれたんです。」

木山くんは、少し照れながら嬉しそうに話してくれた。


「面接なんて久しぶりで、緊張してしまいました。樹木医の資格も箔がつくからって取得を勧められて、その実績づくりで和祀わし神社の担当にしてもらったんです。なんだか、急にいろんなことが動き出して、突然、目の前が(ひら)けてきて、平気そうに見えるかもしれないけど、実はオロオロしているんです。」

珍しく興奮気味の彼に「良かったね。」と言うと

「でも、週に1日は大学で講義をするから、週休2日から1日になってしまいます。タカヨちゃんと会える日が少なくなってしまう。」

なんて真剣に言うから笑っちゃったわ。


鍋に活けたミモザの葉が、ゆらゆら揺れる。真ん丸くてふわふわした黄色の花は、ボンボンのように私を応援してくれているようだ。

「ふふふ。一緒に暮らすんだもの。毎日会えるわ。」

って言ったら、とても嬉しそうに笑っていた。



なんだかとても誰かに話したくって、我慢できずに病院に行ったときに担当医せんせいに伝えたの。話したくって仕方がなかったのがバレバレだったみたい。鮮やかなミモザの花束とともにプロポーズされたのよって話したら、大袈裟に喜んでくれたわ。

「ロマンチックな彼氏さんだね。確か、ミモザの花言葉は『真実の愛』だっけ? 結婚式はいつ頃? ちょうど薬を終わらせられるといいね。万が一、妊娠をしたときのことを考えると良くないから。」

「え? 妊娠? 妊娠は難しいんじゃなかったんですか。」

「まぁ、確かに多くはないけど、サバイバーの中には妊娠する人もいるよ。」

「サバイバー?」

「そう。サバイバー。病気を克服し、新たな人生を歩む人のことを言うんだ。君もサバイバーだよ。」

サバイバーなんて、なんだか南米のジャングルを探検する人みたいだわ。ふふふ。可笑しい。

「結婚かぁ。この先、どう生きるかを考える、ちょうど良いチャンスかもね。癌を克服した人は、皆、口をそろえて、元どおりの生活をしたいっていうんだけど、不思議と元の生活をなぞる人は少ないんだよ。」


「そうなんですか。」

私も元どおりの生活をしたいと思っていたわ。


「そう。だいたい皆、共通して、ウォーキングとか健康にいい趣味を始めるね。人生は一度きりって言っていろんな場所に旅行に行ったり、ボランティアをはじめたりしてね。仕事が変わる人も。中には怪しげな健康食品にハマる人とかね。病気を経験したことで、これまでとは違う暮らし方やお金の使い方をする人が多いよ。」

そう言われれば、私も、最近、やたらと無農薬の野菜を選ぶようになっていた。


「元の生活にこだわらず、やりたいことをやればいいんだよ。まあ、治療の方は徐々に終わりを見据えながら、話し合っていきましょう。」

ああ。そうか、治療が終わるのか。その時期がハッキリと見えてくることで、なんだか、急に重石がとれていくようで、気が楽になった。



気持ちも軽くなり、その足で実家に帰った。

両親に木山くんと結婚しようと思うと伝えると、凄く喜んでくれた。

「そうか。そうか。良かったな。」って。

父は涙ぐんで、知らぬ間にすうっと書斎に(こも)ってしまった。


「お父さんね。きっと今、書斎で大泣きしているわよ。凄く心配していたのよ。あなたのこと。あのね。あなたが癌になったって聞いたとき、お父さんね、きっと、あの子はこのまま独身だろうから、何かあったら自分達が面倒みようって、だから長生きしなきゃなって、急にウォーキングなんて始めて、私まで付き合わされるのよ。お正月に木山さんを連れてきたときだって、あなたが席を外したときに『タカヨをよろしく頼むな。あの子は本当にいい子なんだ。頼むな。頼む。』って何度も絡んじゃって、おまけに彼が帰ったあとも、おいおい泣いていたのよ。たいへんだったのよ、もう。」

父をからかうように話す母は楽しそうだ。

そう言われてみれば、あの後、私はお風呂に入ったけど、夫婦二人でしばらく飲んでいたわね。


「ねぇ。ねぇ。どんなふうにプロポーズされたの? 教えて、教えて。場所は? 夜景が綺麗なところとか?」

私より母の方がはしゃいでいる。

「違うわよ。私の家よ。誕生日だったからミモザの花束を持って来てくれたの。」

「それで、それで。」

「もう、いいじゃないの。なんだって。秘密よ。ヒミツ。」

「もう。ケチね。教えてくれたっていいじゃないの。それにしても、謎だわ。彼はあなたのどこが良かったのかしらね。我が家の七不思議ね。」

「なに。それ、ひどぉ~い。」

母親もなんだかとても嬉しそうた。

「フフフフ。ミモザって、あの、黄色のボンボンがたくさんついた花でしょう。タカヨ。昔もミモザ、もらって来たことなかった? 」

「ええ? そんなことあったぁ?」

「あったわよ。そのとき花の名前がよくわからなくて調べたんだもの。」

そんなことあったかなぁ。

「ロマンチックよねぇ。『告白の花』って言われているのでしょう?」

「そうなの? 知らなかった。」

母は大きく息を吐くと

「本当にこの子は鈍感ね。もしかして、そのときも告白されても気がつかないまま終わってたんじゃないの。」

その前に、お、覚えてない・・・。

いつもらったかしら? 花束だったら覚えていそうだから、一輪だったのかな。

「本当に忘れちゃったの。やぁねぇ。あなたが高校のときだから、意外に木山さんだったりして。来たときに聞いちゃおうかなぁ。フフフ。」

「や、やめてよ。」

母は私を誂うように楽しそうに笑う。そして、私の頬に手を伸ばして触れると

「幸せになりなさい。タカヨ。きちんと幸せになるの。木山さんと一緒に。ねっ。ほら、もう、こんな痩せちゃって、毎日きちんと食べてるの? 健康に気を付けないと彼より長生き出来ないわよ。ほら。ウォーキング、お父さんと一緒にする?」

「ええ~。嫌よぉ。」

不思議ね。昔はまったく泣かない子だったのに、父に似たのか、すぐ涙ぐんでしまう。



後日、木山くんが家に来たときに「ミモザって告白の花って言われているんですって、知っていた?」って聞いたら

「そう。ミモザの花を贈って愛する女性に受け取ってもらえたら結ばれると言われているんですよ。」

なんて言うの。何も知らずに受け取っちゃったわ。

もう。

それに「知っていたら受け取らなかったですか。」

なんて意地悪な質問するのよ。もう、ぷんぷんだわ。


「毎年、欲しいって思ってしまったわ。そうすると、毎年、誰かに告白されたことになっちゃうのかしら。ああ、ミモザをお家で育てたらいいのね。そうしたら、毎年、楽しめるわ。」

「じゃぁ、凄く大きな庭のある家を探さないと。」

彼が大袈裟に両手を広げる。

「ふふふ。そんなにたくさん? あの鮮やかな黄色の花が群生したら、それはそれは綺麗いでしょうね。」

私は一面黄色の花畑を思い浮かべた。

彼は困った顔をして

「さすがに群生するまで大きな庭はちょっと・・・。ミモザは二階建ての家くらいの大木になりますから。」

「え? ミモザって草花じゃないの?」

「ミモザは樹木ですよ。とても大きくなるんです。」

恥ずかしい。なんて初歩的な勘違いをしていたのかしら。

「一本植えて、成長していくを一緒に見るのも楽しいですね。毎年、この花が咲くときのをタカヨちゃんと一緒に見ていたいです。ミモザは愛と幸福を呼ぶ花ですから。」

もう、木山くんったら。

自分の言葉に照れて赤くなっている。

なんだか私まで照れちゃうわ。


「なんだか、いろいろ縁起が良い木なのね。」

「ミモザは春を告げる木ですから。」

「春を告げる?」

「そう。日本だと、桜や桃、あのピンク色を見ると、ああ春だって思うでしょ。場所が変わると、それが黄色なんです。」

そうなのね。言われてみれば、今の時期だから、春を先駆けて咲くわね。それに、鮮やかな黄色の花は、とても明るくて暖かな印象を受けるわ。


そう言えば、高校のとき、確かに何かよくわからない枝をもらったことがあったかしら。あれは、誰からだったかしら?

「私、前にミモザをもらったことあったかしら。」

ミモザを見ながら考え込む私の前で、木山くんは意味深にニコニコ笑っている。


「きっと僕達は結ばれる運命なんです。」


「え?」


顔を上げると木山くんの膝の上で、モモがゆったりくつろいでいる。モモはチラリと私を見てから、ツーンとして彼に抱きつき、口をペロペロ舐める。彼はモモを優しく撫で、「モモ。どうした?」なんて言って抱きよせる。モモは、とても気持ち良さそうに尻尾をブンブン振ると、また、チラリと私を見た。


・・・。


む、むぅ。

私は今、確信したわ。

モモ。やっぱり、

私たちはライバルね。


<参考>

ミモザの花言葉は、ほかにも、「友情」「真実の愛」「優雅」「堅実」「秘かな愛」「豊かな感受性」「神秘」などがあります。

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