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第71回 ミモザ  ~キャリアウーマンのタカヨさん④~


タカヨさん視点です。

ピンポーン!


訪問者を告げるベルの音にドアを開けると、木山くんが色鮮やかな黄色の花束を差し出してきた。


「誕生日おめでとう。」

目をまたたいて、花束をのぞき込むと、小さくてフワフワとした綿菓子のような花が鈴なりに咲いている。

そうだ。今日は誕生日だった。そういえば木山くんが休暇がとれたら家に来ると言っていた。忘れていたわけではないが、逃げるように仕事に没頭し、考えるのを後回しにしていた。


受け取って顔を近づけると、黄色の花弁が鼻をくすぐる。

「綺麗。」

思わずつぶやくと、木山くんは悪戯に成功した子供のように嬉しそうに笑った。


「綺麗でしょう。僕もこの花が好きなんです。だから、タカヨちゃんにあげるなら絶対にこの花だと思って、大きな花束にしてもらったんです。」

「花の名前は?」

「フサアカシヤです。ミモザとも呼ばれていて、花もフワフワして可愛いですが、葉もふさふさとして揺れると柔らかそうでしょう? 見ているだけで気持ちが明るく、楽しくなります。」

ふわふわとした黄金色の小さな花が房状になり、緑の葉とのコントラストが対照的で美しい。

確かに、この鮮やかな花を見ているだけで晴れやかな気持ちになってくる。


「イタリアでは、男性から身近な女性に、感謝の気持ちを込めてこの花を贈るんです。『感謝』はミモザの花言葉の1つなんですよ。」


「とても素敵だわ。」

木山くんが言うには、花の咲く時期が決まっているので一年を通して店頭にある花ではないけれど、フラワーアレンジメントなどにもよく使われるらしい。私は初めて見たわ。


「はい。それと、これは地元産のキノコです。この辺りでは珍しかったので分けてもらったんです。地元産の良い食材がないか探していたでしょう?」

そう言って、パンパンになった白いスーパーのビニール袋を手渡される。

今度、権之助川公園桜まつりにブースを出展することになったが、ライバル社のドレッシングの掴みどりに勝てるアイディアがなく、若手と一緒に頭を抱えていた。その打開策の一つとして、地産地消で何かできないかと良い材料を探していた。その話を覚えていてくれたようだ。


「ブラウンマッシュルーム?」

袋を覗き込むとボールのような丸々としたマッシュルームが沢山入っている。褐色を帯びた傘部分が肉厚でコロコロとして美味しそう。ん~、いい香り。アヒージョなんて良いかも、

ふふふ。お誕生日プレゼントがブラウンマッシュルームなんて、なんだか木山さんらしい。


「これで、何を作ろうかしら? アヒージョ? うーん。どうしよう。なんの料理にでも合いそうだわ。」

「是非、私も御相伴に預かってよろしいでしょうか。」

「ふふふ。是非、是非、御賞味ください。」

まるでホテルのコンシェルジュのような仕草で彼を部屋に招き入れる。


とりあえず、まず、チャチャっと作れるものがいいわね。ブラウンマッシュルームを一口大に切り、オリーブオイルで少し炒めたら、市販のソースをぐるりとかける。味が薄いかしら? もう一周かけておこうかな。

皿に盛り付けて

「はい。出来上がり!」

木山くんは、お皿の上の湯気をすぅっと吸い込み、

「とても美味しそうです。」

「たぶん美味しいわよ。味付けは市販の液体調味料なんだけど、我が社の一押しなの。」

飲み物やバケットを次々とテーブルに置いていく。あ。チーズも合うわね。

「チーズも持ってくるね。」

木山くんは待てずに、つまみ食いをし始めた。

「美味しいです。これ、売っていたら絶対に買います。」

「ふふ。本当? 嬉しい。」

私も、座ると同時に、フォークでマッシュルームを掬って口にいれる。

凄い! 本当に絶品だわ。私って天才!


「本当に美味しいマッシュルーム。」

今度はパテのようにバケットにのせて口に放り込む。うーっ、美味しい。


「実は、このマッシュルーム、馬糞からできているんですよ。」


ブッ!!

思わず吹き出しそうになった。


「ば、馬糞?」


「そう、馬のウンチです。」

フォークからポロリとブラウンマッシュルームが落ちる。


馬糞ってどういうこと?


「権之助川公園から下流に少し行ったところに乗馬クラブがあるでしょう? そこで作っているんです。」

「乗馬クラブで?」

あらためてブラウンマッシュルームを見るが馬糞には思えない。

「会員が減って経営が苦しいみたいで、起死回生の策のようです。厩舎きゅうしゃの敷わらと馬ふんを混ぜて堆肥をつくり苗床にしているんです。昔、ヨーロッパでは、そんなふうに人工栽培していたようですよ。」

「な、苗床ね。そうよね。良かった。」

ほっとして、ふぅっと息を吐く。

「もしかして、マッシュルームが馬糞でできていると思いましたか?」

「・・・。だ、だって、木山くんが微妙な言い方するからっ。」

「ハハハハハハ。」

木山くんは楽しそうに笑うと、私がこぼしたマッシュルームを指で摘まんで口に入れる。

「もう。もう、木山くんったら。」

プンプンだわ。

頬を膨らませ、軽くポンポン彼の胸を叩く。


「こんなに美味しいのに、苦戦しているみたいです。もともと乗馬クラブは販売ルートを持っているわけではないから。それで、PRも兼ねて桜まつりにも出展するようですよ。」

「そうなんだ。じゃぁ、当日、たくさん買おう。う~ん。もしかしてコラボもできるかもしれないわね。」

木山くんは返事の代わりにニッコリ笑う。ああ。こういうところは(かな)わないなぁと思う。

明日、会社に出勤したらさっそく提案しなくっちゃ。


なんだかちょっと恥ずかしくなって、もらったミモザをキッチンに持っていく。大きな花瓶がなかったので、パスタ用の鍋を花瓶の替わりにした。鮮やかな黄色の花は、鍋に乱雑に活けられただけなのに、その場を華やかにする。


「もう一つ、渡したいものがあるんです。」

木山くんは(かしこ)まると、鞄からリボンがついた可愛い箱を取り出す。

「開けていい?」

「もちろん。」

箱を開けると中には指輪ケースが入っていた。

中身が指輪だとわかり、一瞬、ケースを開けるのを躊躇する。


「結婚して欲しい。」


こんなふうに突然、言われると思っていなかったので、思考が固まってしまった。ど、どうしよう。どう答えよう。手が震えて、握っていたコップがブルブル揺れる。

「あ。あ、あの。わ、私・・・。」

震える手を自分の手で握る。

「わ、私・・・、か、身体・・・。」

木山くんは微笑むと

「病気のことなら知っています。お義父さんから聞きました。僕は君がいいんです。」

彼を見つめると、知らず知らずに涙がこぼれていた。

「それに、なんとなく気がついていました。少しの体調の変化も気にしているし、食事は健康に良いものばかりだし、見ていればわかります。」

何も言えずにいる私に、木山くんが「大丈夫、大丈夫だよ。」と言いながら、抱きしめて、背中をぽんぽん(さす)ってくれる。

「大丈夫。大丈夫。気にしなくていいんです。」

気持ちはだんだんと落ち着いてくるのに、ポロポロポロポロと涙はちっとも止まってくれなかった。


モモが私たちの顔を交互に見つめ、ただ困ったようにクウィーンと鳴いていた。

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