<その後>白瀬下沼のミシシッピアカミミガメ
それからしばらくして、白瀬下沼新田土地改良区の斉藤事務局長が、浮き輪型ワナを借りに来た。その上で捕獲した後の殺処分をしてくれる動物病院を探しているので、どこか紹介して欲しいと頼まれた。ガーの捕獲の様子を見て、捕獲した後まで考えておかなければならないと痛感したようだ。
実は、野生動物の殺処分は病院から断られることが多い。だから、通常は、まず受け入れてくれる病院を探してから、捕獲するのが一般的だ。
「どこか知りませんか。いくつか動物病院に当たったんですが、どこも断られてしまったんです。」
「断られた理由は何ですか?」
「様々ですが、野生動物は扱っていないとか、カメは専門外だってのが多かったです。」
動物病院には得意とする動物があって、犬や猫、フィンチのような小鳥は多いが、爬虫類を扱ってくれる病院は少ない。
「三木さんのところは? 三木動物病院なら家畜もやっているし、ある程度、臨機応変に対応してくれます。カメを扱うかはわからないですけど。」
「実は、すでに問い合わせたんです。だけど、『ただ、野生動物を捕って来て殺してくれって言われても断る。野生動物の場合は、捕獲許可を得ていないものはやらない。』って断られてしまったんです。役所に行ったらカメは捕獲許可は不要だと言われるし、どうしたら良いんだと困ってしまいました。」
なるほど。
動物病院は、その殺処分が適切かどうかなんてわからないから、捕獲許可を見て判断する。捕獲後、放獣するか 殺処分するかも記載があるので、許可証がないとお金を払うと言っても拒否されるんた。むやみに野生動物を殺すような真似はできないし、病院としても、野生動物は何の感染症を持っているかわからないから、本音は扱いたくない。自分達の患者に感染させたら大事だ。
田中先輩が少し考えこんでから、
「下沼にいるカメの種類は何ですか。」
「見た感じだと、ほとんどがミシシッピアカミミガメでした。カミツキガメもいるとは聞くんですが、見あたらなかったです。」
「ミシシッピアカミミガメかぁ・・・。そういえば蓮を枯らすとか、ニュースになってましたね。」
「そうなんです。結局、原因はカメでなかったんですが、皆の印象にカメが残ってしまいましたからね。まぁ、ほかにもトラブルはいろいろありましてね。白瀬下沼にとってカメは鬼門です。」
白瀬下沼は蓮の名所だが、数年前から全く咲かなくなった。初めは、ミシシッピアカミミガメが原因だと疑われたんだ。しかし、調査したら、原因はカメでなく、蓮の地下茎が泥の中で腐敗して堆積し、メタンガスを発生させたことだった。
「ミシシッピアカミミガメでしたら、土地改良区自らが殺処分しても違法ではないですよ。」
「カメを自分達で殺処分するのは容易じゃなさそうですし、それに実際に誰もやりたがらないんです。単に土の中に埋めても冬眠するだけで生き残るものがいそうです。実は、廃棄物処分業者にそのまま引き取ってもらえないかと相談したんですが『生き物は廃棄物ではありません。』って怒られてしまいました。」
そりゃぁ、そうだよ。生きたままはちょっと・・・。
ミシシッピアカミミガメは在来種でもないし、鳥獣保護管理法の対象外の生き物だ。その土地上の所有者不明の物は、土地所有者のものと推定されるから、物ではないが、所有者の判断で殺処分しても違法ではない。ただし、動物愛護管理法の対象にはなるから、その殺処分の是非は問われる。法律上はペットを自ら殺処分するのと同じだから、殺処分以外の手段を探す努力はしないといけない。
勝手に放流された上、定着してしまったものを殺処分するのに、被害者である土地所有者が費用を負担し、その責任を問われる。なんかちょっと理不尽だ。本来なら、その責めは誰が負うべきだったのかと思う。それを言うと、殺処分するんだから、殺処分する人が責任を持つのは当然だと言われちゃうんだけど、僕は、そういうふうに、さも正論って顔して簡単に整理できちゃう人の感覚がよくわかんないんだ。正論かもしれないけど、それが正しいの?
まぁ、どちらにしろ、今回は、緊急対策外来種であること、水質悪化など、実際に被害を受けていることから、殺処分する方向にはなると思うけどね。こういう場合は、まず、捕獲しても放獣されることはない。別の場所に移しても、その別の場所が被害を受けるし、外来種だから、原則は殺処分になるんだ。
「白浜造園さんは、いつもどうなさってるんですか。」
「・・・・。」
田中先輩が答えに窮している。
実は、カメは自分達で殺処分しているんだ。
田中先輩は大きく息を吸い込み、覚悟を決めたように伝える。
「うちの会社では、自分達で殺処分しているんです。」
当初は仕方なく始めたらしい。ちょっと前まで、今よりずっと殺処分を受け入れてくれる病院がなかったんだ。
だから、大型の冷凍庫を買ったんだ。カメは冬眠する習性があるから、徐々に冷やしていき、冬眠するように安楽死させる。そして、完全に凍って死んでから焼却ゴミとして回収業者にお願いしているんだ。ガーも同じようにしたかったが、冷凍庫がある場所まで運び込めなかった。できるなら、できるだけ、苦しまずに安らかに眠らせてあげたかったよ。
「どうにか今回のをお願いできませんか。」
まぁ、そうなるよな。
「調査から入れるならともかく、ただ、殺すだけってのは、ちょっと。うちが引き受けるときは、一応、捕獲許可と同じような被害の現況調査をするんですよ。クレーム対策にもなりますから。殺すだけなら病院か自分達でお願いします。」
「そこをなんとか・・・・。も、もちろん、料金も払います。」
田中先輩は渋い顔のまま首を横に振る。
「動物病院との住み分けもあるんです。うちも動物病院にはお世話になっているので、病院じゃないのに動物を持ち込めば殺処分してくれるなんて噂が立つのはちょっと不味いんです。本当に申し訳ないんですが・・・。」
「そこを何とか。」
斉藤事務局長、泣きそうです。
かわいそうな気もするけど・・・。
「絶対に誰にも話しません!」
それは嘘でしょう?
会員さんにどう説明するのよ。土地改良区の会員さん、つまり、農家さんには話すでしょう。
「お願いします。本当に受け手がなくて。」
事務局長は執務室内の木山さんを見つけ、立ち上がると
「木山さんにもお願いします。助けてください。このまま外来生物をのさばらせるわけにはいかないんです。お願いします。お願いします。」
僕達は、ほとほと困ってしまって、互いに顔を見合わせた。
「社長に相談してみます。ただ、うちも動物病院とは良好な関係を築いていたいので、そこは斟酌してほしいんです。」
今日は回答できない、良い返事ができるかもわからないと伝えたのに、
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
何度も頭を下げて帰って行った。
社長とも相談した結果、今回に限り、簡単な現況調査をさせていただくことで、引き受けることにした。社としても、殺処分が適切か判断することにしたんだ。
当然、現況調査代はいただく。捕獲はお任せするけど、今後のことを考え、殺処分代は無償にできないから、まぁ、一匹600円くらいはもらっておくか、ということになった。ワンコインじゃ安すぎて良くないからって。変わらないでしょ。
うちの会社は本当に欲がない。
600円だよ。600円。安すぎない!?
そう思ったけど、実際には、ワナの設置から一週間で50匹、翌週は天気が良かったのもあり100匹を超え、トータルで捕獲数が200匹を超えた。全部、ミシシッピアカミミガメだ。どんだけいたのよ。
木山さんには「春の出産フィーバー前に、ある程度捕獲できて良かったですね。」って言われたけど、確かに良かったけれども、なんか、なんか、素直に喜べない。
そして、最終的には儲かった、確かに儲かったんだけれども、これっぽっちも嬉しくなかった。
アカミミガメは2023年の6月にアメリカザリガニとともに、条件付き特定外来生物になりました。条件付きって・・・?と思うかもしれませんが、実は、あまりに飼育している人が多いので指定は無理だといわれていたのです。私も無理だと思っていました。条件とは一部「飼育」などが許されているというものです。




