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第69話 白瀬上沼⑤

アリゲーターガーは、成魚になると全長2メートルにもなる北アメリカ大陸最大の淡水魚だ。肉食で魚や甲殻類などを好み、成魚になれば、ほとんど外敵に襲われることがない。その上、ガーの仲間は特別な浮き袋を持ち、空気呼吸が可能だ。溶存酸素が少ない水の中でも生きていけるし、もともとミシシッピ川の河口付近の海水域でも生きている。そして、ガー目ガー科はすべて、特定外来生物に指定されている。


「ヤバイな。危ねぇのがいるな。きっと、これがワニの正体だ。とりあえず、早くあがろう。ほら。」

ぐっと手を差し出される。


「アリゲーターガーならタモ網じゃ捕まえられない。もっと頑丈なの持ってこないと。」


「そ、そんなにヤバイものなんですか。」

田中先輩が頷き、牙はないがワニのような口をした魚だと教えてくれた。表皮が硬く、捕獲網を破ってしまったり、手で捕獲しようとすると怪我することもあるという。

僕、タモ網で果敢に捕獲しようとしてしまった。早く言ってよ。危うく水に手を入れるところだったよ。


「とりあえず、依頼主に電話だ。土地改良区にも連絡しないと。依頼主には、今日、できるところまではするが、日数が掛かっても捕まえた方が良いって言わないとな。あ、市、市はどうするか。市に通報するかの判断は依頼主に任せよう。まったく、信じられなねぇ。危ねぇのを放すヤツがいるな。」

タモ網を陸に揚げて、慌ただしく電話する。

捕獲作業はどうなるのかな? 仕切り直しになるのかな?


ひととおり連絡している間、木山さんが幅が広く丈夫な網を会社に取りに戻ってくれた。その間、僕は水路を観察し、ガーが戻って来てないか見張る。

そして、田中先輩と話し合い、今日、できる範囲で作業を進めようということになった。そして、午後からはタモ網はやめて、設置した網にに追い込む方法に変えた。



ちょうど木山さんが戻って来て、まさに作業を再開しようとした頃、続々と、連絡をした依頼主や土地改良区の職員が駆けつけて来た。


土地改良区の職員が木山さんに声をかける。

「木山さん、ちょっと、ちょっと待ってくれ。この網に追い込むのか? ちょっと待って。」

設置している網の場所までズカズカ入ってくる。

すでに長靴を履いていて準備万端だ。網の下に隙間がないか設置の状況を確認し、手袋を脱ぎ、水に手を入れる。


「やっぱりだ。今日みたいな暖かな日は水路の水が温まる。下沼の水は湧水だから水温の変化は少ない。下沼の水の方が冷たそうだから少し流そう。温かい方に自然と移動してくれれば追い込みも楽だ。それに水嵩(かさ)が増えれば網のような人口物を隠せる。」

なるほどです。この状況で冷静だ。凄いな。


「いいんですか。斉藤さん。」


「ああ。少しなら大丈夫だ。土地改良区でもジャンボタニシとか、外来生物にはいろいろ泣かされているんだ。アイツら、決まって自分たちが過ごしやすい場所に(たむろ)す。この場所は温かく、少し深くなっている。加えて草が覆いかぶさって隠れやすい。きっと、お気に入りなんだよ。」

そういうものなんだ。


「追い込みはタモ網で?」


「はい。その予定です。しかし、タモ網で捕まえられる大きさではないので、もう一枚、網を使おうと思っています。」

1枚の網だけでは、進行方向を遮ることしかできない。その網で無理に引っ張り上げようとすれば、下の隙間から逃げてしまう。


「そうだな。それがいい。準備ができたら言ってくれ。取水口に行って少しずつ流す量を増やす。30分流したら徐々に元に戻す。もうすぐ代掻きの時期だから、あまり沼の水量は減らせないんだ。悪いな。」

斉藤さんは申し訳なさそうに言う。


「ありがとうございます。それだけでも助かります。事務局長自ら作業してもらってすみません。」

事務局長だったのか。だから、自分の判断でそういうことができるんですね。


「いつも木山さんにはお世話になっているからね。それに、用水はうちの管理だ。こちらこそ礼を言わないといけない。ほかにも何かできることがあればやるから言ってくれ。それに、実はね。ちょっと、頼みたいことがあって、ここに木山さんがいると聞いて、それで私が来たんだ。」


「何ですか。事務局長が自ら頼みに来るなんて怖いです。」

本当です。


「いや。農道から浮き輪型のワナを設置してあるのが見えたからね。貸してくれないかと思って。なかなか店では売ってないだろ。いよいよ、下沼のカメが凄い数になってしまってね。下沼は陸田の水源だから、最終的には米になって人の口に入るものだ。水質も悪くなるし、在来の生物への影響もある。ここらで数を減らしたいんだ。借りるだけ借りて、木山さんのところに発注しなくって申し訳ないんだけど、金がないから自分たちでやろうと思ってね。」

土地改良区もたいへんだなぁ。

木山さんは、田中先輩にアイコンタクトで了承を得ると、快諾した。




捕獲作業は、皆さんの協力のもと速やかに始まった。

水を流しはじめて、10分程度過ぎたら追い込み開始だ。お気に入りの場所に網を設置し、上流から攻める。捕まえるのは下流の網だからゆっくり進む必要はない。できるだけ音を立て、じゃぶじゃぶと進む。


「いたぞ。いた!」

田中先輩の大きな声に、皆、ピリッと緊張する。


「そこだ! そこ!」

えっ? どこ? 水が濁ってわかんないよ。


「鈴木! 隙間をつくるな! 」


「「そこだ! そこ!」」 と、外野も叫ぶ。


そのとき、バァッサァっと網が被さった。

「「引き上げろ! 引き上げろ! 網の端を持つんだ。」」


次の瞬間、ガーが大きな尾びれを弓のようにしならせ、バシャン、バシャバシャンと水を叩く。


ガーの顔がこちらを向き、目があった。

「ギャアァァァァー。」

マジ、ワニ。 イヤ、イヤイヤ。ワニだ!

お、襲われるぅ!

びっくりして、尻餅をつく。

そのチャンスに、つかさず、ガーが突進してくる。


「何やってんだ! 鈴木! 危ねぇだろ!」

タモ網を使って、僕の目の前の捕獲網を上から押さえる。

ガーが頭を振った瞬間、バチンと網の一部が切れた。


「木山さん、ワリィ。こっちのタモ網で向こう側を押さえてくれ。」

その言葉で、その場にいる人皆がシャベルや棒で網の端を押さえつける。もともと川幅が狭いこともラッキーだった。

そうして、網に包みこまれるようにし、ガーを捕獲することはできた。


僕は、体力も気力もへろへろになり、次にワニ(ガー)の捕獲依頼が来たら、絶対に断ってやると固く決心したのだった。

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