第7話 クビアカツヤカミキリ③
クビアカツヤカミキリは、中国原産のカミキリムシだ。大きさは2~4センチくらい。真っ黒な光沢あるボディに首に赤いラインがある。メスの成虫は幹や枝の樹皮の割れ目などに産卵し、1頭あたり1000個近くの卵を産むこともある。
幼虫は2~3年かけて樹木内部を食い荒らし、最終的には寄生された樹木が枯死する。
寄生されるのは、桜や桃、梅など主にバラ科の樹木で、特に日本では、桜の被害が多く報告されている。
日本は桜が至るところにあるから、餌は食べ放題の上、2~3年、樹木内部にいる間は、外からは見つけられない。外敵がいないのだ。
気づいたときは成虫になっていて、爆発的に増えていく。桜並木の桜をすべて伐採したところもあるという。
だから、環境省の特定外来生物に指定されている。
「鈴木さん! お手柄です。」
日枝さんが僕の肩をたたいた。
なんだかとても御機嫌だ。
「いやぁ、フラスだけでなく、成虫を見つけてくれるとは思いませんでした。さすが、田中さんの秘蔵っ子ですね。いやぁ。本当にお手柄です。
今日もよろしくお願いしますね。」
にこにこ顔で明るく去っていった。
昨日、網をかけられた後が大変だった。
手にした黒い虫は、クビアカツヤカミキリだとわかると、虫を入れるケースや空瓶がないか探し、結局なかったので、ジップロックにいれることになった。
その間、道行く人に変質者のように思われながら、網がかかった状態で放置された。
さらに、個体の写真を撮ると言って、網の中で撮らされた。
赤みを帯びたキウツボホコリは、フラスと呼ばれるもので、クビアカツヤカミキリの食べかすや排泄物のようなものだった。成虫が出てくるには早い時期で、暖かい日が続いたので、ボケたものがいたのだろうという話をしていたが、本当はどうかわからない。
その後、県と市に報告して、片づけて会社に帰ってきたら、なんだか大騒ぎになっていた。
実は、そのとき、守る会でパトロールしている人が変質者みたいなのがいると聞いて、確認しに来たんだ。虫を逃がさないために網をかけられただけだと言ったら、笑われてしまった。
クビアカツヤカミキリのことを知って、みんな心配しているからと、守る会の主要メンバーに電話していた。きっと、そこで情報が拡散したんだ。
市から、「被害状況がわかるか」とか
県の研究センターから、「捕まえた個体を提供してもらえないか」とか
河川改修工事を受注している県の土木事務所からも問い合わせがあった。
観光産業の影響を考えると、急いだほうが良いとのことで、翌日、集まれる人たちだけでも現場確認をしようということになった。
いつの間にか、僕も一緒に行くことになっていた。
もう、昨日は、本気でインターネットで対策を検索してしまった。
まだ、どこも対策は手探りだから、詳しい本などない。
今日も、行く前にパソコンを見て事前学習だ。言っていることが理解できないと話においていかれるからね。
ちょうど対策をパソコンで検索していたら、田中先輩から声をかけられた。
「鈴木。今、社長と話してきたんだけどな、今日、県の研究センターが防除網等をもってくると言っていたから、うちからも適当なのを積み込んでおいてくれ。何枚か提供するかもしれない。」
「無料で、ということですか?」
田中先輩が頷いた。
「対策のデモをするかもしれないと言っていた。よく見て、やり方覚えるんだぞ。研究センターの人が『誰かやってみますか』と言ったら、積極的にいくんだぞ。」
わかりました!
技を盗むんですね。
田中先輩はパソコンの画面を指さすと、
「このタイプの網で、目の細かいもので大きくて長いのを探して、積み込んでおくようにな。ついでにロープとか、一式な。」
なんだか不謹慎だけど嬉しい。
わくわくするというか、日枝さんもこんな気持ちなのかな。
僕も御機嫌だ。
新しいもの、新しい仕事に触れるって、こんな感じなのかな。