第63話 菅原さんは忙しい。①
カラスの騒動が落ち着いた頃、外での作業を終え、会社に戻ると、鳥獣保護管理員の菅原さんが訪ねて来ていた。
どこかの帰りなのかな? 作業着を着ている。
「やぁ。少し休憩させてもらっているよ。もう、本当に疲れてしまってね。」
と大袈裟にため息を吐き、にこやかに笑う。
「鈴木さんとは今年はじめてだね。明けましておめでとうごさいます。今年もよろしくお願いします。」
立ち上がって挨拶をする。
「こちらこそ、明けましておめでとうごさいます。今年もよろしくお願いします。」
僕も慌てて頭を下げた。
菅原さんの足下には金属性のゲージがある。ワナみたいだ。上にコートを被せてある。何かいるのかな。
「箱ワナですか?」
「違う、違う。ほら。」
コートを少しずつずらすと、中にはフクロウがいた。
「え! フクロウですか。僕、フクロウを初めて見ました。野鳥ですか。」
「そう。確かに留鳥はあまり見かけないけど、この辺りにも渡りは来ているよ。今年に巣立った個体かな? 小さいね。行き倒れて踞っていたみたいで、通報があったんだ。」
「行き倒れ? それで捕獲したんですか?」
菅原さんは違うと首を横に振る。
「今日は捕獲ではなくて、診療が終わったから引き取ってきたんだ。ほら、環境事務所が野鳥の診療のルートを持っているでしょ。それだよ。今回は鳥獣保護支援センターだったから遠かった。時間がかかってしまったよ。」
「へぇ。鳥獣保護支援センターですか。」
都道府県によってやり方は違うが、野生動物を診療してくれるサービスがある。鳥獣保護支援センターは、県がNPOに委託して運営している施設で、野生動物の診療のほか、県内で唯一、野生に復帰できない野生動物の飼育をしている。
「そこで高病原性鳥インフルエンザの検査をしたんだよ。こういうときは、センターに持って行くんだ。指定された動物病院に持っていく方法もあるけどペットから感染拡大させちゃうからね。」
「結局、怪我か何かだったんですか。フクロウ。」
「いやいや。だから、行き倒れだよ。行き倒れ。空腹でフラフラになって蹲っていたんだ。狩りがまだまだ下手くそなんだろうな。まったく、人騒がせだ。」
フクロウも行き倒れるんだ。はじめて知った。
「この間のカラスの件があったから、今年は通報が多いんだ。弱っている猛禽類だから、マズイと思って、捕獲したその足で鳥獣保護支援センターに行ったよ。本当に陰性で良かった。だけど、もうセンターもいっぱいだから、放鳥までの数日預かってくれって頼まれちゃってね。少し体力ついた来週あたりに、放鳥する予定なんだよ。」
鳥獣保護支援センターは常に満床だ。そもそも野生に復帰できないものしか預かっていないから、減らないんだ。だから、短期間で野生に帰すものは、保護した鳥獣保護管理員にそのまま放鳥までの保護を頼んでしまうらしい。専門家だし、そうすれば放鳥も鳥獣保護管理員にやってもらえるからだ。
田中先輩がコートを少しだけめくり、隙間からゲージの中を覗き込んでいる。
「本当にフクロウなんですね。今は対応レベルはいくつになんですか。」
「鳥インフルの? 現在の対応レベルは3だよ。だから、ほとんどの猛禽類は一羽でもいたら検査対象だ。死んだ個体は役所の職員が回収してくれるけど、生きているのは危ないからね。特に猛禽類は慣れている人でも危ない。だから、私たちが頼まれるんだよ。」
野鳥の高病原性鳥インフルエンザ検査については、環境省がどの鳥が何羽、死んでいたら検査するのかを定めている。レベルごとに決められ、そのレベルは国内の発生状況によって変わる。猛禽類は感染して弱った鳥を捕食している可能性があるから、どのレベルでも他の鳥より少ない羽数で設定されている。
「野鳥の死因は感染症だけじゃないんだよ。なのにテレビで話題になると、みんな気にするから、凄く通報が増えるんだ。もう、たいへんだ。でも、フクロウは命拾いしたね。」
菅原さんはゲージを優しくトントンと叩く。
そして、菅原さんは僕らに向き直った。
「フクロウに気を取られて忘れるところだった。今日はね。相談があったんだ。私の手には余るんだ。引き受けてくれると嬉しい。」
やはり、ただ、休憩しに来ただわけではないと思いました。それにしても。菅原さんか手に余るって、どんなことだろう。なんか凄く怖い。
「菅原さんの手に余るって何ですか。怖いな。」
田中先輩も同意見です。
「二人ともそんな構えないでください。ただの下草刈りだから。」
菅原さんは、にこやかに話を進める。
菅原さんの相談は、昨年、火災があった白瀬上沼付近の下草刈りだった。
あのボヤで、白瀬上沼一帯のヨシ原のほとんどが焼けてしまった。有難いことに、ヨシに寄生する害虫の駆除はできたが、周りの農地で虫の被害が出た。
そこで、上沼と農地をハッキリ分けるために境界の下草を刈り、虫が簡単に農地に移動して来ないようにする。防波堤みたいなものだ。加えて、枯れて乾燥した下草を刈るので、火災防止にもなる。どちらかと言えば、こちらがメインだ。
実際は半分くらいが耕作放棄地になっているから草が伸び放題で、重労働だ。湿地のため重機は入らないから広範囲を手作業で行わなければならない。隣接する下沼が田畑の水源になっているから除草剤は使えない。一方で、地元の農家は高齢者ばかりだ。散々話し合い、結局、自分達ではやらず、お金を出し合って誰かに頼もうという話になった。
「初めは、地元の若い連中で何日かかけて片付けようかっていう案もあったらしい。ただ、若い連中って言っても毎回ってわけにもいかない。まあ、いろいろ検討した結果みたいだよ。」
「それでうちに?」
菅原さんは頷く。
「それともう一つ、専門の会社にお願いした方が良いという話になったのにはね、理由があるんだ。」
菅原さんは前のめりになり、いたずらに成功したような顔で囁く。
「実はね。・・・。ワニがいるらしいんだ。」
「「ワ、ワニ!?」」
田中先輩とハモってしまった。
なぜ、ワニがいるの?
ここ日本よ。
「私も信じられないんだけどね。子どもたちが水路でワニを見かけた。皮膚の感じがワニだったと言っているらしい。だから、誰かがペットを放したか・・・。下沼にうじゃうじゃいるカメの仲間で・・・。」
田中先輩と菅原さんの目があい、頷きあっている。そして、声がそろった。
「「カミツキガメ。」」
カミツキガメ?
あのガメラのような見た目のすんごい狂暴なヤツ?
そういえば、白瀬上沼と隣接している白瀬下沼は外来ガメがうじゃうじゃいた。とくに、ミシシッピアカミミガメは蓮を枯らした原因と疑われたくらいだ。
プルルルル。プルルルル♪
プルルルル。プルルルル♪
一瞬の沈黙の後、菅原さんの電話が鳴った。




