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第62話 掬佑くんのママ②

掬佑くんのママ視点です

久しぶりに会った息子きくは、また少し背が伸び逞しくなっていた。


「ウズラが死んでしまって残念だったね。」と伝えると、少し涙ぐみながら、庭の一番奥に石が積まれているウズラの墓に案内してくれた。

ビイィと名前をつけたらしい。

死因ははっきりしないが、季節外れの羽化に冬の寒さ、仲間がいないストレスに、寒くても仲間と暖めあえなかったことなど、やはり自然の摂理に反して自分が羽化させてしまったのが原因かもしれないと、どこか自分を責めているようだった。


ビイィの墓は、改修を予定している古い家屋の目の前にあった。家屋は夫から聞いていたとおり、1階は倉庫として使っており、それなりにきれいにしてあったが、2階は手入れもされず、埃まみれだ。改修案では、畳の部屋はフローリングにして、壁の一部は取り払い、部屋を広く使うとのことだった。


これは確かに一千万円かかるかもしれない。

むしろ、一千万円で済むのか疑問だ。柱など一部が朽ちたようになっている。シロアリがいたら最悪だ。もう、いっそのこと建て直したい。

「うーん。」と悩みながら、その家を見上げ、確認しながらゆっくり一周回る。

息子きくも、一緒について来て「お金かかるし、ウズラも死んじゃったし、パパには僕は大丈夫だよって言ったんだけど。」と私の顔色をうかがうように呟く。


突然、息子が走り出した。


「シロ!!」


大きな声で叫び、庭に迷い込んだ犬を捕まえに行く。

店の客が連れてきた犬が迷い込んだんだ。

そして、クンクンしながら歩いている犬のリードを掴み、引き寄せて首輪をつかむと、キクはぐぃっと引っぱりあげた。

『ぐぇっ』

なんで?って顔をした犬が白目を剥き、息子を見る。


「シロ! ダメだろ。ここはビイィのお墓があるんだ。今、鼻で石をひっくり返そうとしただろ。そういう行為を死者への冒涜と言うんだ。」


犬は、何を言われているかわからないって顔をしている。

キクはその犬にお座りさせ、両手での顔をムギュッと挟むと、説教をし始めた。

『やばい』と思った犬が、何気に逃げ出そうとするが、つかさず首輪をギュッと引っ張り、強制的に大人しくさせる。

息子は言葉のわからぬ犬を、真剣に叱っている。


「キク・・・。それ、犬だし・・・。」

「ママは黙ってて!」


驚いた。

キクにこんな一面があるとは。

犬はヤバイ奴に捕まったという顔をしている。

そして、助けてほしそうな目で、私を見る。

・・・。


・・・。


『ぶぷぅぅ。』


音とともに言葉では表現できない臭いがあたりに漂う。

うわっ。臭っさ。

犬がオナラをしたんだ。

何を食べているんだと思うほど臭い。


犬は立ち上がり、その匂いのする後ろを見て、その場でぐるりと一周まわって誰もいないの確認してから、キクを見た。

お前だろっと疑うような目だ。


「シロ、僕じゃないだろ。自分のオナラだろ。人のせいにするなよ。」

犬は僕は騙されないぞという顔で、なおも息子をじとっと見ている。

「僕じゃない!」


「フフ。はははははっ。」

なんだか、とても可笑しい。


「フフ。キク、この犬はどこの犬なの?」

「よく来るお客さんで、川中さんが飼っている犬だよ。いたずら好きで、良く逃げ出すんだ。きっと、今、店に来ているよ。」

キクと一緒に店に戻ると、案の定、そこに飼い主がいた。

外にある柵にリードを括りつけて店に入る。


「いやぁ。すみません。家にいるときは大人しいんですがね。外にでるといつも元気で。」

義父が「いえいえ。」と言って営業スマイルで答えている。

「私はここの酒粕が好きでね。昨年は売り切れてしまったから、まだ、残っているかなぁと思ってきたんです。ここのは柔らかくてふわふわしているんですよね。」

私が息子の嫁だと知っているのか、私と義父を交互に見ながら説明するように話す。

「ありがとうございます。実は、知り合いの茶道の先生から酒粕で甘酒を作りたいからって要望を受けて、ふわふわに仕上げたのがきっかけなんです。今では、それだけ買っていく人も多いんですよ。」

そういえば義母は茶道をたしなむ。


「シロ!」

キクの声に、店の外に目を移す。

杉玉の下の木桶のベンチに座っているカップルに向かって、犬は遊んでほしいと前足を搔くようにバタバタ踊っている。立ち上がって前足を掻き、近づこうとするとピンと張ったリードに引っ張られ『ぐえっ』っとなるので、後ろを振り返り、誰もいないと確認してから、また、立ち上がり前足をバタバタ掻いて『ぐえっ』っと自分の首を締める。それを繰り返し、同じ場所をぐるぐる回転している。


バカなのか?


顔は厳ついのに、なんか面白い犬だ。


「ハスキー犬ですか? 人懐っこいんですね。」

犬嫌いの客でなくて良かった。


つかさず、息子きくが「写真を撮りましょうか」と、何枚か写真を撮ってあげている。最後の一枚には、なぜかちゃっかりシロも映りこんでいる。

リードに引っ張られて、白目をむき出し、般若がムンクの叫びをしたような変な顔になっている。その写真を確認して、女の子は楽しそうにシロの頭を撫でると、シロは尻尾をブンブン、すっかり御機嫌だ。さらに興奮して、女の子に抱きつき、すりすりしながら腰を振ろうとして、キクにリードと首輪をぐいっと引き戻されている。


フフ。なんか可笑しな犬。


最後は、キクとシロが笑顔で手を振って二人を見送っていた。キクは、二人が見えなくなると、シロの頬を両手でムギュッと挟み、「レディに対して、あんなポア~ンとした赤い顔して腰を振っちゃ駄目だろ。それに、はぁ、はぁしすぎ。」なんて注意している。

フフ。なんか面白い。

まるで、本当の掬水酒造の跡取り息子と看板犬のようだ。


夫の言うとおり、この子は、ここで生活するほうが良いのかもしれない。


それにしても、あの二人、写真だけで何も買わないんかい。

なんか、買っていけ!


まぁ、でも、この店も、もっと閑古鳥が鳴いていると思っていたが、それなりに人が来ている。実際に、何年か前に来たときは、そんな閑散とした店だったと思う。

知らない間に少しだけ賑わう店になっていた。

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