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第61話 掬佑くんのママ①

掬佑くんのママ視点です


「1千万円なんて、そんなお金、出せるわけないでしょ!! 何考えてんのよ!」

夫と一週間ぶりに会ったと思ったら、実家の改修工事をすると報告を受けた。


「やっぱり無理か・・・。銀行で融資受けられないか相談するか。」

夫の中では、すでに改修工事をすることは決定事項のようだ。私に相談はなかった。それも気に入らない。

貯金は、息子きくの進学費用や私たちの老後の生活のためのものだ。夫の実家を復興するためのものじゃない。

ふざけんな!


「なんでそんな話になってんのよ。わかってる? 融資って借金だよ。借金!」

夫はしょんぼりして大きく息を吐くと

「わかっているよ。」と呟いた。

また、だんまりか。

夫は、強く言い返されたり、面倒くさくなるとすぐ黙る。


「この間、キクがウズラを飼いたいって言って、母さんと喧嘩したんだ。あの母さんにクソババァなんて言うんだ。凄いだろ。それで、それで、母さんが折れて、ずいぶん昔、住み込みで従業員が住んでいた古い建物があるんだけど、そこでなら母屋から離れているし、ウズラを飼っていいって。キクがウズラ抱きながら走りまわって喜んだんだ。駄目だなんて言えないだろ。まぁ、結局、ウズラは死んじゃったんだけどね。」

ウズラは死んじゃったの?

「じゃあ。改修する必要ないじゃない。」

「そうなんだ。そうなんだけど・・・・。」

夫は少し俯くように黙る。そして、誤魔化すようにズズッとお茶をすすった。

もう、ハッキリ言いなさいよ。

イライラする。


「ママは最近どうなの? 仕事、忙しい? こちらの生活は変わりない?」

夫は話すことを諦めたように話題を変えた。

はぁ。またかよ。

イラっとした。


そして、真面目に答えるのもイライラしそうだ。適当に流すか、どうしようか。


実は、この前、息子きくのクラスメイトだった女の子たちが、家に訪ねてきた。

学校外の塾でも嫌がらせを受けたこともあり、転校先は知られたくないので、学校には積極的に転校したことを皆に伝えないでほしいとお願いしていた。いじめのことを学校だけでなく、教育委員会に相談していたこともあり、「こんな対応が続けば、次は法的な手段しかないと考えているんですよ。」とやんわり脅した。

だから、その子たちは転校したことは知らず、今もキクは家にいて不登校のままだと思って来たらしい。


女の子たちは、まるで何かのイベントに参加するように何人かでワサワサと、おしゃべりしながらダラダラ歩いて来た。一人の子が仕切っている。きっと彼女が言い出したのだろう。

何しに来たんだ。

謝罪の言葉も反省している様子もなく、さも、自分たちはキクの味方のような顔をして、さも、心配してると言って、まるで親しい友人の家にでも遊びにでも来たような様子だ。


ああ。この子たちは、気づいていないんだ。

自分が猛くんと同じだってことに。

だから、悪気なく知らん顔をしていられる。


あなたたちも、キクを皆で仲間はずれにし、無視し、嫌がることを平気で言い、言いがかりをつけ、執拗にからかった。主犯でなければ罪はないと思っているのか。お前達は、その仲間なのに、自分たちはまるでその中にはいなかったかのように振舞っている。

猛くんのように直接的ではない。だけど、それに便乗し、徒党を組んでいたあなた達も仲間だ。一緒になって追い詰めたんだ。それなのに、さも、自分は違うって顔をしている。


無性に腹が立った。


いじめのあったクラスは、全体的に内申点が低くなると聞く。いじめは誰が一人と言うより、クラスの全体の雰囲気が作り出すことが多いからだ。

きっと、この娘たちは、翌日、学校に行ったら、先生に「心配だったからみんなで様子を見に行きました。」なんて笑顔で報告するんだ。

そして”自分たちはいじめた側ではない、いい子です”と大人にアピールをするんだ。


腹が立つ。

ああ、腹が立つ。

誰もが自分のことばかり。


私は歯をギギッと食いしばり、顔をしかめた。

「どうしたの? 」

夫がお茶を差し出しながら、私の顔を伺う。


「・・・。なんでもない。」

今は、のほほんとした夫の顔を見ても腹が立つ。


「ママ。やっぱり引っ越さないか。」

「だから、無理だって言ってるでしょ。あそこからは通えない。会社辞めろって言うの!?」

思わず、大きな声で怒鳴ってしまった。

夫の実家は駅からも距離がある。今の会社はとてもじゃないけど通えない。それに加えて義理の親と同居なんて、まっぴらだ。


「違うよ。違う。ママの会社の近くにさ。ここより小さな部屋にして。そうしたら家賃も安くなるだろ。これから、ローンも返さないといけなくなるから。」

夫は慌てて否定した。


「だから、改修工事は必要なくなったんでしょ。」


「そうなんだけどさ。そうなんだけど・・・。」

珍しく夫は譲ろうとしない。意を決したように、顔をあげて私と向きあった。


「あのさ。ウズラが死んだとき、キク、泣いたんだ。もう大泣き。わぁんわぁんと。あんなに声をあげて泣いたところを見たのは久しぶりで、もう、ずいぶん久しぶりで。あの子はいつも良い子で、親にも気を使って我慢して・・・。前の学校でいろいろあった時でさえ、泣かずに、どんどん顔色悪く無口になっていっただけだったろ。それなのに、わぁんわぁん声をあげて大泣きしたんだ。泣いた顔がさ、もう、ぐしゃぐしゃ。真っ赤で。もう、本当に真っ赤で。それを見たらさ。なんだか、嬉しくなっちゃって。キクがだんだん人に戻ってきたように感じたんだ。息子が戻って来たって。それに、あの母にクソババァなんて言うくらい、ウズラを飼いたいって言うんだ。そんな我が儘なんて言ったことなかっただろ。」


「だから何よ。」

まったく、言いたいことがわからない。


「キクは、このまましばらく実家むこうで暮らした方が良いと思っている。学校にもきちんと通えている。これから高校受験もあるし、環境も整えたい。だから、その家を改修したい。あの子の居場所をきちんと作りたいんだ。」


夫は夫なりに息子のことを考えていたようだ。


実は、借金をしなくても、改修費用はだせる。夫婦共働きだし、息子の進学費用としてコツコツ貯めていた。息子は中学受験を勧められるほど成績が良く、中学受験はしなかったけど、将来、留学なんて話になるかもしれない。そのとき、お金がないことを理由に断念させたくないと無駄遣いせず貯めていたのだ。


それにしても1千万円かぁ。

高くつくなぁ。


「あとさ。あの、ママさ。定年退職後でいいんだけどさ。店を手伝わないか。」

「実家の酒屋のこと?」

夫は静かに微笑む。


「さほど儲かる店じゃないけど、きっと、君はしっかり者だし、良い女将になると思う。それに凄く良い場所なんだ。」

そして、夫は機嫌を伺うように、私の顔を覗き込む。

「退職後のことだから先の話だけど、同居なんて嫌だろ。できれば、家は別にしたいだろ?」


どうやら、夫はなにがなんでも改修工事をしたいらしい。

確かに、転校してから、キクの顔色はよくなった。

少し身長が伸び、日に焼け、たくましくなった印象だ。


はぁ。仕方ない。

今週末はキクの様子を見に、夫の実家に顔をだそう。まずは、その古い建物を見てからだ。


それにしても1千万円かぁ。

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