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第60話 ウズラ④

翌日、平日なのに、掬佑くんが庭に座り込んで、下を向いて微動だにしない。学校で何かあったのかな。心配になって話しかけようか迷っていると、掬佑くんのパパが彼の隣に座り込み、肩を引き寄せ抱きしめた。


やっぱり何かあったんだな。


視線を反らして仕事に戻り、彼の様子を気にしながらも、黙々と作業する。


「ウズラ、死んだんだってよ。」


田中先輩が、どこからか情報を仕入れて来て教えてくれた。

「朝、起きたら布団の中で死んでたんだって。掬佑

くんが、自分が寝返り打ったときに潰してしまったんだってショックを受けて、『どうしよう、どうしよう。』って、もうパニックだったんだって。ウズラ抱いてワァンワァン大泣きして大変だったらしい。今、少し落ち着いたようだけど。」

言われてみれば目も腫れている。

可愛がっていたからな。

自分で潰して殺したと思ったら、とてもショックだろう。

ああ。また、泣きだしちゃったよ。


「血染みはなかったと聞いたから、実際に圧迫死だったかは、わかんねぇけどな。どちらにしろ、ショックだろ?」

僕は頷く。

ショックだよ。僕なら立ち直れない。

でも、圧迫死でないなら、話してあげたらいいのに。自分のせいじゃないと思えれば、少し気は楽になるんじゃないかな。

「布団の中というか、親がわりの彼の傍に寄り添ったままの状態で死んだのかもしれない。冬の夜は寒い。季節外れの羽化に、慣れない手探りの飼育、親や仲間がいないストレス、日中はその親がわりの彼もいない。原因はハッキリしないけどな。鳥も人間と同じように突然死があるんだよ。」

どちらにしろ、掬佑くんが自分を責めそうな理由なんだな。


「もし、この間のカラスが陽性で、この地域で高病原性鳥インフルエンザがでたらウズラも殺処分しなきゃなんなかったかもしれない。自分が殺してしまうくらいなら、彼の心情的としては殺処分の方がマシだったのかもな。養鶏農家が泣くから、そんなことは絶対に起きて欲しくないけどよ。本当にカラスが陰性で良かったよ。」


「え゛? 今、僕、カラスとウズラが結びつかなかった。高病原性鳥インフルエンザがでたら、なんでウズラが殺処分しなきゃ駄目なんですか?」


何故、高病原性鳥インフルエンザでウズラが殺処分になるんだ? 確かに鳥だけど、ペットだよ。


「ウズラって家禽(かきん)だろ。本来なら一羽でも届出が必要な鳥だ。まあ、発見されたのが野鳥(カラス)だけなら直ぐに殺処分って話にゃならないけど、農家ででたら一発だろ。」


「え? ウズラって届出しないといけないんですか。いつからですか?」


田中先輩は驚いた顔をして僕に向き直り

「お前、何言ってるんだ。この前、鳥インフルエンザの勉強したばかりだろ。」


野鳥で高病原性鳥インフルエンザがでると、役所が指定された区域で届出のある養鶏施設に一斉に調査が入る。その区域内の施設で一羽でも陽性がいたら、家禽の全頭殺処分が始まる。確かに調査する養鶏施設の羽数に下限はない。そして、一斉に出荷停止やら区域外への移動禁止等の規制が始まる。期間は殺処分終了後から約1か月だ。曲者なのは作業終了後からというところだ。役所の作業が遅れれば規制も長引く。そして、五月雨式に複数の養鶏施設で陽性が判明すると、もう出荷は絶望的だ。


「えぇ~。だって、ウズラはウズラでも、ビイィはペットですよ。ペット。愛玩動物です。まだ、卵を産んでませんし、それなのに家畜に入れちゃうんですか。家禽の仲間ってだけで殺すなんてかわいそうです。」


「だったら、何羽からペットでなくて家禽になんだ。養鶏って言っても、地鶏や烏骨鶏なんか、小規模農家ばかりだぞ。まぁ。実際には指定された養鶏施設以外は強制的に殺処分されないけどよ。区域内の施設は卵も肉も出荷停止になるんだ。」


高病原性鳥インフルエンザが発生すると、真っ白な感染症対策のつなぎを来た役所の職員が、大勢で養鶏場に向かう姿がテレビに映し出される。頭まですっぽりフードをかぶり、医療関係者が着けるようなマスクをして、殺処分を行う象徴的なシーンだ。それを映しながら、アナウンサーは何万羽が殺処分される予定だとか、損失はいくらだとか粛々と語る。

その一羽にこのウズラが入るのか。なんだか釈然としない。

それに、あれを見ていると、なんだか見ていられない気持ちになる。殺処分された何万羽の死骸は役所が持ち帰るんじゃない。その養鶏施設に埋めるんだ。埋めた土地の上で養鶏なんかできないでしょ。役所は法律上も衛生上も問題ありませんって言うけど、現実(りある)にできないよ。農家の気持ちを考えるとやりきれない。

アウトブレイクという言葉は知っているけど、全頭殺処分って、本当に必要なのかな、しなきゃいけないのかなって、いつも考えてしまうんだ。なんだか大々的に名前が出てしまうから、その後も感染が出た地域として、卵や肉がなかなか売れないんだ。



向こうでは、掬佑くんが廃人のように呆然と座り、ときどきぐずぐずと鼻をすすっている。

「ビイィには仲間は僕しかいなかった。親も兄弟もいない。僕が学校に行っている間は一人待つだけだったんだ。なのに・・・。」

いろんな後悔が彼に襲いかかってり、下を向いて耐えしのんでいる。


なんとなく、そのまま放っておけなくて、何もできないけど、できるだけ庭で作業をした。

落葉がなくなった庭は殺風景だ。ときどき乾いた冷たい風が吹き抜け、いっそう寒さを感じる。

しばらく彼はじっと座っていたが、風邪をひくからとパパに促され、昼前には母屋の中に戻って行った。


びゅうっと風が吹くたび、砂ぼこりが巻き上がる。

「は、くしゅん!」

まだまだ春は遠い。僕は鼻をすすり上げた。

「きちんとファスナー締めろ。まったく。」

田中先輩が僕の防寒着のファスナーをぐいっと上げ、バンバンと洗濯物を干すように引っ張る。

「は、は、くしゅん!」

「きったねぇな。鼻をかめ。ほら。もう、タオルも巻け。お前、ワンシーズンに何回風邪をひいているんだ。免疫機能はないのか。」

首のタオルを防寒着との隙間にぐいぐい詰め込まれる。先輩は僕の親鳥のようだ。

だからなのか、悲しまないといけないはずなのに、僕は少しだけ暖かい気持ちになっていた。

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