第59話 ウズラ③
「いやぁ~。ありがとうございます。さっそく手配していただいて。」
掬祐くんのお祖父さんが、嬉しそうに木山さんに頭を下げている。木山さんは恐縮しながら「そんな、あの、仕事ですから。」と同じように恐縮して頭を下げている。
現在、倉庫として使っている建物を改修して、息子家族が住む予定だ。その建物は古くボロボロだけど、しばらく残すことになったので、少し高さのある庭木を母屋との間に植えることになった。お茶室が上手く作れたら、やはり客に見せる可能性かまあるから、雰囲気を壊さないため目隠しする。
お礼はその庭木に対するものだ。
樹種をお祖父さんの望むクロモジにしたんだ。
「クロモジは、ある程度育ったところで、中心の幹を切ると横に広がりますから、目隠しにちょうど良いでしょう。それに、茶道の茶花にも重宝しますので、女将さんが喜ぶでしょう。」
「そうですね。そうですね。」
木山さんの説明に御機嫌でうんうん頷いている。
良かったですね。
クロモジの紅葉はイチョウのような黄色で、鮮やかなのに味があるというか、風流だ。茶花の枝ものとしても映える。他より少し早めに色づくのも良い。
だから、勝手に枝を切ると、きっと女将さんに叱られますよ。気をつけてください。
「雌雄を植えましたので、きっと実もなります。食べても良いですが美味しくないですよ。」
へぇ。雌雄がある木なんだ。
「葉は、お茶で楽しむ方もいますが、お勧めは入浴剤です。抗炎症作用のある成分があると言われているんです。だから、独特な香りというか、なんというか、口にいれるのは好き嫌いが分かれます。」
クロモジの樹皮や葉には、抗炎症作用がある成分が含まれ、お茶で飲めば胃腸や喉の炎症に効き、入浴剤にすれは、皮膚炎や水虫に効くという。昔の人は、そんなこと知らないだろうに、よく楊枝にしようと思ったなぁ。
掬祐くんのお祖父さんは「へぇ~。」「ほぉ。」
と感心しながら聞いている。
この人、絶対に試しそうだな。
向こうでは、掬佑くんがウズラを散歩させている。
散歩というより、ウズラが彼の後をついて回っている感じだ。ときどき、ウズラが余所見をして距離があくと、急いでバタバタバタバタとダッシュして掬佑くんに追い付く。なんだか可愛いい。
すでに走り方はキジ科の鳥だ。タッタッタッタッ、アニメにでてきそうな歩き方で、楽しくなる。
まだ、雛だから、ときどきコテンと転ぶのも可愛いい。
「やぁ。ウズラ、しっかりしてきたね。名前はつけたの?」
「うん。ビイィにしたんだ。」
「ビイィ? なんだか蜂のようだね。」
掬佑くんはウズラを見て困ったように笑うと
「本当はもっとカッコ良い名前にしたかったんだけど、お祖母ちゃんが、『ビイビィ、ビイビィ煩いねぇ』ってしょっちゅう言うから、ビイィが自分の名前だって思っちゃったんだ。僕が学校に行った後、寂しいのか、ビイビィ凄く鳴くんだって。」
ウズラにとっては鳴き声は飼い主との大事なコミュニケーション方法だ。お腹がすいた、鳥籠の中が汚い、遊んでほしい・・・。その度に飼い主に訴えるように鳴く。まるで人間の赤ちゃんのようだ。
「おまけに細く切った新聞紙とか、ザッザッって足で蹴りあげて散らかすから、畳が凄い状態になっていて、学校から帰るといつも僕が叱られるんだ。」
「ハハハハハッ。」
むくれた顔をする彼に、田中先輩は面白そうに声をあげて笑った。
「ハハハ。思っていたより、ずぅっと、生きものを飼うのはたいへんだろう?」
彼は素直に頷くと、両手でウズラを抱き上げて頬擦りする。
「凄くたいへんだけど、可愛いいんだ。親もいないし、この子には僕だけだ。だから頑張らないと。」
ウズラを自分の顔の前に持って来て見つめ合う。
キョトンとした目が可愛いい。
「僕、こんなに鳥って懐くと思わなかった。本当に懐くんだよ。僕が学校から帰って来たときの喜びようったら凄いんだ。猛ダッシュ。ダダダダダダって。人間みたいに感情があって、淋しがり屋だし、とても甘えん坊で、未だに、夜、布団に潜り込んでくるんだ。拗ねると足でザッザッザッザって砂を撒き散らして、嫌になっちゃうこともあるけど、でも、ペットを家族だって言う人の気持ちが良くわかる。本当に家族なんだ。」
ウズラも君を親だと思っているから、姿が見えないと不安に感じているんだ。だから、きっと顔を見かけたら、はぐれないように猛ダッシュしてくるんだよ。
「そうだ。田中さんに会ったら、ウズラを飼う上での注意事項を聞こうと思っていたんだ。図書館にもウズラの飼い方が書いてある本があまりなくて。」
「うーん。注意事項ねぇ。・・・。」
腕組をし、少し考えこむ。
「まずは砂だな。ウズラは水浴びをしないかわりに、砂浴びするんだ。新聞紙じゃ駄目だ。ストレス解消にもなるみたいだから砂場を作らないとな。ペットショップで専用の砂を買うんだぞ。消化を助けるためにその砂を食べるから、固まり易いのとかは駄目だ。あと・・・、ほら、意外に綺麗好きなんだ。ゲージの中や砂は小まめに掃除した方がいい。それと・・・。」
田中先輩が悩みながらも、次々、挙げていく。
「ちょっと、ちょっと待って。今、書くもの持ってくる。」
彼は、慌てて母屋に走って行く。
もちろん、その後ろを、脇目もふらず必死に、ビイィがダダタダッと猛ダッシュしてついて行った。




