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第58話 ウズラ②

「おばぁちゃん、お願いだよ。部活のメンバーにも聞いたんだけど、皆、別のペットがいて飼えないって言うんだ。学校で飼っちゃダメかって、先生にもお願いしたんだけど、父兄が鳥インフルエンザとか、感染症を気にするからダメだって。ね、ねぇ。」

掬佑くんが、女将さんのあとを追いまわしている。

「しっかり、僕が面倒を見るから。ね。きちんと世話するから。お願いだよ。」

孵化したウズラを飼いたいって、女将さんに頼みこんでいる。

「まったく、私をクソばばぁって言ったのは誰だろうね。同じ口でお願いされてもねぇ。信用できないねぇ。私はクソばばぁだからね。」

冷たく言い放つ女将さんの言葉に、掬佑くんが固まる。

あぁ、この顔は後悔してるよ。

確かに『クソばはぁ』は良くなかった。


掬佑くんがチラリとこちらを向いた。

ん。何か嫌な予感・・・。


「ねぇ。ねぇ。鳥は苦手?飼ってみたいと思わない? ウズラなんだけど、凄く、凄く可愛いんだ。」

そんな必死にすがるような目で見ないでくれ。心が揺れる。でも、僕は飼えないんだ。

「動物は好きだけど、うちはアパートなんだ。ごめんよ。」

露骨に肩を落とす。


「お。頑張ってるな。飼い主さがしか。見つかりそうか。」

田中先輩の問いに、彼は首を横に振る。

「部活、生物部だから、皆、動物は好きなんだけど難しくて。同じ学年は僕と二人で、その一人は昆虫好きなんだ。昆虫を鳥に食べられるから嫌だって。先輩方にも断られて。学校で飼えないかって先生に聞いたんだけど、PTAが感染症とか五月蝿(うるさ)いんだって。鳥インフルエンザって、人に感染するのはまれなんだよ。ただの思い込みだよ。風評被害だ。そう思うでしょ。」

その思い込みをしてしまった僕は、恥ずかしくて何も言えない。

田中先輩が笑いを堪えているよ。


「誰か、飼えそうな人知らないですか。本当に可愛いいんです。夜、寒いでしょ。朝、起きると、僕に寄り添って眠っているときがあって、昨日なんか、肩のあたりだよ。僕、寝ぼけて頬擦りしちゃった。それに、甘えん坊で、長い時間一人ぼっちにしてしまうとビイビイ寂しくて鳴くんです。人懐っこくて・・・。」

君が可愛がっていることは、よくわかるよ。


「いやぁ。俺の知人で飼っている人もいるが、家禽として飼っているからな。鶏舎に入れられ、下手したら食べられちゃうぞ。それでいいなら・・・。」

それはまずいでしょ。

掬佑くんの顔が引き攣っているよ。


今度は木山さんをチラリと見る。

木山さんは手を振って、無理無理って言っている。

もう、必死だね。


「もう一度、女将さんに頼んでごらん。」

「でも、クソばばあって言ったこと根に持っているんだ。聞いてもくれない。」

田中先輩は腕組みし、いかにも考えている仕草をしながら、

「そうかぁ。俺なら、正攻法でダメなら、周りから攻めるけどな。例えば、お祖父ちゃんとか、お父さんとか・・・。」

ニンマリと意地の悪そうな顔をすると、少年の顔がぱぁっと明るくなる。

「頼んでみる。」

そうだ。頑張れ!


その数日後から、掬水酒造の男衆が女将さんを執拗に追いかけまわす姿を見るようになった。

いつも良い子の掬佑くんの頼みだ。一肌脱ぎたくなる気持ちはわかる。

僕らも、当然、影ながら掬佑くんの応援している。


「母さん、いいだろ。キクは、今まで一度だって我が儘なんて言ったことない。頼むよ。成績だって良いし、しっかりしている。きちんと世話させるから・・・。ねぇ。母さん。ねぇ。」

「ああぁ、やだやだ。親子で頼み方まで似ちまって。お前の父親まで頼み方がそっくりだ。まったく。三つ子かと思うよ。わかっているかい?うちは酒を作ってるんだよ。お前は食品を扱うってことをわかってないんじゃないかい。衛生管理は基本なんだよ。本当にわかっているかい? それとも、この仕事を舐めてんのかい?」

パパさんが叱られてシュンとする。

それでも諦めきれず、女将さんの顔色を伺う。


「ああ。もう。」

女将さんが大きく振り返った。

「ほら、彼処にボロ家があるだろ。昔、従業員が住んでいた。一階を倉庫に使っているあの建物だよ。」

「え? ああ。」

「少し改修すれば、また住めると思うんだよ。あんた達、いつまで仮住まいってわけにもいかないだろ。キクの受験勉強もあるしね。改修したらお前達の家だ。蔵からも母屋からも離れているし、その中で飼うなら何も言わないよ。勝手に飼いな。」


パパさんの顔がほころぷ。

「母さん。ありがとう。」

「何言っているんだい? 改修費用はお前がだすんだよ。」


「げっ。」


ついに、少年は勝利を勝ち取ったのである。


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