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第57話 ウズラ①

今日は、掬水酒造に来ている。

茶室を木桶で建てる計画は着々と進み、建てる位置が決まったので、その場所に合わせていくつかの庭木を移設する。また、先日、伐採した梅の木の根も、クビアカツヤカミキリの繁殖が盛んになる春を待たずに抜くことになった。

だから、意外に大仕事になりそうなんだ。



「うるさいんだよ。このクソばばぁ!」


おっ。

びっくりした。

突然の大きな声、掬佑くんの声だ。


へぇ。すんごい良い子そうなのに『クソばばぁ』なんて言うんだ。言いなれていないから、なんとなく可愛いさが抜けてない。やんちゃ坊主が頑張っている感じが微笑ましい。

もしかして、反抗期な感じ? 


ドタドタ、バタンとやたらと音を立て、家を飛び出してきた掬佑くんが、僕らを見つけると、何やら大事そうに箱を抱えてやってくる。箱を少し身体から離して見せるような仕草をするので、田中先輩が箱を覗き込むと、もぞもぞと切り刻んだ新聞紙が動く。


「お。これは・・・。」

さらに覗き込んで、指でちょこちょこ突いてみる。

「ウズラか。もしかして、ウズラの卵を孵したのか? 凄いな。」


「そう。スーパーで買ったウズラの卵だよ。ときどき有精卵があるって聞いたから。お菓子の箱にタオルと新聞紙を入れて、ホットカーペットとか利用しながら、冬休みに孵化させたんだ。」


ひっくり返したり、たいへんだったんだと、掬佑くんは嬉しそうに口角をあげて自慢する。初めて見た時より、身長もちょっと伸び、日にも焼けて、雰囲気が少し変わったというか、前より元気な感じだ。真面目で賢そうな雰囲気は変わってないけど。


「こんなに可愛いのに、おばぁちゃんが飼っちゃだめだっていうんだ。何の感染症を持っているかわからないからって。そんなの人間だって同じじゃないか。なんでダメなんだ。」


田中先輩は嬉しそうに笑い

「ああ。それで喧嘩してたんだね。」

掬佑くんが頷き、それから、箱をつつくと、ウズラが答えるように顔を出す。


ウズラはキジ科の鳥で、大きさは20センチほどで小さく、色は茶色で、見た目は地味だ。「ゴキッチョウ(御吉兆)」と鳴くことから縁起の良い鳥といわれ、中国の古い書物には『ウズラは鳳(凰)である』と書かれているものもあるのだとか。本当かな。確かに鳳凰の姿ってキジ科の鳥っぽい。ウズラに似ていると言われれば似ている。

最近は『鳳凰』に縁があるな。

雌雄の区別がつきにくく、まれに養鶏場に雄が混ざるので、スーパーで販売している卵に有精卵が混ざっていることがあると言われているんだ。だけど、孵化させるのは簡単ではない。掬佑くんが一生懸命に調べて孵したのだろう。


「こんなに寒いのに元気だな。ウズラは寒さに弱い鳥じゃなかったかな。」


彼はよく聞いてくれたとばかりに、ほらっと指さす。箱の中には切り刻んだ新聞紙に隠れて、温かいお湯をいれたペットボトルがタオルにくるまって入っていた。

ウズラは寒がりだ。地面を走ることが得意なキジ科の鳥の中では珍しく、渡りをするという。寒いのが苦手だから暖かい場所に移動するために遠距離を移動するんだ。

特に今年の冬は寒い。今日だって何枚も着込んでいても寒くて、動いていないと身体がぶるぶる震えてくる。


「僕がきちんと飼えるっていっているのに、おばぁちゃんは聞く耳を持たないんだ。酒蔵なのに衛生的じゃない、不潔だって言うんだ。汚くないよ。羽毛がなんだって言うんだ。おじぃちゃんの髪なんか、ウズラよりずっと毛が抜けているじゃないか。先に、おじぃちゃんを何とかしてよ。お風呂なんか、次に入ると激ヤバだよ。恐怖映画のワンシーンみたいで、ヒッ!ってなっちゃうよ。」


イヤ。それは言わないであげて。

君のおじぃちゃんの抜毛は、誰にも、どうにもできない自然の摂理なんだよ。この間、日枝さんとクロモジの話で妙に盛り上がって、木山さんにクロモジを分けてほしいってお願いしていたよ。


「こんなに可愛いのに・・・。」

ウズラはときどき瞼を閉じて、気持ち良さそうな顔をしている。


「ねぇねぇ、田中さん。ウズラって野鳥の1種だよね。この辺にもいるよね。もし、1羽で生活できるほど大きく育ったら、どこかに放しても生きていけるかな。」

すがるような目で訴える。


「ダメだ。」


田中先輩は頭を振り、怖い顔をしてハッキリ答える。


「そんな気持ちなら孵化させちゃいけない。最後まで責任をもって飼えないならペットは飼っちゃいけないんだ。今、君の手の中にいるウズラは野鳥じゃない。」


「でも・・・・・。」


掬佑くんはとても悲しい表情で肩を落とす。


「スーパーで売っているウズラは家禽(かきん)というんだ。(にわとり)と同じで人が飼うための種だ。昔は野生動物だったとしても、交配して家畜としての種になっているから、自然に放してはいけない。そこに生きている在来の鳥に悪い影響を与えてしまう。外来種と同じだ。だから、頑張っておばぁちゃんを説得するか、きちんと飼ってくれる人を探すんだ。」


ウズラは、自分のことを言われているのがわかるのか、箱から顔をだしてキョトンとしている。


「それに放しても死ぬぞ。寒さに弱い鳥だ。今年の冬は寒い。普通なら親から教えてもらう餌の場所や採り方も知らない。君の手の中にいる鳥は野鳥じゃない。ペットのウズラなんだ。」


「じゃぁ、巣から落ちた雛とか、雛を保護して親の変わりに育てたら、野鳥として放しちゃいけないの?」

田中先輩は首を横に振る。

「そもそも雛を人間が保護しちゃいけない。野生動物にとって人間は怖い存在だからね。親が近くにいても、人間が傍にいたり、まるで捕食者のようにじっと見ていては寄ってこない。だけど、意外に隠れて見守っているんだ。だから、保護しちゃ駄目だ。親が雛を諦めてしまわないうちに、人間は立ち去らないといけない。」

「戻って来なかったら? 親が戻って来なかったらどうなるの? 雛、死んじゃうよ。」

「そうだね。死んじゃうんだ。死骸は捕食者に食べられたり、腐って土になる。それも含めて自然なんだよ。」


「・・・。」


少年はなんとも言えない表現をすると、ただ黙ってウズラのいる箱を覗きこんだ。

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