第6話 クビアカツヤカミキリ②
河川敷の桜並木をしばらく歩いた。
日枝さんや田中先輩は、枯れた枝を見つけては、幹回りを確認している。
確かに、なんだか変かもしれない。
結構太い枝が、葉が落ち、枝ごと枯れている。
同じ木なのに、反対側の枝は枯れていない。
今はもっと葉が繁っていていい時期なのに、まるで松くい虫に食われた松のように枯れている。
日枝さんが「衰弱している」と言っていたけど、毎年、桜を見ているから、よくわかる。
一見普通だけど、葉ぶりというのか、瑞々しい勢いのある感じというか、つまり元気がない。
それが1本、2本ではない。
このあたり全部だ。
これは、まずいかも。
僕も僕なりに観察しよう。
ベテラン2人にはかなわないが、役立てるかもしれない。
先輩方の見よう見まねで、枝や幹回りを確認する。
すると、根まわりに見たことがなものを見つけた。
赤みを帯びた「キウツボホコリ」のような、でも、キノコや粘菌にしては、ちょっと固い。
動物のうんちにしては、細いな。
なんの動物だろう?
小動物かな?
真剣に観察していると
「わぉおん!!」
いきなり犬の声がした。
猟犬のような締まった体に、睨みのきいた三白眼、子供なら顔をみただけで泣き出しそうな強面、おまけにデカい。
それがすっごい速いスピードで走って、僕に飛びついてくる。
思わず、避けようとのけ反った。
避けきれなかった。
犬に襲われた。
そう思った。
・・・
何故?
なんだか顔をぺろぺろ舐められている。
犬は頭を低くし、お尻を挙げ、尻尾を勢いよく左右にブンブン
前足を上げ抱きついてくると、また、頭を下げ尻尾をブンブン
なんだろう?
この喜びのダンス?
僕はこの犬を知らないのだけど、なんでこんなに喜んでんだろう?
「鈴木さん!! はぁはぁ。今行くから捕まえておいて!」
飼い主さんは、息を切らしながらやってくる。
「はぁはぁ。鈴木さん。ありがとう。はぁ。いてくれて助かったよ。」
「飼い主は川中さんでしたか。大丈夫ですか?」
川中さんは持ってきた水を飲むと手で大丈夫と合図した。
「ときどきね。シロが運動不足になっちゃうから、河川敷にきて散歩させるのよ。嬉しいんだか、はしゃいじゃって。もう、ぐいぐい引っ張られた上に逃走よ。ホント、鈴木さんいてよかった。」
シロ?
「シロって、シベリアンハスキーでしたよね。」
目の前にいるのは、ドーベルマンのような引き締まった体躯の犬だ。
毛むくじゃらというより、むしろシャープ。
「あぁ。夏になると毛剃っちゃうの。暑いでしょ?はぁはぁしちゃうし。」
シベリアンハスキーって、太っているイメージがあったけど、毛がなくなると、細マッチョなんだな。確かに、この般若の顔にオッズアイはシロかも。
道に寝そべり、背中をよじりよじり、お腹を見せて足も折り曲げ、必死に「遊ぼ」アピールしてくる。
「駄目だよ。シロ。遊んであげられない。仕事中なんだ。」
「くぅーん。」
「ダメダメ。そんな顔しても遊んであげないよ。」
シロは理解したのか、していないのか、自分のそばに来て、先ほどの赤茶けたキウツボホコリをクンクンする。
「シロ、くんくんするな。鼻につくぞ。たぶん、何かのうんちだからな。汚いぞ。」
首輪をぐいっと引っ張る。
シロは不服そうな顔だ。
今度は幹に前足をかけて、くんくんし始める。
その先には、黒光りした2センチくらいの虫がいる。
前足で触ろうと樹皮をかいている。
「虫がかわいそうだろ。シロ。」
僕は、その虫を手でとると、高い枝に移そうとした。
「鈴木さん!ストォーップ!」
へ?
「田中さん、なんでもいい! 網かしてぇ!」
ぶあっさぁーっ。
網が僕の上から被さってくる。
何?
僕は虫じゃないよ。
そばにいたシロは驚いて、パニックになった。
そして逃走した。
あっという間に、遥か彼方に・・・。
川中さんが呆然としている。
川中さん、頑張って。