第56話 キャリアウーマンのタカヨさん③
タカヨさん視点です。
木山くんからクリスマスを一緒に過ごそうと誘われた。
でも、仕事だと断った。
嘘はついていない。実際、若手職員に休みを積極的にとらせ、自分は出勤した。
まだ、心の準備ができてない。恐い。
今、木山くんを失ったら、自分がどんな状況になるか想像できない。
現実と向かい合いたくなかった。
いつまでもこんな中途半端な気持ちではだめだ。
初詣は断らずに行こう。そして、きちんと病気のことを伝えよう。簡単なことだ。
大丈夫。彼は変わらない。逆に気づかってくれる。むしろ、そちらの方が辛いだろう。
そう、大丈夫。ダメでも、また、前と同じ一人に戻るだけだ。仕事に生きれば良い。
正月は彼と一緒に車で初詣に行く約束をした。
車の中だったら、2人きりだし、きちんと話せる。そう思った。そう思ったのに、当日、大雪になったので、車から電車になり、なんだか話すタイミングを失ってしまった。
神社は初詣の客でごった返していた。
こんなに人がいるのに、参道に入ると空気が変わる。
しんしんと降る雪と、見上げれば白く曇った空、ふぅっと吐く息も白く、空気も真っ白に色づいている。静かで、ひんやりとして心地よい。
厳かで美しい。
「寒くないですか。」
木山くんは私の手をとり、指を絡ませてつなぐと、自分のコートのポケットに入れる。ポケットにはカイロが入っていて、目を見開く私に、彼は嬉しそうに笑った。
指先からじんわり身体が暖まる。
参道は参拝客が列をつくり、足踏みしながら、ゆっくり、ゆっくり進んで行く。身体は冷えきっているはずなのに、不思議と寒くなかった。
お参りの後は、二人で鼻を赤くしながら甘酒を飲んだ。互いのカップをふぅふぅすると、白い湯気が寄り添いあう。甘酒は、ほんのり甘くて温かく、一口飲むだけで身体の芯からぽかぽか暖まった。
彼から、帰りは雪で滑るし、暗くて危ないから家まで送ると言われた。
「正月だから実家にいるの。駅から近いし、大丈夫よ。」って言ったのに、実家まで送ってくれた。
父が、木山くんに「電車なら飲んで行け。外は寒い。タカヨ、家にあがってもらいなさい。」と言って、強引に彼を引き留めた。よくわからないけど、彼ととても意気投合してしまって、お父さんったら、酷く酔っぱらって、本当に恥ずかしいほど酔っぱらって、彼に絡むし、突然、泣き出しちゃうし、もう、私が泣きたかった。
ひたすら謝って、駅まで送ると言ったら「それじゃぁ、送ってきた意味がないですよ。大丈夫だから、寒いから中に入って。」って、優しく家の中に戻された。
その晩のことはよく覚えている。日中の靄が嘘のように晴れ、ひんやりと澄んだ透明な空気が辺りを覆う。夜空には針のような細い月がぽかんと浮かび、真っ白に滲んでいる。煌々と輝く街灯が遠退いていく木山くんを、いつまでもいつまでも照らしていた。
あまりに綺麗で、また涙がこぼれていた。
木山くんと会う日は、いつも世界が美しい。
結局、正月休みも木山くんには何も言えなかった。
簡単なことなのに、ただ言うだけなのに、その勇気がない。
私は、何もかも、中途半端だ。
正月休みが終わり、また仕事漬けの毎日が始まる。
気持ちがざわつくときは、ただ目の前の仕事に集中しよう、そう思ったのに、職場で、全く関係のないはずの木山くんの話題で盛り上がった。
市役所から、権之助川公園桜まつりの誘いがあったのだ。
「え? 桜まつり?」
「ええ。市役所に地元企業として、ぜひブースをお願いしたいと言われまして。参加できなくても賛助金をお願いできないかと依頼があったんです。」
「昨年はブースを出していなかったわよね。賛助金だけじゃなかった?」
「はい。そのとおりです。けれど、市役所から多くの人を集めるため賑やかにしたいので、ぜひ、お願いしたいと言われたんです。なんか、桜につく害虫対策だったかな。そのための寄付金を集めたいと言ってました。」
そういえば、秋の祭りでパンフレットを配っていたな。ツヤツヤした黒い虫。確かクビアカツヤカミキリって言ったかな。
「まぁ。お金だけ出して済ませるっていうのも1つですけど。秋まつりはSNSでずいぶんバズりましたから、今回、それなりに人も多く来ると見込んでいるようです。市役所もこの機会を逃したくないんでしょう。」
「バズる? 何がバズっているの? 私には、どこにでもある田舎の祭りにしか思えないんだけど。」
顔をしかめて不思議そうに考えている私に、彼はニンマリと笑って、スマートフォンを取り出すとサクサクっと画面を操作する。
「副所長って、この間の権之助川公園の秋祭りにいらしてましたよね。映ってますよ。ほら。」
そこには、木山くんが歌っている様子が流れている。木山くんの歌声に、『ワオォーン。ヴォン。ヴォン。ワオォォン。ワオォーン。』とドックコーラスかハミングする。それに加えて、あの個性的な応援も映し出されていて、思わず笑ってしまった。あのときは、なんだかんだで楽しかった。
「この人、歌も上手いですけど、雰囲気がいいですよね。犬に邪魔されても、嫌な顔をせずに楽しそう。」
「ふふふ。そう。そうなのよ。」
なんだか自分が褒められたようで嬉しい。
あら、シロって美声ね。オオカミの遠吠えのようなロングトーンなのに、声が掠れていないわ。上手ね。
あ。気がつかなかったけど、モモも歌っていたのね。
ふふふ。可愛いわ。確かに、これは癒される。
ニヤケてしまう。
「コーギーですか。」
「ええ。モモって言うの。良い子なのよぉ。」
それにしても、こんなものがアップされていたの?
知らなかった。
それも凄い回数、閲覧されている。
「催事は3月の最後の土日です。当日は屋台なども出るそうです。ダメでしょうか。実は、僕はやってみたいんです。」
面白そうだし、若手職員が頑張ってくれるなら、まあ、いいか。




