表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/88

第54話  冬のカラス③

正月は全国各地で大雪になった。連日、真冬日を記録し、各地で観測史上最大の積雪が記録された。

また、高速道路だけでなく、国道でも車の立ち往生が発生したほか、電車の運休や停電など様々な被害が相次いで報道された。

休み明けの仕事は、その雪をなんとかすることから始まった。溶けずにカチンコチンに固まった雪を車を出せるように雪掻きをし、塩化カルシウムを私道にまき、雪の重さでたわんでいる植栽の雪を払う。固く締まった雪は結構重い。重労働だ。寒い中、社員総出の作業になった。

ほんの少しの時間、外に居るだけなのに、鼻は真っ赤になるし、指先は冷たくなって(かじか)みシュワシュワしている。作業でかいた汗がキンキンに冷えて、身体は冷蔵庫に入ったように冷えきっている。日が昇っても吐く息は白いままだ。本当に寒い。大雪になっちまえなんて願うもんじゃなかった。


「田中さぁ~ん。電話。電話。戻って来て。マンションの庭に凍ったカラスがいるんだとよ。」

事務所から大きな声で呼び出しがあった。


「「「「凍ったカラス!?」」」」

皆でハモってしまった。


凍ったカラスって何? どういう状況よぉ。

氷漬けのカラスがいるの?


今年の第一報は『凍ったカラス』かぁ。

子どもの悪戯いたずらだよな。

なぜ、わざわざカラスを凍らせるんだ。違和感しかない。何の感染症を持っているかもわからないのに、野鳥を食料を保存する冷凍庫にいれる感覚がわからない。


田中先輩とともに急いで事務所に戻る。部屋は暖房が入っているのでぬくぬく暖かい。

はぁ~、生きかえるようだ。

かじんだ指のシュワシュワが溶けていく。


「はい。そうです。イヤ。先日の剪定では薬剤は何も使っていないので、今回の件とは関係ないと思います。・・・・。はい。そうですか。まぁ。行くだけならかまわないですけれど・・・。」

田中先輩は不可解な顔をしながら、ガチャっと電話を切った。

「暮れにカラス対策で街路樹を剪定した場所、覚えているか?あの通りにマンションあったろ。なんか、凍ったカラスが地面に落ちてるそうだ。外傷もなくて、ただ、朝、そこにあったんだってよ。マンションの住民が気味悪がってるから、正月早々で申し訳ないが来てくれないかって。悪戯いたずら)であれば警察に相談するけど、状況では悪戯かどうかがわかんないらしい。」

「1羽ですか。」

「う~ん。いや。なんか、言葉を濁しているんだよな。なんかなぁ。・・・。念のため感染症フルセットを持っていくぞ。」

豚熱や高病原性鳥インフルエンザなど、感染症の疑いがある場合を想定し、防護服や消毒薬、手袋、密閉容器、着替えなどをセットにして常備している。田中先輩は悪戯いたずらではないと思ったのかな。悪戯じゃないなら何だろう。自然死?

でも、自然死で鳥が凍るって聞いたことがないよ。

鳥って羽毛があるよね。羽毛があるのに凍死?

あ。だから、感染症セットか。高病原性鳥インフルエンザを疑っているということね。



今日は車で動きたくなかった。雪道は滑るし、信号が見えにくい。このまま事務室で温みたい。雪道の運転は嫌なんだよ。

仕事だから仕方ないけど。ああ。また、外かぁ。

まぁ、思ったよりも道路に雪は残っていなかったから助かったけど、それでも運転は緊張した。

現場は、駅前通りだけあって道路は除雪され、歩道の真ん中も歩けるようになっていた。田中先輩とマンションの周りを一周ぐるりと歩いてから、マンションの敷地に入る。敷地内には、やはり雪が残っていた。

雪掻きは人が出入りする場所だけしてあるようだ。マンションの管理室を訪ねると、管理会社の職員が待ち構えていた。


案内された現場は、真っ白い雪の上に、羽を()じたまま、縮こまって、ただ、黒く丸まったままの固い塊があった。

カラスの死骸だった。

不思議な風景に僕は息をのんだ。


「この一羽だけですか。」

田中先輩の問いに管理会社の方が渋い顔をして首を横に振る。

「いいえ。あちらにも一羽。」

指差した場所は、そこから数十メートル離れている。

「両方とも今朝の分です。昨日も同じようなことがあり、すでに回収しています。場所はこの裏側です。」

田中先輩はあたりを見回す。

少なくとも、今、この場所には一羽のカラスも飛んでいない。空にも。鳴き声すらない。

寒いからかな?怖いほど静かだ。

「どこかに報告されましたか。」

「いや。どこに報告してよいかもわからなかったものですから。悪戯いたずらでもなさそうでしたので、何か薬品か何かを食べたのかと思ったのですが、冬場ですので除草剤なども使っていませんし、思い当たるものがないのです。」

悪戯でもなさそうだというのは、何となくわかる。死体が綺麗すぎるのだ。争った形跡もないし、泥などで汚れていない。羽も広げず、ただ塊として落ちている。訳がわからない。なんか、怖い。

田中先輩はしかめっ面で考え込んでいる。

「いつも、このくらい静かなのですか。」

あたりは人のざわめきもなく、小鳥のさえずりもない。

「いや。今日は寒いですし、いつもはもう少し賑やかです。カラスも普段なら、マンションのベランダに止まったり、屋上あたりを旋回したり、特に夜など鳴き声がうるさいくらいです。」

「屋上かぁ。・・・。今日、拝見することはできますか。」

「ええ。かまいません。」


都会では当たり前の高さだが、この辺りでは、このマンションが最も高いビルだ。風避けもない屋上は、台風並みの強風が吹き、冷たい風が容赦なく肌に突き刺さる。

ビュービューと強風が吹き、着ている防寒着がぶわっと膨れ上がる。その力で、そのまま身体ごと持っていかれる。

『しまった』と思った瞬間にはよろけていた。

慌ててガシッと柵をつかみ、腰を落として重心を低くする。ビルの屋上だ。ここから落ちたら死ぬ。

マンションの屋上は雪掻きもされず、雪がそのまま氷のように固まっていた。溶けたり凍ったりを繰り返しているのか半透明になっている。強風で表面の氷が削れて舞い上がり、雪のように地上に降っていく。建物に接している部分は、建物の暖かさで溶けたのか、水になって流れ出し、所々、浮いた状況になっているので、よく見て歩かないと危ない。

歩ける範囲で、ゆっくり屋上を見回る。

少し歩いた所で先頭を歩く田中先輩が立ち止まった。

手を上げて僕らを静止さする。

僕は、後ろから覗き込むように前方を確認した。


思わず息をのむ。


どういう状況か理解できない。

100羽近い黒い塊が真っ白い雪の上に散乱している。

ときどき強い突風が凍った雪を舞いあげ、ハラハラ、サラサラと黒い塊の上に落ちていく。

その雪に太陽の光が当たって、キラキラとダイヤモンドダストのように輝いている。白と黒のコントラストが鮮明で、怖いほど綺麗で、異様だ。


目を凝らして黒い塊を見る。


カラスの死骸だ。


田中先輩は、そのままの姿勢で、そろりそろりと後ろ向きに下がってきた。

「このままにして、まずは、環境事務所に連絡してください。これだけの大量死、もしかしたら高病原性鳥インフルエンザの可能性もあります。私たちもドアの前で靴の底を洗いましょう。」

管理会社の人達が慌てて足早に走っていく。

「鈴木、鈴木。」

小さな声で呼び戻される。

「なんですか。」

「戻りながら、何処かに吐しゃ物のようなものがないか、確認できるか?」

「吐しゃ物? カラスが吐いた物ということですか?」

先輩は頷くが、そもそも鳥が嘔吐しているところを見たことがない。どんなものかも知らない。目をこらすが、はっきり言ってわからない。

「人間と同じで、鳥もインフルエンザにかかると、吐いてしまったり、熱っぽく目が充血すると言われているんだ。排水溝あたりはどうだ?」

雪が溶けて水が流れ、排水溝にはゴミや色んなものが溜まっている。それが半分凍っているから、汚らしくて何が何だかわからない。

「吐いたものとゴミの差がわかりません。」

田中先輩は呟くように「そうか。」と言いながら、自分でも辺りをキョロキョロと見回している。


連絡後、環境管理事務所の職員が一時間もせずにやって来た。このスピード感に緊張感が走る。カラスなんて相談が多いものは、順番待ちで対応が遅いことが当たり前だ。いつもとは違う役所の対応に、何か、言い様のない緊張感が高まる。


黒い塊となったカラスは、環境事務所の職員が全て回収していった。高病原性鳥インフルエンザの簡易検査と並行して、胃の中のものを確認し、有害物質などが検出されないか検査をするらしい。

環境管理事務所職員への説明は管理会社と田中先輩が行った。それを聞いているだけだったが、乾いた冷たい風で、立っているだけで身体がガタガタと震えが止まらない。

だけど、なんだか興奮していて、震えているのに寒いことが気にならなかった。


僕は、初めて、鳥の大量死に遭遇した。

本当に驚いて、今もドキドキする。理由がわからないだけに怖い。きれいな風景が逆に異様な雰囲気を醸し出していた。興奮していて気にならなかったが、屋上の強風が吹くなか、環境事務所の現場確認や聞取調査で、解放された頃には、すっかり身体は冷えきっていた。



高病原性鳥インフルエンザの可能性があったため、会社に戻った後、念のため、作業着などを会社の洗濯機で一度洗い、シャワーで髪までしっかり洗ってから帰った。ドライヤーなんて小洒落たものはないので、濡れて冷え切った髪を暖房で乾かしたが、湯船に浸かったわけでもないので、身体は冷えたままだった。


鳥インフルエンザかぁ。

ワクチンを打ってから、まだ、二週間が経ってないんだよな。

それでも、先輩の言うことを聞いて、年末に打っておいてよかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ