第53話 冬のカラス②
「鈴木さん。インフルエンザの予防接種はしましたか。会社から補助金が出ますので、領収書を出してくださいね。」
あ。しまった。
受けるの忘れていた。
総務係の高田さんに領収書を早く出せと催促を受け、受けていなかったことに気が付いた。どうしよう。
うちの会社は、インフルエンザの予防接種を受けると代金を負担してくれる。寒い中、外で作業をするので体調管理が難しいし、野鳥の捕獲が業務の一つだからだ。まあ、予防接種しても「鳥」のインフルエンザだから関係ないかもしれないが、万が一、高病原性鳥インフルエンザが見つかり僕らが接触していたときに、多少なりとも予防効果があるだろうからと接種が推奨されている。アレルギーや副反応がでやすい人などもいるから義務じゃない。だから、当たり前だが、領収書をださないとお金は貰えない。トホホ・・・。
あ~。もう、どうでもよくなってきた。
「受けなきゃ、ダメっすかね。」
「実質、無料で受けられるんだから、今からでも受けりゃぁいいだろうが。それとも注射が苦手なのか?怖いのか!?」
田中先輩に誂われながら「年内に受けとけよ。」と念押しされた。
今年はすでに流行しはじめ、ワクチンの残がない診療機関もあると聞いたので、急いで年内に受けられそうな所を予約し、接種日は仕事納めの日になった。ワクチンは接種してから効果が出るまで約2週間程度かかる。また、接種した日は激しい運動や大量の飲酒はしてはいけないと説明を受けた。
仕事納めは、毎年、そのまま忘年会だ。社長から気持ち(お金)がでるから、若手の僕は無料飯になる。それなのに今年は行けない。行ったら酒を飲んでしまう。大量の酒でなければ良いのかもしれないが、初めてワクチン接種したときに腕が腫れたから、酒を飲んだら凄く腫れそうで嫌なんだ。あ~。もっと早く受けておくんだった。悔やまれるぅ。
「なんだ。仕事納めは休むのか? 残念だなあ。今年はいっしょに飲みに行けないなぁ。」
大して残念がっていないのに、田中先輩は大げさに嘆く。
「あ。じゃ。明日、木山さん達とカラオケに行こうって話をしているんだ。木山さんの合格祝いだ。いっしょに行くか。有志の忘年会だ。忘年会。」
「本当スッか。行きたいです。」
木山さんは歌うの好きだから、やっぱり酒飲みメインでなくカラオケになるんだね。
あれよ、あれよというまに人数が集まり、若手の僕が幹事をすることになった。田中先輩は、結局、誰かに幹事をやらせたかっただけなのではないか。まあ、場所はいつもの駅前のカラオケチェーン店だから予約は簡単だけどね。
それに、木山さんがいるからね。カラオケは盛り上げないとシ~ンとしてしまうことがあるが、木山さんが一緒だとその心配はない。木山さんはメンバーを見ながら曲を選ぶ。今回のように年配者が多いときは少し昔の曲が中心だ。本当にいろんな曲を知っている。だから、皆、それなりに楽しめるのだ。僕は好きでもないノリの良い曲を歌ったり、タンバリニストにならなくて良い。メンバーを見ると、きっと無料飯だ。ラッキー!
楽チン幹事だ。
その日の木山さんの歌は、いつもに増して、なんだかとても良い感じだった。うっとり聴き惚れる。好きな人に思いを告げる曲が中心で、なんだか聴いていて暖かい気持ちになってくる曲ばかりだ。いよいよタカヨさんに思いを告げるのかな。きっとそうだろうな。
もうじきクリスマスだし、ああ、羨ましい。
それにしても、木山さんは本当に歌が上手いよな。
ロックバンドをしていたと聞くが、やはり木山さんの声はロックというよりフォークソングが合う。
それに、こんな風に自分の気持ちを曲にのせて歌えるって凄い。そのまま頑張っていたら本当に歌手になっていたかもしれない。なんでやめてしまったのか不思議だ。
今年の正月休みは、土日が前後につき9連休になる。お酒がすすむと、カラオケはろくに聞かず、長い休みをどう過ごすか、田舎に帰るとか、家族でいっしょにスノボに行くなんて話で盛り上がっている。僕は残念ながら寝正月だ。
「お金もないし、僕は近所の神社に初詣に行くくらいです。」
「私も同じようなものです。まぁ。初詣は行こうと思っていますが・・・』
木山さん、それはタカヨさんと行くのでしょう?
僕とは全然違います。ええ。全然!
僕と同じことを思ったのか、皆がニマニマと視線を交差させる。
それにしても、演歌にも合いの手が打てる田中先輩はある意味すごい。
尊敬しちゃうよ。




