第51話 柊と鸞(らん)⑤
古から続く神社には摩訶不思議な言い伝えや、驚くような伝承が残されていることがある。和祀神社にもそんな「神がかっている」言い伝えが多く残る。
例えば、この神社はどんな浸水被害も浸水せず、被害を免れるという。高台にあるからでなく、逸話では地面が浮上するんだ。実際に昭和初期にあったカスリーン台風でも、周囲は水没するのに、ここは浮上し、避難してきた多くの町民が助かったという。天空の城ラピュタじゃないだから土地ごとプカプカ浮くわけないでしょっ。
僕は信じてないよ。
また、雨が全く降らず、まわりの土地がどんなにカラカラに乾いても、境内の池は決して枯れない。どんなに池の水を使っても気が付けば満々と水を湛えているという。
本当? 日本昔ばなしか!って、信仰を集めるために作った話じゃないのって疑いたくなる。
木山さんが、その池の水が何かおかしいと言うので様子を見に来たんだ。
「境内の御池ですか?」
神主は考え込むように黙ってしまった。
「はい。最近、池の水質が変わったということはありませんか?」
「す、水質?」
突然、水質と言われても困るよね。
聞き取り調査は聞き取りできなけれは空振りだ。木山さんは話を促すように会話を繋ぐ。
「怪奇現象と言われているものには、多くの場合、原因があります。全てが神のお告げであるとは限りません。神社は来る者を拒めない施設です。原因がわかり、事故を未然に防ぐことができれば、それが一番良いと私は考えています。」
『全てが・・・限りません。』という言い方がなんとなく木山さんらしい。言葉を選びながら慎重に話している。神主さん、なんか信仰心の強い人なんだよな。
「実は少し気になることがありまして、つい先日、ここにお参りに来たんです。とても冷えた日に、犬の散歩もかねて朝早く来ましたので、池に氷が張っていました。溶けかけてはいましたが、その氷に幾何学模様のような模様が見えたのです。それはそれは、とてもキラキラと輝いて、キラキラ、光が屈折して、美しい、美しいものでした。」
うっとりしながら大袈裟に身振りで感動を伝える木山さんに、神主さんは、少し引き気味だ。それに、何が気になっているかわからないという顔をしている。
「あ。何らかのガスがでているときによく起こる現象なんです。」と慌てて説明を続ける。
すでに溶けてしまったけれど、水面に模様が出るということは、ガスが出てきている場所とそれ以外で溶け方が異なって模様になっている可能性があるんだ。
可燃性のガスで無臭だとメタンだけど、ボヤと関係あるのかな?
少しの沈黙の後、神主さんはゆっくり話しはじめた。
「この神社は、環境保全地域に指定されていることもあり、あまり、いじることもできないので、そのまま、在るがまま何も手を加えていないんです。もちろん参道は掃除しますけど、実際には、敷地も広く、それ以外は手が回っていないんです。カワウの件で後手に回ってしまったのも、そのためです。池についても、いつの間にか外来魚が住み着いて、さほど大きくない池ですので、すぐにうじゃうじゃと気持ち悪くなるほど増えてしまいました。有り難いことに、カワウがほとんど食べてくれましたが、逆に排泄物や羽、卵の殻や死骸などが山のようです。雑木林の落葉もありますから、底はヘドロのような真っ黒い土が溜まっているでしょう。たぶん、そのほかのゴミも結構な量が溜っているに違いありません。」
神主さんは少し困ったように笑った。
「私も調べておきますが、環境保全地域だからと言って手を加えてはいけないわけではありません。管理行為は届出しなくてもできます。ゴミ拾いや外来生物の駆除、木々の剪定、かいぼりも管理行為の一つです。それに許可ではなく届出だったと思います。」
あくまで、地主さんは強制されているのでなく、環境保全に協力している立場だ。私有地であるし、役所は最終的には地主さんの意向を無視できない。
神主さんは、池のある方向をぼんやり見ながら、
「カスリーン台風の浸水被害で、なぜ、ここだけ浸水を免れたか、本当に土地が浮上したのか、学者の見解をご存じですか。」
本当に研究した人がいるんですね。
木山さんは目だけで頷くと、粛々と答える。
「遥か昔、氷河時代が終わりを告げた頃、ここはちょうど海岸線で、波打ち際の湾のような場所だった。そこに海の堆積物が堆積し、その後、この一帯の地盤が沈降し、今度は河川の堆積物が堆積し陸地化した。簡単に言えば、この下には水溜まりというか、スポンジのように水を多く含んだ地層がある。というような説明だったと思います。」
神主さんは、「さすがですね」と言いながら話を続けた。
「私は、幼い頃、この池で溺れかけたことがあるんです。本当に怖かった。」
神主さんは大きく息を吐くと
「この池は、底は見えても底はないのです。」
「底がない?ですか。」
「はい。どんなに足を踏ん張っても、踏ん張れない。ずぶずぶと沈んでいく。底なし沼のように、ずぶずぶと。あのときの恐怖は忘れられません。誰も通らなかったら私は死んでいました。」
スポンジは形を保つけど土は形を保たない。だから、葛湯のような状態の地面では、動けば動くほど、ずぶずぶ沈んでいく。まさに底なし沼だ。だから、あそこだけ不自然に人工的な柵が設けられていたのか。
「かいぼりをしてもこの池は干せません。いつの間にか満々と水を湛えています。枯れることもありません。また、危険ですから人が池に入って作業することはありません。私が生きているうちは、絶対にしたくない。この池はほかの池とは異なります。単に水を溜めているだけの池ではないのです。」
底なし池なの?
日本昔ばなしにでてきそうな池だ。神が降り立ったとか、いろいろ迷信がありそう。もしかして、日本昔話のモデルになっていたりして。
木山さんは静かに真剣に話に聞き入っている。そして、ときどき神主さんに難しい質問をしている。
池にできた氷の模様は、湧きでている水の可能性もあるということで、しばらく様子を見ることになった。年が明けたら、柊については一部外科的な処置と土壌改良を中心に行う方向でいる。木山さんは、そのときまでに、池についても何か対策ができないか調べておくと言った。神主さんはとても感謝していた。
「ありがとうございます。本当に。ときどき私は池を見ているだけで震えがとまらなくなります。ただの靄さえ神の人の形をした御使いのように見えてしまう。何かはしたい。けれども、恐怖なのか畏怖なのか、私は、いつも身動きができなくなってしまうのです。」
そして、話の最後に、神主さんは「皆さんに会えたのは神のお導きだ。」と涙ぐんでいた。
木山さんも「貴方のような方が神社を守っていてくれてよかった。」と神主さんの手を両手で包み、何度も握手をしていた。
僕は全く話についていけなかった。後から説明されてもよくわからず、尾瀬国立公園の浮島と池糖のようなものをイメージできるかと言われ、ますますわからなくなった。カスリーン台風で浸水被害を受けたとき、神社は水の力で浮いたということ?
水の地層が膨らんだの?
「私もはっきりしたことは。ただ、実際にそのような現象が起きたこと。それに鈴木さん、この下には液状化を起こす砂質の土壌が砂丘ができるほどあるんですよ。」
思い出したよ。九根川の河畔砂丘。
木山さんは、その僕の様子を確認すると
「液状化が起こるなら、その逆の現象が起きてもおかしくない。長雨が続き、砂質の土壌に水が溜め込まれ、そして、それが飽和状態になったとしたら、大雨の日のマンホールの蓋のように、地面が浮上してもおかしくはないと私は思うのです。もともと大きな水の溜まりがこの下にあると言われていますし、ほら、水の噴出口らしき池もありますしね。」
木山さん。さらに分からなくなったよ。
リアルに浮上したの?
地面って結構な重さだよ。
神社には、江戸時代のさらに前の記録があり、実際にカスリーン台風以外でも水害から免れた記録があるらしい。
木山さんは「神聖な場所だから沈まないのではなく、枯れない池があって、水害でも沈まない場所に、神社を建てて町民で共有したんですよ。たぶんね。」と教えてくれた。
伝承って、すべてが眉唾物のわけではないんだね。
自然が一番摩訶不思議だよ。
〈参考〉
枯れない池・沈まない土地の伝承は全国各地にありますが、今回は埼玉県の浮野地区の解説を参考に創作しています




