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第49話 キャリアウーマンのタカヨさん①


〈タカヨさん視点です。〉


私の人生は順風満帆だった。

大学を卒業し、大手食品メーカーに就職した。本社に配属になり、仕事が楽しくて楽しくてたまらなかった。同期が次々に結婚していっても、あまり結婚には焦らなかった。そして嘘のようにトントン拍子で出世していった。本当に結婚なんてどっちでも良いとそう思っていた。


転機は病気だ。乳癌だった。検診で見つかって、初期も初期だったので外科手術は行わなかった。医者には薬などの影響で子どもを授かることが難しくなる可能性を示唆された。薬が終わる頃は40歳になっている。もう子どもを授かるのは無理だろう。

治療をしながらも、仕事もこれまでと同じようにこなした。同じように残業もした。三十代も後半で年齢的なものなのか、薬の副作用なのか、毎日がとても疲れるようになった。同じ事務量なはずなのに、家に帰るともうヘトヘトでそのままベッドに直行だった。食も細くなった。

ただ、仕事をこなし家に帰る、それだけで疲れて、そんな毎日を淡々と繰り返していた。気がつくと溜め息をついている。今までしなかったような凡ミスをし、いっそう落ち込んだ。部下からも「無理しないでください。」と声をかけられるようになった。身のまわりのこともあまり構わなくなり、小綺麗にしていた部屋も、オシャレとは程遠い雑然とした部屋になっていた。

異動の内示があったのは、そんなときだった。


地元にある工場への転勤だ。それも、設備も古い、もっとも採算があがっていない所で、正規職員も今の部署より少ない。昇進と言うが、実際には左遷だ。

自分は、この部署で必要とされていると思っていた。懸命に頑張って成果も上げた。だけど、会社にとって私は『どこに行こうがどうでもいい人』だったんだ。『どうでもいい人』は簡単に捨てられる。捨てられたのだ。

何かが壊れる音がした。

私の後任者は、何かと私をライバル視して突っかかってくる、私が最も苦手とする人だった。他人の意見を聞いているようで、ズケズケと自分の意見をゴリ押ししてくる。子どもが二人いて、産休、育休もしっかりとり、いかに働く女性がたいへんかを日常会話に折り込む。女性の権利を否定するわけではないが、伝家の宝刀のようにそれを掲げられたら誰も反論できない。あなたが子育てで休んだり、早く帰ったときに、誰かがその仕事をやっている。フォローしている。彼女との会話にはその人達への配慮が全く感じられなかった。

いや、違う。

自分を否定されているようで、私が嫌な思いをしていたのだ。

彼女の相手はしたくない。

嫌だ。これ以上、惨めな思いをしたくない。みんなに聞こえる大きな声で、さも仲が良いように、無為な会話に付き合わされるのなんて、まっぴら御免だ。

粛々と仕事を引き継ぎ、逃げるように工場に来た。


ふと見たテレビで、働く女性の特集番組が放映されていた。働きながら子育てに奮闘している女性が密着されている。夫に文句を言いながら、わんわん泣いている赤ちゃんをあやしていた。テレビに映る赤ちゃんの泣き声や姿を見ているだけで胸が締め付けられた。

結婚なんてどうでも良いって思っていたのに、これまで、子どもなんて気にもとめてもいなかったのに、気がつくと、とても傷ついている自分がいた。


転勤にあわせて、全てを切り替えるつもりで実家の近くに引っ越した。少し運動した方か良いからと、親から転居祝いに(モモ)をもらった。「小さい頃、犬を飼いたいと言っていただろう?」と、「いつの話?無理。」と言う私に、面倒をみきれなくなったら自分たちがみるからと渡された。

(モモ)の世話は思った以上に大変だった。だけど、モモとはすぐに友達になった。気持ちが辛くなり涙ぐむと、不思議とモモが膝にのってくる。散歩も慣れてしまえば気分転換にちょうど良かった。犬友(いぬとも)もできた。モモのトリミングにあわせて、久しぶりに髪の毛を染めに行った。大して代わり映えしないのにちょっと若返ったようで嬉しくなった。


異動先の工場でも黙々と人一倍働いた。働いていると気分が落ち着いた。

週末の地元の祭りで、同じ工業団地にあるライバル会社の系列の工場がブースをだすと聞き、気がついたら来ていた。こんなにボロボロなのに、休みの日まで仕事を考えている自分が可笑しくてたまらなかった。


そこに、偶然、高校の同級生の木山くんを見つけた。久しぶりに会った木山くんは、髪の毛が少し薄くなって歳をとっていたけど全く変わらない。

彼は歌がとても上手くって、高校でも仲の良いクラスメイトとバンドを組んでいた。その日も頼まれてカラオケ大会にでるという。

「応援にいくわ。」

彼はとても恥ずかしがって、一生懸命に言い訳していた。いっぺんに高校時代の甘酸っぱい思い出が目に浮かんできた。目の前にいるのは、あのときのまま、少し赤ら顔で丁寧な話し方をする、真面目で優しい木山くんだった。

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