第48話 柊と鸞(らん)④
神主さんの案内で、僕たちは火柱が立ち上がったという場所を確認しに行った。
「結局、原因は分からずじまいといいますか、神社も縁起をかつぐ商売なので大事にしなかったんです。」
木山さんは現場を確認しながら、そこにあった枯れ枝で土を掘り返している。
「実は、ゆらゆらとして漂う炎と聞いたので、はじめは『人魂』と同じようなことが起きたのではないかと思ったんです。」
「人魂ですか?」
「はい。」
昔から怪談話でよく登場する人魂は、日本だけでなく世界各地で目撃情報がある。原因は、リン化水素などの可燃性の気体が自然発火したという説や、静電気やプラズマ現象など諸説ある。諸説あってはっきりはしていないが、共通しているのは、怪奇現象でなく何らかの自然現象であると解されていることだ。カワウの大繁殖で大量にでた糞でリンも豊富にあり、地面もアスファルトではなく湿った土だ。言われてみれば墓地の環境に似ているのかもしれない。
「糞にはリンが含まれますので、量が多くあったようなら、リン系の何か、それが起こしている現象ではないかと疑ったんです。人魂の原因の一つとしてもリンがあげられていますから。」
神主さんはどこか懐疑的で不安そうな顔だ。
「カワウ被害の糞は結構な量だったんですか。」
神主さんが言葉に詰まっていたので、田中先輩が「神社の方がいる前で申し訳ないが、対策が遅れて酷いもんだった」と答えた。
「先ほど拝見しましたが、糞は腐葉土と一緒に混ぜて発酵させているのですか。」
「はい。どうしても落ち葉と一緒になりますし、糞だけ別にするほうが手間ですので結局あの中です。それでも全部は取りきれませんので土と一緒に箒で藪に寄せてしまったものが多くあります。」
そうなるよな。客商売なら掃除しないわけにはいかないし、土と混ざってしまったものも多いだろう。
木山さんがお焚き上げの場所を見ながら悩んでいる。
「炎が青白かったと聞いたのですが、本当ですか。」
「実は、私は炎の色まで覚えていないんです。作業しながらだったもので。ふと見たら、火力がいつもより激しくて、本当に激しくて、びっくりしたんです。あわてて水をかけて消化しました。」
神主さんもその場にいたんだ。そのときのことを思い出しているようで、焼け残った燃えカスをじっと見ながら身震いしている。あながち、火柱が立ったというのも大袈裟ではないのかもしれない。
「他にも気になることがあるんですか。」
「あ。イヤイヤ。古くからある神社ですから、まぁ、多少は。いろいろ。はい。だ、大丈夫です。」
何? この慌てぶり。他にも何かあるの? とても気になる。
神主さん、顔色が悪いよ。大丈夫じゃないって顔している。
木山さんは何も言わず、再び、枝をぐいぐいと動かして土を掘り返すと
「念のため、この場所を天地返ししておきましょう。」
そう言って僕を見た。木山さん、気軽に言いますが、天地返しは重労働ですよ。上の土と下の土を入れ替えするんですから。
その目はもしかして僕にやれってことですか。
えぇ~。マジッすか。やだよぉ。すんごい大変なんだよ。
「あの・・・。何か気になることでもあるのですか。」
神主さんがおずおずと木山さんに理由を聞いている。
「念のためです。本当に念のためですから、心配なさらずに。燃えカスも多いようですし、硝石やリン系化合物が偶然できてしまっていたら嫌だなと思っただけですので。」
「硝石?」
硝石といえば世界遺産になった五箇村で作られていた火薬の材料だ。屎尿と藁などを混合して培養してつくる。糞害は確かにひどかった。落葉が藁の代わりになったのかもしれない。だけど、出来上がるまで何年もかかるものだ。
それにカワウ被害は今年ではないよ。
ん?あれ?
そうか。毎年、同じ場所で腐葉土づくりしていたんだ。
でも、え? それでできる?
木山さん。僕には難しすぎる!
「硝石は火薬の材料になるものです。ここに燃えやすい燃えカスの木炭がありますので、硝石のような、とても燃えやすい、着火剤や起爆剤のようなものが加われば激しく燃える可能性はあります。」
「とても燃えやすいものですか。」
「硝石というのは大袈裟ですが、酉の市がありましたので、何かの可燃性のスプレーとか、ラードなどの油の塊の可能性もあります。ちなみにリンはニンニクの臭いがするそうですよ。」
「ニンニクですか。唐揚げ屋が屋台に出てまして、そこいら中に油やニンニクの臭いが充満してました。危なかったですね。ははははははは。」
2人して笑っているよ。笑う所ではないと思うのだけど。
「リンが燃えたときの色ですが・・・。」
木山さんが言葉を詰まらして黙りこむ。
「・・・、もしかして青白いのですか!?」
神主さんはとても驚いた顔をした。
「すぐに作業に取りかかります。」
結局、僕たちも手伝い、すぐに天地返しをすることになった。土を掘り返すって、すんごい大変なんだよ。木山さん。もしかして予想してましたか?
「私はやはり、これは神の導きのように感じます。皆さんとお会いできた。感謝しなくては。」
信心深い神主さんの言葉を、僕以外の二人は否定せずに「そうかもしれませんね」とにこやかに談笑していた。僕はその橫で笑う余裕もなく、ひたすら土を掘る。皆、手が止まっているよ。作業してるの僕だけじゃん。
ああ。僕も疲れた。
みんな、若手にしわ寄せすぎだよ。
もう。
もう!
木山さんは、その後も近くに来たときは立ち寄り、状況を観察するつもりだと言っていた。
きっと、こういうところが顧客に信頼されるところなんだろうと思う。
それにしても、今日は疲れた。
やっぱり嫌な予感は当たるもんだね。




