第43話 イノシシ④
今日は雑草刈りだ。
河川敷の雑草刈りは半年に1回、入札で決まる。残念ながらうちの会社は落札できなかったが、今回、川に平行してある用水路と一体になっている遊歩道の依頼を受けた。こちらは、数年に1回、街路樹の剪定にあわせて行われる。今回、急遽、依頼があったのだ。イノシシの隠れ場所をなくす、イノシシ対策だ。
遊歩道は、普段から、隣接する住民の皆さんが綺麗に管理してくれているが、それができる人ばかりでない。ボーボーの藪状態の区間もある。それに、部分的に柵があって手でやらなきゃいけない所も多いから重労働だ。
作業は午前中からはじめて、お昼にはくたくたになる。
こういうときは、がっつり肉が食べたい。ランチはバイパス沿いにある焼肉チェーン店がいいな。味の濃いパンチの効いた肉。肉に白飯だ。
「あぁ。いたいた。さっき見かけたから、いるんじゃねぇかと思ったんだ。」
県の猟友会会長さんと地区の会長さんだ。
「はい。差し入れ。」
コンビニで買い、そのまま持って来たのだろう。真っ白いビニール袋は皺もなく覗き込むとサンドイッチが入っていた。
あの。・・・。
僕は今日、肉と白米が食べたいんだ。サンドイッチじゃない。パンじゃないんだ。ガツンと御飯だ。せめてオニギリにしてほしい。
田中先輩と目を合わせると、必死に目で訴える。
〈肉だ。肉に御飯!お腹に溜まるものが食べたい。肉だ。肉。肉。御飯と一緒に食べたい。タレを沢山つけて、白米にしみしみさせるんだ。〉
強く目を見つめ、念を送る。
あ~ぁ。もらっちゃった。それもこんなに沢山あるよ。
「ありがとうございます。今日はパトロールですか。」
「ああ。九根川は苦情が結構あるで、猟友会でも見回ってるんだ。ここいらは都心から頑張れば日帰りできんだろ。来んのはエエがいいヤツばかりじゃねぇかんな。」
会長はゴミ袋に入れた薬莢を見せる。田中先輩はそれをマジマジと見た。
「鉛がありますね。」
「ん。県外ナンバーが多かっだで、きっと下手くそさん御一行が来たんだ。」
下手くそさん御一行?
「ここいらは、本格的に山に行く前に慣らしでくる人も多いですからね。」
会長に鉛弾の説明を受けたけど、難しくて良くわからなかった。要約すると、鉛弾は軽くて当たりやすく、価格も安い。獲物を採っても鉛害があるので食べない。だから殺すだけだ。捨て置かれた死骸や散弾の欠片を野生動物が食べて鉛中毒になって死ぬ。地元の人は自分の土地に害がでるものなんて決して使わない。使うのは余所から来る人だ。
加えて、農道に路上駐車するマナーが悪い人が多いんだとか。サラリーマンの感覚で朝早いから大丈夫だと思うのだろうが、農家の朝は早い。出荷するまで時間との勝負だ。朝こそ路上駐車は迷惑なんだ。
それで、会長さんたち、怒ってるんだ。『下手くそさん御一行』なんて言って嘲笑している。弾数が沢山必要な下手なヤツ又は弾の重さ(鉄は重い)を考えて獲物のいる場所を予測して撃てない未熟者というわけだ。
顔がすんごい恐いのは怒っているからなんだよね。会長さん。まあ。規制が始まったっていうから鉛弾は減るだろうけど。
「まぁ。マナーが悪いのは他県のヤツばかりじゃないけどな。この間も、白瀬下沼でボヤがあったろ? 結局、釣りに来ていた奴の煙草のポイ捨てが原因だったんだってよ。」
「上沼に燃え移りそうになって大騒になったって聞きました。」
地区の会長さんが忌々しそうな、悔しそうな顔をする。
「燃え広がったんだよ。上沼の半分くらいは黒焦げだ。まぁ、人が死ななくて良かったけどよ。あそこは今、湿地みたいになってるだろ? 枯れて乾いたヨシに火がついて、一瞬だったってよ。地面を這うように広がったんだ。」
そうなんだ。県の会長さんも睨むような渋い顔をしている。マジ、恐いので、その顔やめてほしい。
「釣りしてた奴ら、路上駐車が多かっだで、消防車が詰まって渋滞したんだ。あそこいいらは農道だ。広い道じゃないかんな。住んでいる人は車をだせねぇだろ。家財道具や服なんか何一つ持ち出せず、身一つで避難したんだってよ。徒歩だど、徒歩。仕方ねぇけんど、なんだかよぉ。どうにかしてやりてぇよな。」
うわっ。かわいそう。
あの付近は農道しか通ってない。そもそも路上駐車って、土地改良もしてない地域の道なんて、路側帯がほとんどないから畔か私道にタイヤをかけないと停められないでしょ。
「ポイ捨てしたのは地元の人だったんですか。」
「誰かはわかんねぇが、あれだ、ほら、駅前のマンションに入って来た奴ら。しょっちゅう来てたみてぇだ。俺らの感覚じゃ、ヨシ原に煙草のポイ捨てなんて信じられねぇけんどよ。新しく入って来た奴らは何が燃えやすいか知らねぇのかぁ。想像できるでぇ。放火と同じだ。放火と。乾いたヨシに火の気のものなんか危ねぇって、わかんねぇのかな。」
そう言われれば、僕もときどき見かけた。車の中で煙草を吸って、車中に臭いがつくから、その手を窓の外にだしているんだ。そして、吸い終わると、そのまま指を離して吸殻を捨てていく。その場所に何が生えているなんて気にしていない。今回も、きっと犯人は自分が放火したことにも気がつかずに、「かわいそうだなぁ」なんて他人事のように思っていたりするんだ。
意外に根深いかもな。
「野鳥も沢山いたんだ。まわりに逃げたのもいるが、たぶん、ずいぶん死んだよ。」
会長さん達はとても残念そうに呟いた。
パ~ン! 銃声が響いた。
「まだ、やってんのがいるんか。」
河川敷をみながら会長が呟く。
狩猟はだいたい午前中で終わる。パトロールも午前中で終了だ。
「だからですかね。イノシシが下流に逃げているのは。」
ワナを設置してから、イノシシの目撃情報は川に沿うように下流に移動していた。箱ワナは、場所を変えずに誘き寄せるタイプのワナだ。ワナに全く寄り付いてない。たぶん、来ないだろうと思われながらも、ワナはそのまま仕掛けられていた。
〈参考〉
鉛弾はすでに北海道(全区域)などで規制(禁止)されています。ほとんどの猟友会でも自主規制しています。銃砲店でも、規制されると分かっているから、鉛弾は売らないと言っていたから、本当に、あと少しです。




