第41話 イノシシ②
真っ黒に日焼けし、色つきレンズのメガネをかけたガラの悪い男が、応接ブースに座っている。恰幅がよく、がに股の足を大きく広げて前屈みに話し込んている。目付きも悪く暴力団と見間違う恐さだ。まさに目を合わせたくない感じ、目が合ったら確実にチビリそう。
社長が、そこから、ひょいっと顔をだす。
「あぁ。良かった。戻って来た。田中さん。鈴木さん。こっち。こっち。」
僕らを呼び寄せた。
社長。怖いです。巻き込まないでください。
田中先輩はスタスタと歩き、恐いオジサン方に挨拶した。平気なんですね。
「あぁ。田中さんは知り合いでしたね。こちら、県の猟友会会長さんです。そして、地区猟友会会長さん、あと菅原さんは知っているよね。」
僕は慌てて挨拶する。県猟友会会長って、この人相の悪さで鉄砲を持ったら、マジ、ヤクザだよ。
「イノシシの件で来てくれたんだ。」
「いや。ちょっと近くに用事があったんで。寄らしてもらっだんだ。ほら。あれだ。こっちにも市役所からイノシシの相談があったって聞いたんもんだから。田中さんの顔も見だかったしな。いやぁ。今回の件、皆で話して猟友会で受けることにしたんで、ちょっと仕事を橫どりした形になっちまったから、悪がっだなぁと。」
ブースの外まで響くでかい声で話す。
掠れた低い声はドスのきいていて、加えて持っているバックなんて黒のセカンドバックだよ。
「今もイノシシは目撃されているんですか。」
「昨日の夕方もね。着いた頃には逃げてるで。ははは。地区は違うのに菅原さんにも出ばってもらっちまった。悪かっだな。」
チラリと菅原さんを見て頭を下げた。菅原さんは『いえいえ』と会釈する。
「イノシシであることは間違いないんですか。」
菅原さんと地区会長が頷く。
「地区会長が遠目で確認してます。私は本物は見ていないのですが、足跡がイノシシです。」
地区会長が苦い顔をしながら話す。
「まずは、イノシシを誘う餌のある状況をなくさないといけないから、昨日は市の職員と一緒に、バイパス沿いの店舗に注意喚起してまわったんです。でも、車からのポイ捨てはなくならないので、食べ物のゴミを完全になくすことはできない。」
「やはり、イノシシは生ゴミ狙いですか。」
三人ともにコクコクと首を縦にふる。
ポイ捨ては橋を昇る手前までが多いという。人気のない夕方のバイパス沿いで目撃されていることが多いから、ポイ捨てされたものの匂いに釣られて来ているだろうと言う。結構、たくさん捨てられているんだって。
「コンビニで売っているようなプラスチックの容器の弁当やパン、あるだろ。汚ならしく捨てやがって。たぶん長距離の運転手だ。いつもマナーの悪いヤツっていうのは地元のヤツじゃない。自分の住んでいる場所じゃ、人の目を気にしてやらないんです。地元のヤツならこっぴどく絞め上げるのに。私はね。旅の恥はかき捨てなんて言葉は大嫌いですよ。恥は自分の家でかいてくれ。」
地区会長さん、本気で怒っているよ。この猟友会の会長さん方に絞められたらマジで恐い。ドスのきいた声に、がっちりした体型、サングラスじゃなくて色眼鏡だ。
でも、なんだかんだで、真面目で義理堅い人た。見た目から想像できない。
橋を渡る交差点は、手前で右折と左折と直進でレーンが分岐する。そして橋を降りてすぐに側道と合流し、少し走って高速道へ行く道に分かれる。つまり、橋からは緊張する運転が続くのだ。きっと、その交差点の手前までに運転しながら食べ物を口に入れて、ゴミを窓からポイ捨てして、橋を渡ってそのまま高速道に入るんだ。ゴミも持って行けよ! 汁がこぼれるのが嫌なら、そんなもの買うな!
「運転しながら捨てていくから北側、進行方向右側が多いんだ。本当に腹が立つ。まぁ、幸いなのは、川側なので国道を渡ってイノシシが農地には行ってなさそうなことだ。」
地区会長は悔しそうに大きく息を吐く。
「策は何かあるんですか。」
「今のところ、こまめにゴミ拾いをして、ひたすら追いまわして、住みづらいと認識してもらう以外はないな。屋敷林に隠れてないか見回りもしているんだ。臆病だから逃げ込んだら出て来ないだろう?餌も困らない程度にあるしな。
ちょうど、イノシシの恋の季節だから、雌を探して迷いこんだたけなら、追い払えばすぐ帰ると思うんだ。その場所をお気に入り登録される前に、帰ってもらいたいからな。」
「縄張りがなくどもよ。お気に入り登録されれば定住はするでぇ。」
全員がなんとなく黙る。なんだか静かで重い雰囲気になった。
「近隣の農家にも注意喚起にまわっているんですか。」
県会長は頷き
「市の農政課がね。この辺りの農家はイノシシ対策なんて考えてねぇで。稲のひこばえが冬場の餌になるのも知らねぇうちがあんだろ。秋耕を勧めとるんじゃねぇかな。」
「いやぁ。さすがお詳しいですね。」
会長。顔は恐いけど詳しいです。
「うちも農家だしな。まぁ。農地側に行かせないのが一番だで。定住しなぐても、餌場にはなるんでな。」
社長は感心しながら話に聞き入っている。
「近ぐに養豚場がなぐて良かった。それが救いだ。」
「豚熱(豚コレラ)ですが。」
「ああ。そうだ。山にはワクチンをばら蒔いて来だが、この辺は平地だかんよぉ。やってねぇんだ。」
感染力が強く致死率も高い。養豚の盛んな地域だったら大騒ぎだったと、疲れた顔で明後日の方角を見ながら大きく息を吐く。養豚場の豚だけでなく、イノシシにもワクチンしたんだ。僕は知らなかったよ。
「感染で減ったところも多いだろうが、山間部は逆に増えでな。その時期はみんな山に入らなかったろ。その後、猟友会メンバーの多くが駆り出されて山間部でイノシシの捕獲をしたんでぇ。」
豚熱(豚コレラ)が流行したとき、一頭でも感染した豚が出るとその地域から狩猟したイノシシを持ち出せなくなった。狩猟者はただ殺すだけの狩猟は嫌がる。そして、殺したイノシシも埋めてこないといけない。そこから拡散しないようにするためだ。木々の根が張っている山ん中を掘るのは重労働だ。だから指定された地域にはイノシシ猟に行かなかったんだ。
「頭数減らしですか。」
「ああ。管理捕獲ってヤツだ。だから、銃やくくりワナでのイノシシ猟経験者は多いんだけんど、箱ワナはな。余所からの助っ人が直ぐできる猟ではねぇで。それなのに、市役所がA市から箱ワナ借りる手配をつけたようで。まったく、どうしようかと。真面目な奴らだで、聞きかじって適当にやっちまうと困るしな。はぁ。真面目なのも困りもんだ。サルと同じ轍は踏みだくねぇしなぁ。はぁ。」
溜め息まじりに言葉を吐く。会長さんもたいへんです。
「市役所には箱ワナの設置が難しい理由を話しているんですよね。何をしたいんですかね。」
会長は困ったように笑い、
「きっと”何か”だ。」
会長。
何かって何?




