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第39話 猿⑤

サルは山には戻らなかった。

そして、この場所にも戻らなかった。

よほどシロが恐かったのかな。


九根川は渡れないという皆の予想を裏切り、川を渡って隣りの県に行った。どうやら長い橋桁を渡ったらしい。

あちらは農地の多い地域だ。サルは有害鳥獣で歓迎されない。そして、ほとんどの農家で鳥獣対策を行っている。


「サルがでたという報告で、あちらの猟友会でもパトロールをしたようだよ。」と、会社に遊びに来ていた菅原さんが教えてくれた。菅原さんは、俳優の菅原文太に似て長身で日に焼けていて、少し低い(かす)れた声をした、とても面倒見の良い人だ。田中先輩から、僕がサルに遭遇してパニックになった話を聞いて、ちょっとだけ心配して来てくれた。怪我などはしなかったと伝えたら、ほっとしていた。

サルの大きさなどを話すと、「やはり若い雄のサルかなぁ。」と呟いていた。


川を渡った数日後、サルは市営動物園に出没した。サル山のサル達をその塀から物欲しそうに見ていたらしい。飼育員が気がつき、あわてて市役所に報告し、捕獲することになった。運が悪いことに、その動物園には吹き矢があり麻酔を扱える獣医がいた。吹き矢を当て、麻酔が効くまでの一時間をサルを逃がさず、動物に近づけないようにするため、職員全員で走り回ったという。


「かわいそうだけど、今回のような件で動物園がサルを飼うことはないよ。」


動物園は動物に親しみを持ってもらうことだけでなく、種の保存も目的にしている。

だから、種が交雑することを避けたい。日本ザルと同じアカゲザル科の外来生物がいるから、今回のサルがすでに交雑した個体であることも、地域的外来種の可能性もある。例え、同じ種であったとしても動物園のサルと繁殖させるわけにはいかないのだ。

また、野生動物には何かの感染症にかかっているリスクがある。園内の動物の安全のため、そもそも接触させたくない。特にサルは人に近い。風評被害も考えると感染は絶対に避けたい。

「そんな大袈裟に考えすぎじゃないですか?」

って言ったら、

「豚熱(豚コレラ)は野生のイノシンが媒体になって全国の養豚場に拡散したと言われているんだ。ほら。昔、ニュースになったでしょ。豚が全頭殺処分された、あの。でもね、そのイノシンに感染させたのは『人』だと私たちは思っているんだけどね。イノシンも被害者だよ。」と言われてしまった。

誰かが検疫を通さず持ち込んだ食べ物をそこいらへんに捨て、それをイノシンが食べて感染したのではと言われている。確かに、これまで非感染国だったのに、ある日突然、イノシンが感染しているって、人が持ち込んだ以外考えられない。イノシンは加害者のように言われていたけど、実はかわいそうな被害者だ。

もとを辿れば悪いのはいつも人間じゃないか。


あのサルを動物園のサル山に入れることはできない。できることは檻に一頭だけ一生閉じ込めておくことくらいだ。

レッドデータブックに掲載されるような保護動物ならまだしも、人の街に住むことを厭わなくなったサルだ。すみやかに有害鳥獣として薬殺された。眠るように安らかな最後だったという。


「動物園を責めてはいけないよ。彼らは彼らの仕事を全うしたんだ。」

菅原さんは、最後にそう言った。


サルにはどう対応すれば良かったのか。

S市が捕獲しなければ、何か変わったかな。

僕もサルが殺されて『かわいそう』と思ってしまった。


『かわいそう』

『かわいそう』って何なんだろう?


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