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第37話 猿③

サルの捕獲許可がおりたらしい。許可がおりても、皆でサルを追いかけ回す日常は変わらない。追い払いから捕獲に目的が変わっただけだ。追いかけまわされ、疲れて、元の山に戻ってくれたら一番うれしい。殺さなくて済む。

でも、不思議なもので、捕獲して殺処分をすると決めた翌日から、サルの目撃情報はなくなった。

このまま、なんとなく終わってくれればよい。そんな風に思っていた。



久しぶりに防災無線の流れない静かな日が続いた。

今日は、トトロの家で下草刈りだ。

通称『トトロの家』は、もちろん実際にトトロが住んでいるわけではなく、トトロが住んでそうな森になってしまった家なんだ。

家主さんは独居高齢者で、老人ホームに入って、かれこれ10年以上、ずっと家はほったらかしになっている。屋敷林はすごく高く伸び、二階建て住宅の倍の高さを超えている。枝も四方八方に広がって、草も生え放題、藪も人の腰丈以上はある。まさにトトロにでてくる鬱蒼とした森だ。管理できなくなった屋敷は傷むのが早い。昔ながらの平屋の木造の母屋は、すでに朽ち始めている。

そこが、お化け屋敷として子供の冒険ごっこの遊び場になるくらいまではまだ良かったんだけど、何年か前、勝手に廃屋マニアがキャンプして、ボヤ騒ぎを起こしたもんだから大騒ぎになった。納屋はそのときに燃えてしまったんだ。更地にする話もあったようだが、取り壊してしまうと再築が困難な農業振興地域で、資産価値が落ちてしまう。成年後見人は原則として管理行為しかできず、取り壊すなどの行為は裁判所の手続きが必要だ。資産価値が下がる行為に許可がおりるかも分からない。だから、それ以来、半年に1回、管理行為として下草刈りの依頼を受けている。前回はアライグマが住みついていたから捕獲もした。


「剪定していないと、こんなデカくなるんですね。」

「どんぐりの木だな。昔は落ち葉で腐葉土を作っていたから屋敷林にこういう木が多いんだ。夏になるとカブトムシやクワガタが採れるから、よく近所の屋敷林を遊び回ったよ。剪定した枝は薪にも使えるしな。管理できれば便利な木なんだ。」

「へぇ。田中さんがカブトムシやクワガタを追い回す姿って想像できないな。」

「今はやってねぇぞ。昔だ。こんな小さいころだ。」

「はははは。」


下草刈りは重労働だ。

まずは、敷地に入るための旗竿道の草を刈る。『道』の一部を刈ったら、そこに車を動かす。近隣の家は何も言わないけど路上に駐車したら迷惑だからね。それと、刈った後、敷地の境には砂利を敷いて除草剤も撒いておく。実はボヤのとき、周りの農地に虫が逃げ出して虫の被害が酷かったんだ。獣より虫なんだって思ったからよく覚えている。できるだけトトロの家の虫が、外に出ないようにするんだ。

昼は、近くの農家レストランでランチだ。毎回、恒例で田中先輩が御馳走してくれる。素朴だけど総菜がたくさん盛り付けられ、その上、お礼まで言われてデザートをサービスしてくれる。今日のメニューはなんだろう。前回の発酵グレープフルーツスカッシュも美味しかった。グレープフルーツのシロップ漬けを炭酸で割るんだ。


「西側の水路に繋がる出口手前に柿と栗の木があったろ。休憩が終わったらいくつか採ろう。家主さんに差し入れしたら喜ばれるぞ。」

「でも、もう認知症がすすんじゃって分かんなくなっているんすよね。」

田中先輩は少し淋しそうに俯いてから、草刈機を置くと

「まぁな。でもよ。少しでも思い出してほしいじゃぁないか。」

田中先輩のこういう心遣いは凄いなって思う。

「そうですね。それに美味しい果実を放っておくと、またアライグマ来ちゃいますから。」

「そうだな。」

放置果実は野生動物の大好物だ。ある程度、とってしまった方が良い。


休憩後、栗の収穫用のトングと梯子を持って栗の木にいく。

ん?何か視線を感じる。

なんだろう。振り向く。

・・・。

ん?

サル?


サル!!

目が合った。


「キ〰️ッ」

歯を剥き出して威嚇してくる。唸るなよ。怖っ。

徐々に距離を縮めて威嚇してくる。

襲われる?!。やばい。ヤバヤバ。じりじりと迫ってくる。手には嫌な汗が溢れてくる。

僕は持っていたトングを、ブゥン、ブゥンと振り回す。

「田中さん! 助けて!田中さん!」

「そのまま下がれ!正面向いたまま下がれ!」

田中先輩の怒鳴り声がする。

「ムリムリムリムリ!」

何度もトングをブゥン、ブゥンと振り回す。

ブゥン、ブゥン、

ブゥン、ブゥンと風を斬る音が響く。

「ムリ!! む、無理っす!」

ぐるりとまわり一目散に逃げる。背を向けた瞬間、梯子が肩から滑り落ち、ドガシャァーンと地面に、いや地面にいたサルに激突した。

「「ギャ~!」」

サルと同時に悲鳴があがる。

サルはあっという間に遥か遠くに逃げていった。


「お前なぁ。素人さんじゃないんだから、サルとは目を合わせない、大声ださない、興奮させない。基本だろう。」

「そ、そんなこと言ったって。・・・、

どうしよう。梯子で怪我させてしまったかも。」

「まぁ。プロとしてはどうかと思うが、サルに嫌な思いをさせることはできたな。少し懲りてくれらゃいいけど。」

そう言うと市役所に電話し始めた。

「白浜造園の田中です。サルの目撃情報です。・・・、ええ。はい。不動院の近くにある皆がトトロの家と呼んでいる、ええ。ただ、逃げてしまいまして。私が出入口付近にいたもんで、反対の西の住宅街の方に逃げたんです。ええ。はい。」


防災無線が流れたのは、その2時間後だった。


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