第36話 猿②
♪ピロロロン♪
今日も防災無線が流れている。
日本ザルはメスを中心に群れを作って行動する。オスは成長するとその群れから離れる。勝ち残れないモノに戻る群れはない。街に出没しているのは、その離れザルだ。放獣された先に群れがあれば、また、そこから弾き出される。そして再び人間の住む街にでてくる。
「どこがで、またサルがでたんだね。」
「昨日の夕方のニュースでは駅前のスーパーだったよ。」
まるで、サルが頻繁に出没している日常が当たり前のような会話だ。街中で作業をしていても、防災無線の音で立ちちどまる人はいない。最近は、皆、防災無線の音も気にとめなくなっている。
♪プルルル、プルルル ♪
「はい。白浜造園動物係です。はい。田中ですね。少々お待ちください。」
受話器を置く。
「田中さん。市役所からです。」
「はい。田中です。いつもお世話になっております。」
田中先輩は渋い顔だ。
「・・・。はい。なるほど、警察からですか。大変苦労されてますね。え?麻酔銃ですか? 申し訳ないんですが、うちはワナが中心で・・・、はい。すみません。お役に立てずに。」
ガチャンと電話を切ると、受話器に向かって文句を言う。
「うちはサファリパークじゃねぇつうの。麻酔銃なんてありません!」
「どうしたんですか。」
「いや。麻酔銃とか、吹き矢があるかってよ。警察が市役所に泣きついたみたいだよ。ここんところ毎日だろ。警察は通報があると現場に行かないと行けないからな。ずっとサルを追い回す毎日だ。事件は他にもあるし、日常が滞る。どうにかならないかって、市はお願いされたみたいだ。」
田中先輩は大きなため息をつく。椅子をくるりと回転して僕の方向き直り
「H市が捕獲するって。市長が決めたみたいだ。そして殺処分するって。許可はでそうなんだが、サルも学習しているからな。ちょっと捕まえるのに苦労しそうだ。警戒心が強くなっているしな。それで、麻酔銃か吹き矢で眠らすことはできないかって話がでたたらしい。
あ。そうだ。誰か、人が怪我したと言っていたぞ。テレビでやっているか? 」
テレビをつけて、チャンネルをいくつか変える。地元のテレビ番組でサルのニュースを流していた。
映像はスーパーの店先にある生鮮食品を盗みどり、屋根の上で食い散らかす様子だ。
店長さんが、「サルが触ったと思われる場所にある食品はもう売れませんし、お客様の安全確保という意味でも、早く捕まえて欲しいです。」と訴えている。
次に映しだされたのは、市営の家庭菜園でサルがムシャムシャと果実を食べる様子だった。
あ。菅原さんが番組で専門家として話している。
「サルにとっては、家庭菜園は食べ放題のレストランと同じです。美味しい食べ物が何の防御もなく収穫されずに残っている。良いエサ場と認識されたのでしょう。」
う¨っ。それじゃ、また来るね。
アナウンサーが質問する。
「今回、スナック菓子を持っていた女の子が引っかかれて怪我したと聞いてます。今後もこのようなことは続くのでしょうか。」
「そうですね。スナック菓子の味を覚えてしまったのでしょう。人にとっては弱い者は守る対象ですが、野生の獣にとっては狙う対象です。屈強な男性でなく、弱そうに見える年配者や女性、子どもの持っている食べ物を狙うのは当たり前です。ですから、決して、むやみにサルには近づかないでほしい。」
テレビの出演者達が一斉に溜め息をつく。
「捕獲も難航しているようですね。網などを持っている人を見るとすぐに屋根をつたって逃げてしまう。なかなか難しい状況のようです。」
キャスターのコメントに、ここぞとばかり、タレントが話しだす。
「麻酔銃とか使ったらどうですか。眠っている間に捕まえるの。それでサルもどこか動物園に引きとってもらうの。ね。私ってば、良いアイディアじゃない?」
「ね。」
隣のアイドルに同意を求める。
「そうですね。なんか、追い回されてサルがかわいそうっ。」
「「ねぇぇ。」」
何、それ。僕はテレビを指差し、
「こういう人がいるから!S市が間違うんだ。」
それに、本当にかわいそうって思っている? こういうバラドルに限って、ウケる、ウケないを基準に安易にコメントするんだ。
テレビの中の菅原さんもニコニコ顔から、突然、真顔になり、
「麻酔銃は簡単に使用できるものではありません。麻酔ですので薬品の管理ができて、麻酔銃の所持許可があり、銃を撃つ資格を持つ人がいないといけません。常備しているなんて日本ではサファリパークくらいです。人が多い場所で撃つときは、誤発を考えて薬の効きを強くできませんから、確実に捕獲できると言いきれません。
それに、私は野生のサルを動物園に入れることにも違和感があります。その後の野生のサルの世話もエサ代も動物園が負担するんですよね。それでは動物園に負担を押し付けただけです。」
「何よ。さっきからダメ、ダメって。だから考えてんじゃないの! だって、かわいそうじゃないの!」
タレントさんは、ノリ突っ込みの感覚でキレたのだろうが、その場には動物愛護活動家もいたので琴線に触れてしまった。
「君! さっきから、かわいそう、かわいそうって議論をかきまわすんじゃない!」
それをきっかけに議論がさらに白熱し、収拾がつかなくなっていった。
「H市の市長が捕獲すると宣言しています。この場でも賛否は分かれましたが、市には早く解決していただきたいと思います。」
アナウンサーは、今日もお茶を濁していた。




