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第35話 猿①


♪ピロロロン

午前6時頃 (ごぜんろくじころ)、○地区で(・・・ちくで)、野生のサルが(やせいのさるが)、目撃されています(もくげきされています)。むやみに近づかず・・・♪

防災無線のアナウンスが輪唱で聞こえてくる。


「またサルですか? 最近、続いてますね。」

なんだか、最近、しょっちゅうサルが住宅街に出没している。

「ああ。でも、きっと同じサルだよ。」

田中先輩は淡々と仕事をしながら関心がなさそうに言う。

「同じサル?」

「夏にもあっただろ? S市の小学校の体育館に入り込んで、警察官が大捕物したヤツ。」

「あぁ。ありました。ありました。でも、サルは捕まりましたよね。」

「捕まえたけど放獣したんだよ。市長が放獣するって公衆の面前で約束してしまったからね。サルは味をしめたんだ。」

思い出した。一匹のサルが街中をさんざん警察官に追い回され、小学校の体育館に入り込んでしまった。それで体育館にいた子どもがサルを見て大騒ぎしている様子が夕方のニュースで流されたんだ。何人もが取り囲んで網をかける様子を見て

『サルはどうなるんだ。』

『かわいいのに殺しちゃうの?』

『サルの命を軽視している』

『殺さないで。かわいそう。』

『人間のエゴだ。』って、

市役所にガンガンにメールや電話が入って、市長が安易に放獣すると宣言してしまったんだ。だけど、山の方では農作物被害が酷いわけで、どこも嫌がり、放獣先がなくて市の職員がいろんな所に頼み込んだんだ。

『S市内で放せば良いだろう、他の市が被害を受けてもかまわないのか。』とか言われて、凄く苦労していた。S市は新興住宅街がほとんどだし、緑といえば都市公園だから、市内でサルは放せない。

そして、県の環境管理事務所からは『殺処分する覚悟がないなら、何故、追い払いに徹しなかったんですか。鳥獣保護管理法では野生動物の飼養は禁止されてます。怪我もしてない野生動物を長く保管していると飼養していると見なされますよ。』と怒られ、担当者は追い詰められた。


「猟友会のメンバーが市長の対応に怒っていたからな。良く覚えている。何週間も放獣先が見つからなかったから、焦ったのか、愛着がでたのか、サルには何もせず、ただ受け入れてくれた場所に放してしまったんだ。」

「それは・・・。なんというか・・・。」

野生動物は原則、元いた場所に返す。違う場所に放したとき、放した先の環境に悪影響を与えてしまう可能性があるからだ。だから、まず、情報を集めて住んでいただろう山を割りだし、その地域と交渉するのだ。

加えて、サルは学習能力が高い。人は攻撃しないものだと学習すると、どんどん行動をエスカレートしていく。きちんと嫌な思いをさせて放さないと繰り返し出没するようになるし、サルも人に強気にでてくる。まして数週間、飼育していたならエサも与えていただろう。すっかり人が与えた果実などのエサの美味しさも覚えてしまった。

言っちゃなんだかダメダメな対応だ。

市長にきちんと伝わっているのかな。一部の一般市民の共感は得られたかもしれないけど、専門家や農家さん、その他の専門家さんからは大ブーイングだったんだ。市長のくせに環境問題の意識が、低くない?


「市の職員もかわいそうだったけどな。緊急だったから、市が自ら捕獲許可をとったんだ。きっと専門知識のない事務職員だろ?担当したのは。」

担当者の気持ちもわかるけどな。

きっと捕獲するまでは、子どもが怪我をしたらどうするんだ、何かの感染症を持っているのじゃないかなどのクレームが、じゃんじゃん市役所に入ったんだ。捕獲したら捕獲したで、別のクレームがくる。

もう、いい加減、終わりにしたかったんだろう。


♪ピロロロン♪

田中先輩は繰り返されるアナウンスを聞き、ため息をつく。

サルはS市だけに出没しているのでない。隣の市、隣の隣の市、隣の隣の隣の市と、転々と活動範囲が広げている。通報があるたび警察官が駆けつけ、サルを追いかけ回す。子ども達がむやみに近づかないよう、その都度、防災無線を流している。


大きな事件もないこの頃、テレビでは今日もサルを追い回す映像が流されていた。

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