第34話 クロモジ
♪ ふふふん、ふん。♪
僕の勤める白浜造園(株)には、駐車場の横に庭木を育てている敷地がある。正しくは、庭木がある敷地の一部が駐車場って感じだけど。そこで、木山さんが鼻歌を歌いながら作業をしている。なんだろう。御機嫌だ。
♪ ふん ♪ ふふふん、ふん。♪
ふわふわ、地に足がついていない感じ。
「木山さん、植え替えですか。」
「はい。植え替えの時期には早いですが、挿し木が上手くいったので、クロモジの植え替えをしています。地植えの方が良いですが、近いうちに植え替えたいので、悩んで、地植えと鉢でわけました。」
「クロモジですか? 僕はあまり馴染みがないです。」
「本当ですか。和菓子屋さんででてくる高級楊枝といえばクロモジですよ。」
「へぇ。そうなんだ。僕は柳だと思っていました。」
「はは。そうですね。一般的にはそちらのほうが有名かもしれません。」
「クロモジが好きなんですか。とても楽しそうに作業されていたので。」
「そういうわけではないですが、最近、良いことが続いているので。なんだか、ね。このクロモジも、ラッキーなことに、社長が植えきれないものは持ち帰って良いと言ってくれたんです。こちらは自宅用です。」
ほらっと嬉しそうに、別にしてある二鉢を指さす。
「育てやすいですし、春はかわいらしい花が咲き、秋は黄金色に紅葉します。モミジと紅葉するタイミングも色も違うので、庭木の組み合わせとしても楽しいです。」
クロモジは育てやすく、あまり剪定の手間がかからない木だという。ただ、低木といっても大きく広がる木なので、庭で楽しむなら剪定はした方が良いらしい。抗ウィルスや消炎作用があり、楊枝や箸のほか、お茶や入浴剤にできる。実も精油などにして使える。いろんな意味で楽しめる木だ。
「お。やってますね。」
「あ。日枝さん。遠慮なく、これを貰っていきます。」
日枝さんは楽しそうにうなづく。
「一つ、こちらと交換しませんか。どうです?」
日枝さんは、根を麻布で包んだ植木を二つ持っていた。木山さんは葉をまじまじと見て
「椿ですか。」
「ワビスケ(侘助)です。色は白。前に欲しがっていたでしょう。家にあったものを増やしました。茶花でよく使われるので、お茶をされる方の庭に良いでしょう? 1本、会社にも植えさせてもらおうと思って持ってきました。」
ワビスケは、椿より小ぶりで筒咲きが特徴の花木だ。筒咲きだから散った様が椿より綺麗に見える。ぶっちゃけ椿より地面の掃除が楽なんだ。
そういえば、掬水酒造の女将さんは茶道が趣味だと言っていたな。
「本当ですか。ありがとうございます。」
木山さんは嬉しそうだ。クロモジの鉢を見くらべ、一方を渡す。
「ほら。早く車にしまってらっしゃい。」
車に走っていく木山さんに聞こえないように日枝さんが僕に囁く。
「最近、彼はおしゃれになったと思いませんか?」
言われてみれば、そうかな?
確かに、首にかけているタオルは会社名の入ったヘロヘロの薄いヤツじゃなかったけど、もともとキチッとしている人だからな。
「クロモジは育毛にも効果があるという噂もあるんですよ。まぁ。真偽はわかりません。眉唾物かも。」
木山さんの涼しげな髪型を遠目で確認する。
そうかなぁ。あまり気にしている感じはないよ。髪も短くしているしさ。未練なさそうだけど。
「はぁ~っ。恋する男は貪欲です。」
日枝さんは大袈裟に嘆く。
どこか楽しそうな表情だ。何か企んでる感じがする。
もしかして、また、からかおうとしてますね。木山さんに怒られますよ。
最近、僕は思うんです。日枝さんは絶対、小さい頃に好きな子に意地悪してたでしょ。可愛い子を構いたくて仕方がない人だ。
木山さんが戻ってくると残ったワビスケを植え始める準備をする。
「木山さん。鈴木さんに手伝ってもらいなさい。彼の勉強にもなりますから。」
木山さんは頷く。
「あ。そうだ。前に話していた件ですが、先方には前向きに回答しますが良いですね。」
木山さんは作業を、一度止め
「はい。やってみようと思います。なんだか今はなんでもできる気がするんです。」
日枝さんが嬉しいそうにウンウン頷く。
「君はそのくらい積極的な方が良い。すでに実力はあるのですから。もっと貪欲で良いくらいです。」
何か新しい依頼なのかな。
さっき、恋するって言っていたから、見合い?!
まさかな。
日枝さんが僕に向かってニヤリと微笑む。
「鈴木さんは、一人暮しでしたよね。自炊ですか?」
何? 話題が飛びすぎです。嫌な予感がする。
「はい。料理はあまり上手くないですけど。」
警戒しながら回答する。
「木山さんに教わると良いですよ。最近はドレッシングのアレンジ料理に凝っています。あなたもドレッシングの詰め放題をしたのでしょう? 」
???
なんだろう。善意に聞こえるけど何か含みがある気がする。
「鈴木さん。詰め放題で、ホースラディッシュ&オニオンは入ってましたか。肉を焼いてドレッシングをかけるだけなのですが、本当に美味しんです。私はなかったのでタカヨさんからいただいたんです。あっさりして何の肉にも合います。」
へぇ。ホースラディッシュかぁ。あっさりとした辛みが美味しそうです。それに超簡単!
「家に帰ったらチェックしてみます。あったかなぁ。」
実はあの後、そのまま袋に入れったまま冷蔵庫の中だ。
「肉料理といえば、ジャバラという柑橘類ってわかりますか? 和歌山の固有種で、スッーとした匂いが強くて花粉症に効くと言われているものです。それが、ウィンナーにとても合うんです。私は、北欧の肉料理にジャムを合わせる感覚がわからなかったのですが、これは本当に美味しかった。これもタカヨさんが教えてくれて、ジャムも分けていただいたんです。花粉症だから買ったんだけど癖が強いジャムで、いろいろ試行錯誤したそうです。」
僕も肉料理にジャムを合わせるのは苦手です。美味しかったのは、タカヨさんが分けてくれたジャムだからではないですか。それに、木山さん、手が止まってます。動かしてください。仕事をしましょう。
「あ、これもタカヨさんからの受け売りですが、アボガドとナッツなどに、塩みかんドレッシングとクミンを振りかけても美味しいんです。」
本当に合う?
クミンとみかんとアボカドだよ。
それより仕事しましょうよ。手が止まってますよ。
「それとタカヨさんがですね。・・・」
あの・・・、タカヨさんのくだりは、まだ続きますか?
日枝さん。絶対、わかっていて、ドレッシングの話題をふりましたね。
春でもないのに木山さんの周りに蝶が飛んでる幻想がみえます。確かに恋する男は貪欲です。いや。盲目です。
でも、僕は誤解をしていた。
それからしばらくして、日枝さんからしきりに髪型を気にするようになった。
「やはり、若葉でないと効果は薄いのでしょうか?」
毎晩、クロモジローション(期待効果:育毛)を試しているらしい。もしかして、はじめから木山さんが挿し木で増やしたクロモジを狙ってましたね。ワビスケを持って来たのもそのためですね。
私に眉唾物だと言ったのは、あなたですよ。
もしかしてだけど、恋する貪欲な男は日枝さんなんじゃないの?。




