第3話 アライグマ③
あ。
と、とりあえず、糞を払わないと。
田中先輩も少し糞まみれだけど自分でできるだろうし、サヤカちゃんを優先しよう。
依頼主は、かろうじて糞から免れている。
ただ、床に乱雑に置かれている農具は糞まみれだ。
「大丈夫ですか?」
僕は依頼主に声をかけてから、呆然とするサヤカちゃんの様子を見に行った。
まず、糞にまみれたサヤカちゃんをきれいにしないと。
田中先輩に納屋の外でやれと、指で合図されたので、彼女を納屋の外に連れ出そうとした。
そうしたら、依頼主が急に彼女を怒鳴りつけた。
「お前が柱を叩かなければ天井は落ちなかった。お前が壊したんだ!!」
イヤ、イヤ、イヤ、イヤ。限界だったでしょう?
天井板は凄くたわんでたし、こんなに溜め糞あったし、むしろ、今まで落ちなかったのが奇跡!
ほんと、奇跡!
「この納屋は、親父が手作りしたんだ。昔の家だから柱もしっかりしている。壊れるわけがないんだ。」
いや、ぶるって震えて、今にも倒れそうな柱だったよ。。
「道具だって汚れちまった。父親の代から大事に使っている道具だ。どうしてくれんだ!」
いやぁ、大事にしてなかったでしょう。
地面にどんって置いてあったよ?
農具も埃かぶっていたし?
土がついたままだったし。
いいがかりだよ。
なおも文句を言っている。
アライグマもお前が連れてきたって?
何でも文句いえばいいってもんじゃない!
それでも・・・・そのあと、30分くらい、ぶちぶち文句が止まらなかった。
結局、サヤカちゃんの糞を払って、顔や手をきれいにしてから、いっしょに納屋を掃除した。
サヤカちゃんは農具1つ1つ、タオルで丁寧に拭いている。
何枚かタオルを変えながら、前よりもきれいになっている。
何メートルか離れたところで、不機嫌そうに依頼主が腕を組んでみている。
感じワルっ!
掃除し終わったら、その場は田中先輩に任せて、サヤカちゃんを車に連れて行く。
「ダブダブかもしれないけどさ、この服でいい? 小さいサイズないんだ。」
「あ、大丈夫です。会社の作業着なんで、会社で着替えます。」
「大丈夫じゃないよ。野生動物って何の感染症を持っているかわかんないんだよ。今着ている作業着をこのビニールに入れて。作業着、他のと一緒に洗濯機で洗っちゃだめだよ。あと、マスクと軍手は捨てるから、こっちの袋ね。」
ビニールを渡すと、自分も着替え始めた。
「上からね。帽子から。マスクと軍手は最後ね。」
「はい。」
サヤカちゃんは、素直に作業着を脱ぎ始めた。
うーん。汗に濡れたTシャツ姿も色っぽい!
いかん、いかん。ずっと着替えを見ちゃうところだった。
気になって、見ちゃいそうだから、冷静に、何か別の話をしよう。
「アライグマって、今のところ日本ではあまり感染症の報告はないんだけど、海外では狂犬病とか保有しているから怖いんだよ。おまけに気が強い獣だしね。爪でシャーっで引っ掛かれたり、糞尿だって、運が悪いと病気になっちゃう。」
話ながら、僕はマスクを外して、ティッシュで鼻をチーン、一緒にごみ袋に入れる。
「あ。サヤカちゃん。会社帰ったら、きちんとうがいしてね。鼻糞もとること。」
「は、はな糞?」
僕は思いっきり頷く。
鼻は息するところだからね。綺麗にしないと病気になっちゃう。
彼女は不思議な顔をしているけどね。
「薄汚れた、きったなーい鼻糞が出るからね。そこまでが衛生管理だよ。」
そういうと、彼女は何度も頷いた。
僕はきれい好きだから、鼻うがいもするけどね。
「鈴木さん、今日はありがとうございました。」
「いやいや。お礼を言うのはこっちだよ。サヤカちゃんいなかったら、糞掃除は全部僕がやるところだったよ。」
サヤカちゃんが、少し笑って、ほっとした顔になった。
さっきまで落ち込んでたようだから、よかった。
そうこうしている間に田中先輩が戻ってきた。
サヤカちゃんに向かって、
「まぁ。明日になればいくぶん気持ちも落ち着くだろう。さっき電話したから、明日、山田課長と挨拶に来るよ。たぶん大丈夫だ。気にしすぎるなよ。」
山田課長は、サヤカちゃんの上司、あのスケベなクソおやじだ。
「すみません。ご迷惑をかけてしまって。」
「いやいや。どちらにしろ、今日もワナかけたから、明日も来なきゃなんないんだよ。」
田中先輩はそういうと、帰るぞっと車に乗り込んだ。