第26話 カワウ⑥
「アホウドリ? 図鑑に載っているあの海鳥ですか?」
アホウドリは大きな翼を広げると、まるでグライダーのような凄く格好良い鳥だ。飛行できる鳥の中では最大級の鳥で、全長1メートル、翼を広げれば2メートルを超える。肉食の海鳥で、飛行中は波間の気流を捉えて羽ばたきもせずに数千キロの距離を滑空することができるという。
「きっと台風が連れてきたんだな。
通報があって、知り合いの鳥獣保護管理員に捕獲依頼があったんだけど、大きい鳥だから一人じゃ無理かもしれないって、いっしょに行ったんだ。実際には思ったより簡単に捕獲できた。
九根川に放鳥したんで、帰りに様子だけ見に寄っていいか?」
アホウドリはレッドデータブックに載っている鳥で、
内陸では見ない。そもそも小笠原諸島とかにいる鳥だ。見るチャンスなんて一生に一度あるかないかだ。確かにちょっと気になる。
「怪我してたんですか?」
「一応、獣医に診てもらったけど何もなかったんだ。うん、だから、単純に飛べなくなっちゃった?」
と、首をかしげる。
ん?
そんな、可愛いふりしても駄目です。
「ふふふ。わかんなかったんですねぇぇ。」
僕は勝ち誇ったように言う。
「ブッ、ブー。違いますぅ。
アホウドリが飛び立つには助走が必要なんでぇぇすぅ。だから、平地にいても飛べないんですぅ。」
逆にマウントされた。ちぇっ。
アホウドリは、非常に大柄の鳥なので、単に助走するだけでなく、向かい風などを利用しないと揚力が足らずに離陸できない。動物園のフラミンゴと同じだ。飛び立てないから逃げられない。
鳥獣保護管理員の方が言うには、権之助川は風が弱いし、橋も多い。県境となっている九根川の方が川幅が広いし、強い風も吹き抜けるから良いだろう。だから九根川に放鳥することになったんだと教えてもらった。
「まぁ。海に行っちゃうか?なんて話もあったんだけど、元気そうだったしな。」
九根川は確かに風が強かった。
「よかった。もういないな。」
双眼鏡を覗きこみ、焦点距離を何度か変えて確認する。アホウドリは上手く風を掴み、海に帰ったようだ。
河川敷は、びゅうびゅうと本当に風が強い。油断していたら、髪の毛が総立ちし、ビジュアル系バンドがセットに失敗したような酷い髪型になった。
「帽子をかぶれ! ほら。世話がやけるなぁ。」
そう言って、ばふっと僕の頭に帽子を被せる。
「もう一か所、見に行くぞ。」
田中先輩は双眼鏡を持ちながら、ゆっくりと河川敷を歩き始めた。ときどき立ち止まっては、この辺りは渡りのカモが多く見られるポイントだとか、カルガモは飛び立つのに助走はいらないけど、助走が必要なカモが結構いて、そういうカモは小さな人口池より九根川のような大きな川や湖が好きなんだと教えてくれた。
ホシハジロやカイツブリ、潜水が得意な鳥がそうなのかと思ったら、白鳥も助走が必要なんだって。
しばらく歩いた先にあった国道の長い橋の下には、橋脚が立つ中洲があった。
その中洲はすでに結構な高さに育った木々が茂って、ちょっとした林になっていた。よく目を凝らして見ると真っ黒なカワウが枝に鈴なりにとまっている。
「あれ!?」
「あそこは鬱蒼とした藪もあったから、キジが多くいる場所で有名だったんだ。台風で水没したときにキジは巣を放棄したんだな。そこにカワウが上手く入ったんだ。あいかわらず賢いな。」
大手のチェーン店が廃業した居抜きの店舗に出店するようなものですね。なるほど。賢いです。
「キジはどこに?」
「たぶん、川の近くの雑木林とか、耕作放棄地かな?
この時期だと巣立ち後だと思うけど、キジは草むらに巣をつくるから台風の影響をもろに受けたな。
はぁ。カワウには手を焼かされるな。たぶん、これで終わんないぞ。本当にクセ者だな。」
コロニーを双眼鏡で見ながら田中先輩はため息まじりに言う。
「終わらない? ここは、少なくても狩猟できる場所ですよ。もうじき狩猟も解禁です。別に何もしなくても、そんなには増えないでしょう。」
カワウは狩猟できる鳥獣だ。そして、九根川は、河川敷を含めると川幅が1キロメートルくらいあるのではと思うほど幅の広い一級河川で、狩猟ができる場所だ。あんなに群れていたら、狩猟者に絶対に狙われるように思う。
「まだまだだな。冷静に考えてみろ。あそこは狩猟できるか?」
比較的大きな中洲で、国道となっている橋の橋脚が建っている。
「国道があって・・・、あ、撃てませんでした。」
道路や公園などに向かって銃は撃てない。
田中先輩はうなづくと
「狩猟者の間では、キジが沢山いるけど撃てない場所として有名だったんだ。それに、運が悪いことに、このあたりで漁業していた人は皆、やめてるんだ。内陸だしな、川魚といっても山の中の清流じゃないからな。」
どういうこと?
田中先輩の言いたいことがわからない。不思議そうな顔をしていると
「被害を受ける人がいなければ、捕獲許可も申請されないだろ?」
え?
じゃあ、ここでは1羽も捕獲できないですよね。カワウは増える一方ってことですか?
「九根川はエサも豊富だしな。まだまだ増えるぞ」
「え? 増えるって、これ以上増えすぎたら、どうなるんすか? カワウが溢れてしまいます。」
田中先輩は悲壮感に満ちた顔で僕を見た。
そんな顔をしないでください。
本当に苦手なんです。鵜。
ああ。
『グルゥゥゥゥゥ、ゴゥ、グゥゥゥゥ
ググ、グワッツ、グワッツ、グワワワワ。』
カワウの輪唱が始まる。
僕(の作業着)に気付いたのかな?
まさかな。とカワウの視線を確認する。
・・・・
来年もカワウと戦うのか。
本当にお前はたくましい。
はあぁ~。
大きなため息をつきながら、僕は元気なカワウの姿に、ちょっとだけほっとした。




