第25話 カワウ⑤
何もしなければカワウはますます増えてしまう。何かをしなければと、関係者全員が切迫した義務感のようなものを共有していた。今、できることは全てやろう。当たり前のようだが皆の意見は合致した。
まず、手が届く場所にある巣を撤去する。高い位置にある巣は撤去できないから、水辺付近のものだけだ。雛がいる巣は撤去できない。カワウが気が立っているから危ないし、あくまで生息数の抑制目的だったので、雛の捕獲許可を申請してないのだ。撤去できるのは、卵を捕獲した巣又は巣立った後の巣だ。
小枝が絡まる巣は、なかなか簡単にはとれない。気持ちばかり焦る。天気予報では、もうじき台風が来る。許可期間を考えると、これが最後だ。だから、その前にやれるところまでは作業を終えてしまいたかった。
ひょぇっ! ひょぇ~! 来んな!
ひょぇぇ~!
そばに来んなぁ~。
涙がでそうだ。
親鳥に威嚇されながら、命からがら撤去する。
戻って来たときには、ほとほと疲れきってドタリとその場に座り込んでしまった。
あ¨~っ。
足もガクガク、ブルブル笑っている。
大きく息を吐く。それでも休まずすぐに上着を脱ぐ。カワウが作業着を覚えてしまったようで、この作業着を着て近づくだけで威嚇してくる。最近は監視役らしきカワウの視線をヒシヒシと感じる。
「カワウは本当に頭がよいというか、適応力が高いというか・・・。」
片付けをしていると、田中先輩が公園の木々をみながらぼやく。
街路樹の枝までカワウが巣作りしている。カワウはどんなところにも巣を作る。水辺付近や木の上、人口的な建物にもつくる。だから、僕らに卵を捕獲されないように、徐々に水辺付近でなく、高い木の枝に巣を作り始めた。それは、まるで無数の宿り木が果実のように鈴なりになり、異様な光景だった。
僕は余裕もなく、適当に相づちを打つ。そしてちらりと木々を見る。カワウと目が合った。それだけでどっと疲れた。
『日本の南海上で発生した台風14号は、日本列島に近づくにつれ発達し、強い風と雨を伴うと大型で強い台風になる可能性があります。今後のテレビやラジオなどの気象情報に十分注意してください。』
台風は予報どおり、各地で多くの被害をもたらした。大雨と暴風により、いたるところで床上・床下浸水し、さらに家屋の損壊が多数生じた。電柱が倒れ、停電になった地区もあった。テレビでは、川の水かさが増し、河川敷の藪に住んでいた猪が濁流に流されるショッキングな映像が報道された。
マンションが壁となり、あまり被害をうけない公園でさえ、木々の多くの葉が落ち、枝が折れた。特に、高い木の枝にあったカワウの巣は強い風の影響をもろに受け、台風が通りすぎた後、地面に無数の卵の殻が散乱していた。
車道には、卵が車に踏み潰された残骸がある。台風の雨風で落ちたのか、温度を保てず死んでしまった卵を巣から落としたのか、それはわからない。羽化できなかった雛がいないのは、すでにカラス達に補食されたからだろう。そのシーンを見なくて済んだことは幸いだった。
いつものように作業着を着て近づくと、
『グルゥゥゥゥゥ、ゴゥ、グゥゥゥゥ』
カワウの警戒する鳴き声が輪唱のように響く。いつもよりも強く感じる鳴き声は、犬の唸り声のように低く震え、悲痛の叫びのようにも聞こえた。
台風一過、それから真夏のような晴天の日が数日続いた。公園のカワウがポツンポツンと減ってきたなぁと思っていた矢先、いつのまにか全くいなくなった。
そう、1羽もいなくなったのだ。
カワウのいない公園はとても静かだ。
葉の落ちる音でさえ聞こえる。
穏やかな木漏れ日の中で、風に揺らぐ木々、少しずつだが葉が黄色く色付いている。
なぜ、いなくなったのか、様々な対策の効果だったのか、解決したことに安堵する一方で、少し不気味で釈然としない思いがした。




