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第22話 カワウ②

捕獲作業は、週に1回のペースだったが、その数は一ヶ月で100個を軽々と超えた。このままだと採っても採ってもネズミ算式に増え続けていまう。そのペースが早いか遅いかの差でしかない。だから、疑似卵を試してみることになった。


その巣まで行き、カワウの目を盗んで一瞬で卵をすり替える。

僕が行うことになった。

狩猟免許をとって浮かれなきゃ良かった。『免許取得後の初仕事だな』と、会社のみんなが声をかけてくれた。嫌だとも言えず『ありがとうございます。』と答えてしまった。


沼を見るといつものように、カワウが木漏れ日の中、仲間とともに太陽に向かって翼を広げ日向ぼっこをしてる。そして、隣には卵を暖める母カワウがいる。遠くから見ている分には、とても癒される。


そう、遠くから見ているならば・・・。

自分が当事者になると話は別だ。


ひぇっ! 怖い。ひぇっ!

ひぇぇ~!


油断するとカワウの攻撃を受けてしまう。

嘴でつつくだけじゃない。

向かってくるんだ。翼をバッサバッサしながら。

ひょぇ~。

恐いよぉ。


僕はやっとの思いで、持って来た10個を巣に留めおき、すり替える。


そして、岸に戻って僕は学んだ。カワウは賢い。

こんなに頑張って疑似卵を置いたのに、簡単には疑似卵には騙されない。

僕を睨みながら、足で巣から蹴り落とす。

かわいそうに、本物そっくりに作られた疑似卵は躊躇なく足蹴にされ、ポチャンと、沼の底に沈んでいく。

なぜ、わかったんだ。そっくりだったのに。



「やはりダメでしたか・・・。」


疑似卵を作った木山さんがしょんぼりしている。木山さん、僕はどちらが本物かわかりませんでした。凄いです。それに、カービングなんて出来たんですね。本当に器用です。


「やはり匂いかな?」と田中先輩はぼやいている。

肌触りや色はほぼ同じに作られていた。若干、熱の持ち方が違うくらいで、匂いも僕の鼻ではわからない。


「匂いですか。はぁ。匂いか。私は、暖めても温かくならない感触とか、違和感、そんな感覚的なものかと思ったんです。そうですね、カワウはそんなに悩んでいないですしね。」

確かに、カワウはすぐに偽物だと気づく。


「いや、木山さん。さわった感触。そうか。そうかもしれない。」

田中先輩はどんな毛皮でも、毛を触ると、リアルかフェイクか一瞬でわかる。本物は、毛を触ると体温を盗まれる感覚がするという。触った感じというのは、田中先輩の中では何かを判別する際の1つの基準になっている。


「回収できれば発泡スチロールやレジンを使ってもできますが、今回は自然由来のものにしないと、沼に落ちたときに自然に還らないゴミになってしまう。そこまで同じにはできないです。」


偽物の卵は石とも認識されず、カワウにただのゴミ扱いされて、後ろ蹴りにされている。


むなしい。

ああ。もう絶対やらないぞ。

ホント、怖かったんだ。


次の対策に向け、そのまましばらく観察していると、いつのまにか、隣には、いかにも農家という風貌のおじさんが、沼の様子を見ていた。


「やっぱり、汚れでんな"ぁ"。」


しゃがれた大きな声で一人呟いた。皺くちゃの手は日に焼けていて、指の先が少し汚れている。働き者の手だ。

木山さんが会釈をすると、その人も少し頭を下げ、挨拶を返した。


「用水路も藻が繁殖しぢまって凄いんだ。水が変わっだんでねぇかと思っで。」

糞害の影響だろうか。確かに濁りがあるが、汚いというほどではない。このあたりの川の水より、よほど綺麗だ。


「水が変わりましたか・・・?」


「ん"。がわっだ。今年の稲はみな高くなっちまっでな。あとちょっとの間だけでも、晴れの日が続いて雨が降らなきゃええなぁ。少しの雨と風で稲が倒れぢまう。」


この辺りは稲刈りが早い。本当にあと少しの期間で稲刈りだ。

「前より水路も管理できてねぇが、それにしても育ちすぎだ。見にいぐか? すぐそごだ。ただの藻だけんど、すんごい繁殖してんど。」


木山さんと田中先輩は顔を見合わせ、声をそろえて答えた。

「「ぜひ、お願いします。」」


公園をでて水路沿いに歩き、大きなショッピングモールを過ぎると、水路が直角に曲がる。その先に田畑があった。水路は公園からずっと藻で緑色だ。ショッピングモールあたりはコンクリートでできているのに、水さえ見えないところがあった。


「もう、この辺りは底が見えねぇぐれぇだ。なんだか今年の稲は伸びすぎだ。ほれ。道路の側溝とか、接してる面の稲が育ちすぎて高くなっちまうことがあるんだ。それと同じようだ。」

道路の雨水側溝には、原則、下水は流さない。あくまで道路に降った雨水だけだ。その溢れた雨水でさえ、稲に影響をあたえる。農業って微妙なバランスで変わるんだな。


「水の中の養分が変わったということですね。」

木山さんが用水路に繁った藻を見ながら確認した。

用水路の法面や畝も、草木が青々と元気よく生えている。


「ぅんだ。栄養がありすぎる。もともと他より栄養のある水だったが、ありすぎは良ぐねぇ。」


公園の雑木林は、もともと落ち葉農法のためのものだ。このあたりでは江戸時代にはすでに行われていたという。落ち葉を敷き詰め堆肥とし、ゆっくりと腐葉土をつくる。その雑木林が、水源のため池の側にあった。他より栄養があったのは事実だろう。


木山さんが顔をあげ、稲を見渡し感心している。

「いやぁ。それにしても、よく世話されてますね。今年の夏は暑かったのに、稲がイキイキしてます。」


おじさんは嬉しそうに、うんうん頷く。


「そうなんだ。暑いと稲が夏バテしぢまうがらよぉ。ここ最近は、夜に水を入れるんだ。水が冷たい方がええかと夏は井戸水にしたんだ。まあ。それが結果的によがったんだな。きっと。」

そう言って用水路を見る。


「水の中の生き物も変わっだ。こういう環境が好きなヤツが集まってぐる。こんだけ茂っぢまうと何がいるんだかもわかんねぇ。この間なんか、何を食べてんだか、こんなでけぇネズミがいだ。こんなだど。もう、びっくりだ。」

おじさんは手を広げて、大きさを伝える。


イヤイヤイヤイヤ、その大きさはネズミじゃないでしょ。バスケットボールより大きいじゃないか。

大袈裟に言いすぎだよ。


「狸と見間違えたん・・」

思わす、口がすべった。


「狸でねぇ。水の中だったし、ここいらの狸は年寄りばかりでハゲてんのばかりだ。」


それは年をとったからでなく、疥癬です。間違いありません。狸は家族で同じ穴で過ごすから、1頭が感染すると、家族全員が感染してしまう。だから、みんな毛が抜けて年とった狸ばかりに見えるんです。


なんとなく、僕はつぶらな瞳の狸を思い出した。

きっと、あそこまで毛がなくなると死んでしまうだろう。感染すると、一家で全滅してしまうから、それはそれで、なんとも言えない気持ちになる。

一方でカワウは大繁殖だ。


「ずっと、このまま卵を獲り続けなきゃいけないのかな。」

不安が口からこぼれてしまった。

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