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第20話 掬水酒造②

掬水酒造のお孫さん(掬佑くん)視点です。

僕がお風呂から戻ると、部屋にはパパがいた。

「勝手に入らないで。」

「ごめん。ごめん。鍵がかかってなかったから。」

もともと襖で仕切られた部屋で鍵なんかない。

僕はぶすっとした表情をして、パパの手を引っ張ると、追いたてるように無理やり部屋の外に押し出す。パパは顔だけ振り返り、

「なぁ、キク。パパと一緒にこちらに住まないか?」

僕は驚いて、押し出していたいた手を思わず離してしまった。


もうじき夏休みが終わる。いつまでも中学校に通わないわけにはいかない。


「僕のため?」


パパは首を横に振った。

「パパがな。こっちに来たいんだ。ママには、まだ、相談してないけど、将来、店を継ぐのも良いかと思って。」

「仕事辞めちゃうの?」

「辞めないよ。辞めたくても、この店、パパを雇えるほど儲かってないんだ。でも、ちょっとずつ覚えたいから、こちらに来て手伝おうと思って。」

パパは、ここからでも今の会社にぎりぎり通えると言う。

「こっちに来ても学校に行かないかもよ?」

パパは向き直ると、いたずらに成功したときのように、にんまりと笑う。

「学校なんて辞めちゃう?」

「何言ってるの? 義務教育だよ。」

「キクは真面目だなぁ」

パパに促されて、部屋に2人向き合って座り込む。

足を広げて胡坐をかくパパは、普段のすましたパパと雰囲気が違っていた。


「学校に行かない理由を聞かないの?」

「・・・、言いたくないと思っていた。」

僕はただ頷くのも嫌で、首をかしげるように頷いた。


「中学校に入学したら、クラスに猛くんがいたんだ。」

「塾にいたあの面倒くさい奴か?」

「・・・うん。」

「また、からんできたか?」

「・・・うん。」

パパは大きく息を吐くと、僕の頭を撫でた。

「猛くんから始まったんだけど、だんだんと、皆も仲間に入れてくれなくなったんだ。それからは、もうわかんない。・・・いろいろ。」

パパは、しばらく黙って、僕の頭をなでたり、背中をさすったりしていた。きっと猛くんのことを知っているから、された内容も想像がついたんだと思う。


「やっぱり、こっちに来よう。そういうやつ、相手にするのもパパは嫌だ。ママは気が強いから、やり返せとか、ぶつぶつ言うだろうけど。

だけどさ、戦ってもいいけど、いちいち疲れるだろ? こちらも傷つくし、対応するのだって体力いるからさ。それに、そういうの、パパ、面倒くさい。」

面倒くさいで片づけるあたりがパパらしい。そして、それを言って、ママと言い合いになるのが目に浮かぶ。僕は何だか可笑しくなった。


パパは僕の顔を覗き込む。

「ここは嫌か?」

僕は首を横に振った。

「ここ、いろんな生き物がいるんだ。

図書館にはオオタカ、鷹だよ。鷹。親水公園にはカワセミでしょ。あのきれいな青い鳥だよ。家にはクビアカツヤカミキリがいて、この間なんか、ハスキー犬のショートヘアもいたんだよ。シベリアン・ショートヘアだよ。びっくりだよ。」

パパは、『そうか。そうか。』とお祖母ちゃんとそっくりな嬉しそうな顔で笑った。


「去年、台風の被害を受けたとき、裏の作業場が少し壊れて、そこにあった木桶が壊れたんだ。もともと使ってなかった木桶だったから、売り物には影響しなかったけど、従業員も年寄りばかりで片付けは無理だから、手伝いに来たんだ。

市に電話したら、あっさり、産業廃棄物ですから専門の業者に頼んでくださいって言うんだ。

業者を頼むと結構な金額で、被災して金がないのに、だから、少しでも安くしようと、いくつか産業廃棄物業者を回ったんだ。どこも凄くゴミがいっぱいで、いろんなものがごっちゃごっちゃ。汚くって。うちは何ひとつ身体に悪いものなんか使っていない。なのに、こんなものと同じ扱いなんだと思ったら、なんだか涙がでてきてな。」


「それで木桶でベンチを作ったの?」

パパは頷く。


「やっぱり、この店がなくなるのは嫌だ。なくなってほしくない。そう思ったんだ。」

パパにとって、この店は、とても、とても大切なものなんだと思った。

「なぁ。キク。キクの譲れないものってなんだ? それは今の学校にあるのか?

ないなら、そんな学校捨ててしまえ。学びたければ、こっちで学べばいいだろ?」

僕は聞いていて不思議な気持ちになった。

自分が『捨てるんだ』と思うだけで、心の中で暗く重かったものがスッと消えていく。


「本当に茶室も作るの?」

パパは、親指を立てて、満面の笑みを返した。

「パパには、すんごい先生がいるんだ。ペンチもその人に教わりながら作ったんだ。今度紹介するよ。その人、お祖父ちゃんの友達で、県にも表彰されたんだって。」

このあたりでは有名な宮大工で、身体を壊して現場には立てないから引退したんだけど、もともと作るのが大好きだから、茶室の話をしたら、『やろう。やろう。』と二つ返事だったという。オマケに、次の日には、S市に醤油樽で作った茶室があるから見に行こうとか、もうノリノリで、今更やらないとは言えない雰囲気なんだって。


「だから、キク。ママを一緒に説得して。」

パパが抱きついてくる。

「え~。やだよぉ。夫婦喧嘩に巻き込まないで。」

「そんなこと言わず。」

「別に、僕一人でこっちに来るから、ママと水入らずで過ごせば?」

「キク~ぅ。恐ろしいこと言うなよぉ。」

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