第19話 掬水酒造①
掬水酒造のお孫さん(掬佑くん)視点です。
小学生のとき、通っている塾で何かと絡んでくる同級生がいた。
彼は、何かにつけ僕を目の敵にする。例えば、小さくて色が白くて、女みたいな顔をしているとか、名前が昭和くさいとか、自分ではどうにもならないことを揶揄ってくる。
小学校は違ったが、皆には猛くんと呼ばれていた。
嫌になって塾の先生に相談すると、僕のほうが成績が良いから、きっとヤキモチを焼いているんだと言われた。
そのうち彼とは違うクラスになった。
ほっとした。
先生にお礼を伝えに行ったら、『気をつかったわけじゃないよ。進学塾のクラス分けは成績順だから。』と言われた。
彼は成績が下がったようだった。
中学受験をすると聞いたし、そうすると中学は別々だ。彼とは、塾以外で会わないから、もう、あまり関わらないと思っていた。
今年の春に、僕は地元の中学校に入学した。
クラスに入って驚いた。彼がいたんだ。
また、塾にいた時と同じように揶揄われた。
猛くんは乱暴なところがあって、自分が一番じゃないとすぐに不機嫌になる。そして、矛先はいつも僕だった。
そのうち、あだ名がスケキヨになった。
猛くんがつけたんだ。
「お前は犬神家のスケキヨだ、色が白くて、あまり笑わない。それにいつも隠れている。
だから、スケキヨだ。スケキヨ。」
隠れているんじゃない。
君たちが仲間に入れてくれないんだろ。
それに、僕は掬佑だ。
僕は運動が得意じゃないから、体育のグループ対抗で、どこのグループにも入れてもらえないことがあった。特に球技が苦手で、僕が入ると負けてしまう。
はじめは、声をかけてくれる人がいたが、そのうちにいなくなった。
それが、だんだん酷くなって、ほかの授業でもグループにいれてもらえなくなった。
そんなときに、いつも大きな声で猛くんは僕を揶揄った。
しばらくすると、女の子達まで、スケキヨと呼ぶようになった。
本を読んだり勉強するのは嫌いじゃない。
だから、成績はいつも良かった。むしろ授業はもの足りないくらいだ。
だけど、学校の授業が楽しくなくなった。
学校に行くんだと思うと嫌な気持になって、夜も眠れなくなった。
成績が落ちたら、僕の良いところが一つもなくなってしまう。眠れないときは夜遅くまで勉強をした。何かに集中しているとき、その気持ちを忘れられた。
このまま学校に通って何の意味があるんだろう?
学校は、何のために行くのだろう。
学校に行こうとすると、お腹が痛くなった。
僕の名前は、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがつけた。僕が生まれたのが嬉しくて、店と同じ漢字を使ったんだ。2人からは何回も聞かされた。
『水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ』
とても美しい、すばらしい春の情景をうたった有名な漢詩からとったんだ。
祖父母の家の近くにある権之助川には、桜並木が何キロにもわたり続いていて、河川敷には、季節を問わず何かしらの花が咲いている。緩やかな川風で草花が揺れて、とてもきれいな場所だ。
きっと、こういうところに住んでいるから、あの漢詩に共感したのだと思った。
夏休み期間は、こちらの家で過ごすと言ったら、2人とも凄く喜んで部屋も用意してくれた。少し褪せた色の畳の部屋で、襖で仕切られただけで鍵はない。朝、寝坊すると、お祖母ちゃんが勝手にズカズカと入ってきて布団を剥がされる。僕が寝ぼけてグズグズしていると、決まって嬉しそうに頬を撫でて『朝だよ』と言うんだ。
晴れていれば、布団はベランダに干す。店が始まる前に取りこまなければならないから忙しい。お祖母ちゃんは『干しっぱなしは、みっともないからね。』と言う。
だけど、僕は、なるべく長く干したいので、朝ごはんはできるだけゆっくりと食べる。2人と話をしたり、洗い物を手伝ったりして時間を稼ぐ。
干した布団はいつもお日様の匂いがして、その夜はぐっすりと寝ることができた。




