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第17話 狩猟免許①

今日も掬水酒造に来ている。

梅の根の状況を確認するためだ。

木山さんも一緒だ。庭のことで相談したいと言われたんだ。


「醸造に使っていた木桶で茶室ですか?」

「妻が梅を切るなら茶室をつくれって言い出してね。そんな金はないと言ったら、息子がね。ベンチが好評だったもんだから、木桶でつくるって言い出して。」

「アレですか?」

庭の隅に無造作に置かれている木桶に目を向ける。

昨年の台風で被害をうけて破損したので、廃棄するものだという。使い込まれた木桶は風雨に晒されながらも、しっかりとして朽ちることなく、そのままに置かれていた。

「そうなんです。車でくる客も多いので、お酒は試飲できないでしょう。じゃあ、お茶をお出しするのも良い案だと、そうすることにしたんです。茶室の位置はちょうど梅のあった場所で考えています。」

木山さんは、梅の残骸に被せたブルーシートを見ながら悩んでいる。


同じ場所で作業をしていると、ちょっと離れたところで、少年がそわそわしている。

お孫さんだ。

田中先輩と目が合ったとたん、待ってましたとばかりに近付いてきた。


「見て。見て。ほら。

こんなにアップで写真に撮れたんです。」

スマートフォンの画面を覗き込むと、そこには、目つきの鋭い猛禽類がいた。


「スゴい! スゴいよ。これ、もしかしてオオタカ? 

図書館で? よく撮れたね。

警戒心が強いからね。なかなか間近に撮れないよ。」

田中先輩が驚いている。

少年は誇らしげだ。田中先輩に褒められて本当に嬉しそうだ。

「図書館でうずくまって動かなかったんで、そぉっと近付いて撮ったんです。」

「でも危ないよ。こんな近付いたらダメだよ。

猛禽類の爪は鋭くて、シャーッで、指を切ちゃうよ。」

田中先輩は、手でシャーと真似ると少年は素直に頷いた。


「突然、ヌクッと起きて、周りを見渡して、僕のことも、きょとんとした目で見て、そしたら慌てて、バァッサァッって、羽を広げて飛びたったんです。」

自分も周りを見渡し、オオタカの真似をしている。

両手を広げて、バァッサァッっと、嬉しそうだ。


確かに、この距離で猛禽類は撮れない。

そもそも近付けない。


「きっと、獲物を追っているうちに壁にぶつかって脳震盪を起こしたかな。ときどきいるんだ。ガラスに空と雲が映りこんでるから、気づくのが遅れるんだ。

どちらにしろ危ないから、気をつけないと。」


「でもね。きょとんとした顔、すんごく、可愛かったんです。僕を見て、慌ててキリリって目つきをして。カッコつけても今さら遅いのに、素知らぬ顔してバァッサァッって飛び立っていった。」

頷きながらも、すごく嬉しそうに話す。

田中先輩も微笑みかけ、スマートフォンを見ながら彼の背中を撫でている。


「あと、この間、教えてもらった親水公園、見に行きました。カワセミも本当にいました。

ちょっと小さいけど。」

少年は指で画面を指し示す。

「運がいいな。行ってもなかなか見られないぞ。」

少年の『そうでしょ。そうでしょ。』という、ワクワク感が伝わってくる。


「カワセミって凄くいかり肩なんですね。

朝早かったから靄っていて、少し汚れて、よれた感じの影が、サラリーマンのおじさんぽいフォルムで笑っちゃった。ほら。」


サラリーマンのおじさんぽいカワセミって、どんなカワセミよ。


哀愁ただよっていたのかな?

思わず、僕も見たくてスマートフォンを覗きこむ。


「これは、図書館でいつもよってくる鳩。意外にかわいいんです。」

田中先輩は僕を見ると

「さあ。鈴木くん、問題です。この鳩は何でしょう? 狩猟できますか?」

僕はピシリとキオツケし、面接のようにはっきりと回答した。

「これはキジバトです。狩猟できます。」

「ブ、ブーッ! これはドバト(カワラバト)です。狩猟できません。」

「え~。羽のあたりとか、ちょっと”キジ”ってませんか?」

「なんだ、そのキジるって。」

それは、キジバト(狩猟鳥獣)みたいに見えるということです!


「このお兄さん、鈴木っていうんだけどね。今、狩猟免許をとるために勉強中なんだ。」

少年は『へぇ~』とそれほど興味なさそうに相づちをうつ。

「キジバトは野鳥だけど、ドバトはもともとペットだったんだよ。」

「じゃ。この鳩、野鳥じゃないんですか?」

「そう。野良鳩。でも、国から『餌やりはしないで』って通知が出ているから、餌はあげちゃダメだよ。」

「野良鳩・・。」

野良猫、

野良犬、

野良鳩・・・。

野良鳩は増えても、保護機関やシェルターもない。

避妊できる餌は、他の野鳥が食べてしまうから積極的には使えない。

日本は鳩を食べる文化もないし、増える一方だ。


「鈴木くんは、去年、お医者さんの許可がおりなかったから受験できなかったんだ。だから、今年こそ頑張ってほしいと思っているんです。」

田中先輩は僕を見て、にまぁっと笑う。


「田中さん、誤解を生むような表現をやめてください。ドクターストップではなく、診断書が間に合わなかったんです。

狩猟免許って資格試験なのに、先着順で締め切るんですよ。ありえなくないですか!?」


狩猟免許を受けるためには診断書の提出が必要で、受験案内に添付してある。県に問い合わせたら、何科の医者でも診断書を書いてもらえればよいけど、診断内容が精神疾患なので、通常、通っている病院でないとすぐには出ませんよって言われたんだ。だから、通常通っている内科に行ったら、内科では『うつや統合失調症ではありません』なんて書けませんと言われ、精神科に行ったら、『心理テストなどもせず、すぐに診断書を書くことはできません』と言われて、なんだかんだ、すごく時間がかかってしまった。

そして、試験は定員制で先着順だったので、申し込めると思ったときには、すでに3回目まで締め切られていた。

加えて、猟友会の特別講習も定員になったと締め切られていて、去年はあきらめたんだ。


「同じ意味じゃないのか?」

「違います!

今年は早めに動きましたからね。猟友会の特別講習もきちんと申し込みましたし、完璧です。」

「特別講習をうけたからって、絶対、受かるわけではないでしょ。勉強しなくっちゃ。」

田中先輩はそういうと少年に向き直った。

「特別講習って、狩猟免許の予備校みたいなものなんだけどね。去年は、その学校に申し込むのも遅くて行けなかったんだ。もう、このお兄さん、世話が焼けるし、勉強嫌いも度がすぎるでしょ?」

・・・

少年よ!

憐れむ目で僕を見るな。

「ぼくが教えてあげましょうか。」

「いや。このおじさんの冗談だから。勉強は確かに好きではないけど、大丈夫。」

そう。大丈夫さ、きっと。


「狩猟免許って、その学校に行かないと受からないんですか?」


「どうだろう? 受かるかもしれないけど、答えを教えてくれるなら、その方が効率いいでしょ? 苦労しないで済むなら、苦労しない方が良いよね。」


少年が少し呆れた顔をしている。


田中先輩が慌てて助け船をだした。

「そうだな。例えば、とらばさみやカスミ網という、使っちゃいけない狩猟道具があるんだ。教科書にも載っているから、みんなが知っている。でも禁止されているから売ってないし、持っている人も持っているとは言わない。でも、その学校では、見て、触れることができる。何が危ないのか実感できる。

それに、自分で勉強していると、自分の興味があることだけ勉強しちゃうだろ?

興味のないことは、目も止めない。

知らないことは、きっかけがないと知ることもできない。だから、知っている内容も偏ってしまう。

学校だと、自分が興味のないことも、教えてくれるだろ? 

そこがいいよな。好きじゃない勉強も教えてくれるとこ。」


「僕は勉強するのは嫌いじゃないです。」


「本当? すごいな。尊敬してしまう。じゃあ。成績もいいだろう?」

少年は黙って頷いた。

オオタカの写真を見せてくれたときの方が、ずっと誇らしげだった。

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