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第16話 鳩⑤


結局、梅は伐採することになった。


持参した桜で使う薬剤は使えない。生産物として出荷するものには、農作物用の厳しい基準をクリアした薬剤を使わなければならないのだ。知らず知らずに、どこかの関係者から被害を受けた事がバレて、いろいろ言われるくらいなら、自主的に報告し、対応を仰ぐほうが得策だろうということになった。


市に報告した翌々日には、市の農政課の職員が駆けつけた。研究センターの林田研究員も一緒だ。市に、研究用の被害木が欲しいと伝えていたのだ。


「いやぁ~。ありがとうございます。

薬剤投与前の幼虫入りの枝がほしいって、病害虫の担当者から頼まれてたんです。無理に決まっているでしょうと言ったんです。もしあっても、被害を受けた人に言いづらいでしょう?本当に運が良いとしかいえない。」


被害木は、幼虫に食べられたところが管のような穴になり、水をあげられなくなる。薬も水と同じようにあげられなくなるので、ある程度弱ってしまったら伐採しかない。

掬水酒造の梅は、薬剤でも対処できそうなレベルだった。

だけど、結局は伐採することになった。


伐採した木は、ほかにも幼虫が巣くっている可能性があるので、密閉し、すみやかに焼却する。そのままにしておくと、伐採後の木から羽化し、拡散してしまう可能性があるからだ。

だから、研究センターの職員は、伐採した枝をプラスティック製の密閉できる衣装ケースに入れていく。運搬中に羽化して拡散してはいけないからだ。


林田研究員の話では、権之助川の上流地域の農家に注意喚起のチラシを持って回ったとき、被害を疑われる木があったが対応してもらえなかった。なかなか協力的な人ばかりではない。特に収穫期となると、どこも渋い顔をする。

林田研究員は「困ったものです。」というけれど、農家さんの気持ちになれば当たり前だ。

儲けだけの問題じゃない。

自分が育てた果樹は自分の子供みたいなものだ。

何年も手間をかけて、やっと成長して、収穫できるようになったら、『伐採しろ(殺せ)』なんて、ふざけるなと思う。実をつけている状態なら、なおさらだ。

一方で、何もしなければ拡散して、より被害が広がっていく。自分の畑だけではない。その地域全体が被害をうける。

本当に難しい問題だ。


「君は虫が好きなんですか?」

林田研究員が掬水酒造のお孫さんに声をかけた。

「この虫のこと、よく知っていましたね。詳しいなぁ。君みたいな子が、将来は生物学者になるかもしれないですね。」

林田研究員は大げさに少年をほめる。

彼は、少し照れながら、一生懸命、見つけた時の状況を説明している。

「いや~、本当に。君は、きっと将来ノーベル賞をもらえますよ。」


それは、いくらなんでも褒め過ぎである。


確かに、今日もきちんと説明しているし、凄く真面目な子だなぁとは思う。


僕はその様子を確認しながら、研究センターが持っていかない廃棄予定の細かい枝を袋に詰めて密閉する。根は少し枯らしてから抜くことにした。抜根は、根が元気だと重労働になる上、お値段も高くなるからだ。幼虫が根のあたりまでいることは少ないといわれるが、念のため、薬剤を打ち、切り株の上にブルーシートを被せる。

センター職員の作業の隣で、僕も素早く作業する。


「田中さん。掬水酒造の女将さんは、伐採に納得したんですか?」

「まあ、納得したよ。

う~ん。最後は、木山さんの一言がきいたかなぁ。」

田中先輩は、ブルーシートの端を固定しながら答えた。

「木山さんの?」

「そう。住宅が増えたと言っても、ここいらは、まだ農地もある。

ここから拡散したと、加害者のように言われる前に切ってしまった方がいいって。

人の噂は伝染病みたいなもんだ。どう対応するか悩んでるうちに、気がついたら広がってしまう。商売やってるなら、そのきっかけになりそうなものを放っておいちゃダメだって。」


なるほどですね。


クビアカツヤカミキリも伝染病みたいなもんだ。

掬水酒造は、権之助川からは少し離れたところにある。誰も気づかないうちにヒタヒタと広がってきている。来年は? この先、どうなるんだろう?

僕はそんなふうに思いながら、軽トラにビニール袋を積み込んだ。

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