第15話 鳩④
「ありがとう。梅の枯れている原因が特定できたってみんな喜んでいたよ。」
ベンチで休憩していた少年に、僕は空き瓶に入れたクビアカツヤカミキリを渡した。
彼は、まじまじとそれを見る。
「殺虫剤をスプレーしてあるけど、念のため、瓶からは出さないでおいてくれる?
特定外来生物だから、逃がしちゃダメなんだ。
たぶん、また、役所の人が来るから、その人にも見せてあげてほしいんだ。」
少年は頷いた。
足を左右交互にゆらして下を向いている。
「図書館の鳩、本当に鷹に襲われたんだって。・・・。
僕が、鳩に餌をあげてなかったら、鳩は襲われなかったかな?」
僕はなんて答えてよいか分からなかった。
だから「その鳩は襲われなかったかもしれないけど、違う鳩は襲われたと思うよ。」と答えた。少年は、悲しい顔をして、鳩に餌をあげていた理由を教えてくれた。
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今、住んでいるマンションは、ペットを飼っちゃダメなんた。
なのに、隣の人は鳩を飼ってた。駐車場でカラスに襲われそうなヒナを保護したって言っていた。
その人は、『僕が保護しないと鳩は生きていけない。この子には親も仲間もいない。鳩を殺す気か。』って、管理人さんに、何度も、何度も注意されてもやめないんだ。
その人、引きこもりで働いてなかったんだって。
いつも下ばかり向いて、髪の毛もボサボサ、肌もボリボリ掻いて赤く擦れている。何度か使ってクシャクシャになった白いビニール袋を持ってコンビニに行くんだ。ママは凄く嫌ってて、いつも悪口を言っていた。
部屋の中にいる鳩は、窓のそばに来ても空も見ないし、羽も広げない。いつも下を向いて絨毯の毛をついばんでいる。毎日、毎日、同じことを繰り返している。
鳩もこの人と同じ、引きこもりなんだって思った。
ひきこもっているのに、鳩は生きもの臭くって、カーテンの後ろとか、糞とか、羽のふわふわしたのが塊になって、汚くて、臭いんだ。
それに、毎日こっちの都合なんか考えずに『クー クー グルッー、グルーッ』って、鳴くんだ。
そのうち、管理人が呼び掛けても反応しなくなって、とうとう役所の人が来た。
そもそも野生動物は飼っちゃダメなんだって説明して、鳩を窓から放したんだ。
役所の人が帰るときに、部屋は鳩の糞や餌の臭いですごく臭かったって、管理人さんに言っていた。
僕は馬鹿にしていたんだ。
あんなに部屋だって汚くなるのに、飼っちゃいけないのに、みんなに嫌われながら、鳩を飼うなんて馬鹿じゃないのって。
その人、鳩が帰ってくるまで、ずっとベランダで空を見ていた。
帰ってくるかもわからないのに。
ずっと。
数日後、鳩が帰ってきたときは、その人、鼻をすすっていた。
なのに、戻ってきた鳩はその人に懐いているわけでもなくて、いつもどおり、空も見ないし、下を向いて絨毯の毛をつついてた。
結局、その人、部屋の契約を更新してもらえなかったんだ。
引っ越しの当日、その人の親が来たんだ。
管理人に一生懸命に頭を下げていて、もう、膝のあたりまで頭を下げて、一生懸命、『すみません。すみません。』『御迷惑をかけました。』って。
鳩は、また外に放たれた。
だけど、数日後には戻って来た。
その人はいないのに。
ママが、ベランダに戻ってきた鳩を追い払っていた。何度も。何度も。
鳩は、別にあの人のことが好きだった訳じゃないんだ。
僕と同じだ。
冷暖房完備の部屋の中で、食事がついて、誰かに襲われることもない。
ここが好きな訳じゃない。
ここにいれば楽なんだ。
だから、ママに追い払われても、何度も、何度も戻って、どこにも行かないんだ。
・・・
図書館で、ベンチに座っていたとき、持っていたスナック菓子がこぼれたんだ。
袋の中に余っていたボロボロのやつだよ。
そうしたら、鳩が来てお菓子を食べたんだ。
次の日も、その次の日も、僕が石のベンチに座ると、お菓子を持っていないくても、鳩が寄ってくるようになったんだ。
ただ、それだけなのに、たった、それだけのことなのに、鳩が自分に会いに来たみたいで、なんだか心の中のイガイガした気持ちがすうーってなくなるんだ。
・・・・
不思議だね。
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す―ず―き―、さ~ん。
庭の方から僕を呼ぶ声がする。
あの美声は木山さんだ。こちらに歩いてくる。
「鈴木さん、やはり伐採はしたくないようなので、とりあえず樹幹注入剤を打つことにしました。ドリルや薬剤を持って来てもらえますか。それと、何個かやってもらいますので、そのまま準備もしておいてください。」
「はい。」
僕は駐車場に道具をとりに行く。
お客様に迷惑がかからないよう車は店頭ではなく、駐車場に停めたのだ。
「やっぱり梅は切らないんだ。」
ベンチで足をぶらぶらさせながら、少年が呟く。
木山さんは少年に向き直り、目線が合うようにその場で膝をつく。
「女将さんが、大切にしている梅と聞きました。」
「お祖母ちゃん、花を活けたり、実を梅干しにしたりしている。梅干しはみんなに好評なんだって自慢していた。」
「漬けるのが上手な人の梅干しは美味しいですよね。私は塩分を押さえてしまうので、いつも凄く酸っぱくなってしまって。まだまだ研究中です。」
「お店でも売っているんだよ。」
「梅干しを売っているんですか?
もしかして、あの梅の木の梅?」
「うん。」
!
木山さんが、突然、スクッと立ち上がる。
「鈴木さん!ストォーップ!」
木山さんの美声が轟いた。
へ?
今度は何ですか?




